第17話 発 馬車に揺られて

 テュカを連れ去った二人をノックアウトした現場から急いで発着所に戻るため、トゥバルはテュカを抱き上げた。それだけで、テュカの顔色が若干良くなった気がする。もしかすると彼の気のせいかもしれないが。


 先程のテュカの泣き顔は見ていられなかった。そもそもが女の子の顔を殴るなんて、彼には考えられなかった。

ああいうクソな連中共は、殴っていい相手と殴ってはいけない相手の区別がつかないんだ。だから顔の形が変わるまで殴ってやった。人を殴るって事はもちろん、自分が殴られる覚悟があるって事だよな。そんな覚悟を持てない奴は人を殴っちゃいけない。

勿論俺にだって殴られる覚悟はある。だが、俺の覚悟と俺が黙ってただ殴られるのを待ってるかどうかは全くの別問題だ。殴られる覚悟はあるが、黙って殴られてやるとは言ってない。だから、殴り返せるものやってみろ、クソ野郎共が!!

頭の中でさらにもう十発程殴っておいた俺は、偉いと思う。テュカを泣かせた奴には容赦しない。時間があればとことんまで叩きのめしてやるんだが。


テュカを抱き上げながら走ったので、先程よりは時間がかかったが、発着所までなんとか辿り着いた。後は馬車に乗れるかどうかだな。


「おっちゃん、馬車に乗れるか、二人だ」


「おうよ、まだ空きはあるぜ、二人で一万ガルムだ」


「ほい、これで一万な、よろしく〜」


「確かに、まいど。好きな所に乗りな。もうそろそろ出発するぜ」


空いている席を探して馬車に乗り込む。


「ふぅ〜、走った、走ったぁ」


「トゥバルさん、すみませんでした。それとありがとうございます、私を追いかけてきて下さって」


「いやいや、俺の方こそ一緒に行けば良かったな。テュカ、悪かったよ。心細かったろ?」


「はい、もうトゥバルさんに逢えないんじゃないかと」


「まぁ、何にせよ、間に合って良かったよ。君を集落に返すまでは離れない事にする」


「それならすごく安心ですね。ありがとうございます」


程なくして乗合馬車は首都へ向けて走り出した。


道中、何でもないことを話しているとテュカの顔に笑顔が戻ってきた。顔の傷が痛々しいので、


「そうだ、これ飲んでおきな」


そう言ってポーチからポーションを取り出してテュカに渡した。


「私なんかがいただいても良いのでしょうか?このポーションも安いものではないのでしょう??」


テュカは遠慮しているようなので、


「テュカの顔に傷が残ると俺が君のお父さんに殴られちまうだろ」


と言って笑いかける。


「それとも二人揃って青タン作るか??」


「それもお揃いのようでいいかもしれませんねぇ」


全然良くねぇよ。痛いだけだよ、それは。

だが、そんな風に冗談言えるぐらいなら大丈夫だろう。テュカに元気が戻ってよかった。テュカがちゃんとポーションを受け取って飲んでくれたので、顔の腫れが引き始めた。そんな折に、


「ほお、獣人の奴隷如きにポーションだと!これはたまげたものだ。どれ、この僕がもう一度傷だらけにしてやろう」


そう言ってこっちに寄って来る馬鹿が居た。


「おぉ、いいぞ、デュナミス、やっちまえ!!」


「ホント、デュナミスって好きねぇ、奴隷いびりが」


このデュナミスとかいう馬鹿の仲間なのか、知り合いなのか、もう一人の男と女がこちらの様子を伺っている。


「それ以上近付かない方がいいぞ」


俺は一応忠告してやる事にする。まぁ、効果はないだろうが、それ以上近付いたら馬車から突き落としてやるのだ。


「ふん、そんなコケ脅し、俺にはきかないぞ。この薄汚い奴隷がぁ!!」


デュナミスはテュカに対して拳を振り上げ、そのまま殴ろうと前に踏み出した瞬間、


「おら、落ちろ!!」


ゲシッという音がして、俺の華麗な蹴りが馬鹿の腰にクリーンヒットした。

ものの見事に馬車から落っこちた馬鹿が、


「き、貴様ぁ!!」


などとほざいているが、その間にも馬車は移動しているので、あっという間に小さくなっていった。はい、端役お疲れさ〜ん。あばよ〜。


「アイツ、馬鹿だよな?」


「さぁ、ど、どうなんでしょうか?」


コテンと首を傾げて困った様子のテュカ。その様子を見て何となく頭を撫でたくなったので、テュカをヨシヨシしてやった。


「……」


「……」


俺とテュカの間に微妙な空気が漂う。甘酸っぱい香りがした。何だか照れ臭くなって目を逸らすと馬鹿の知り合い?二人がこっちを見てた。


「ん、お前らも降りたいのか?」


一応少し殺気を込めて聞いてみた。

すると二人はフルフルと首を左右に振り、俺から目を逸らした。


賢明な判断だと思う。これでも、こちとらB級冒険者である。そんじょそこらの生意気なガキに負けるつもりはない。


首都まではもうすぐだろう。

このまま何事もなく着くことを願うばかりだ。

頭を撫でる俺の手に、テュカが自分の手を重ねてきた。小さな手のひらだが、暖かい。


トゥバルは首都に着くまでこのままでいいかと、テュカの頭をを撫で続けた。

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