第16話 発 俺の責任だ

 とりあえずあの後、十回ぐらい殴ったらダンジョンの出口に辿り着いた。

えっ、そんな話だっけ?

違う?

いやぁ、冒険者とすれ違う度に絡まれたんです。そりゃあ見事でした。

犬だの、臭いだの、どっか行けだのとイチャモンをつけられまして、その度に正義の鉄槌で矯正しながら戻ってきたんです。

気が付いたら出口でした(笑)

ちなみに魔物との戦闘はありませんでした。驚く程魔物と遭遇しないのです。ダンジョンなのに人を殴って進んでいくっていう。ここはきっと不思議なダンジョンなんです。

と思っていた時期が俺にもありました。テュカによれば、魔物と遭遇しないルートを選んで歩いていたそうで。

テュカちゃん、マジ、優秀!!

気配感知、マジ、感謝!!


 久々にダンジョンから出たトゥバルとテュカは、太陽の眩しさに目の奥が痛んだ。ダンジョン内もある程度の明るさはあるのだが、そこは内と外、光量は比べるべくもない。懐かしい喧騒と明るさにホッとする。


「まずは首都ティガリオンの奴隷商に行くとするか。トラブルに巻き込まれる前に」


「そうですね、トゥバルさん、お願いします」


そういえばいつの間にか"さん"付けで呼んでくれてたな。最初の頃は"様"付けだったのに。まぁ、これぐらいの距離感が一番良いんだろうな。


ダンジョンから首都ティガリオンまでは、馬車で半日程度である。

ティガリオン行きの乗合馬車の発着所に移動することにする。


「ここだな、おっちゃん、次の馬車はいつ出るんだ?」


「あぁ、次の馬車は半刻程後だな」


「ども〜、んじゃ、また後で来るわ」


礼を言って、次は露天の方に行く。


「干し肉買っとかなきゃな」


「はい、ぜひ、お願いします」


「おばちゃん、この干し肉五枚程欲しいんだけど」


「干し肉五枚で五千ガルムさね」


「ほいよ〜」


露天商のおばちゃんに金を渡して、干し肉を受け取る。

テュカはホント干し肉好きなのな。

貰った干し肉を物欲しそうに見ている。


「一枚いるか?」


「えっ、いいんですか?いただきます、ウマウマ〜」


「そういや、一件寄らないといけない所があったな。依頼の報告を冒険者ギルドでしないと」


「あ、そうなんですね、私はどうしましょうか?」


「さっきの発着所は覚えるか?」


「はい、大丈夫です。そこでお待ちしてますね」


「おう、んじゃちょっくらギルドに報告してくる」


「は〜い」


テュカと別れてやや早足でギルドに向かう。


「えっと確かここだったなっと」


扉を開けて中に入ると強面の冒険者達の喧騒が聞こえてくる。一階には酒場も併設されているので、中は普段からザワついている。トゥバルは受付カウンターまで進み出て、


「この依頼を受けたトゥバルなんだが、報告をしたい」


「はい、こちらですね。伺います」


「オルトロスの爪は恐らくだが全滅したと思う。直接見た訳じゃないんだが、パーティーが所有していた奴隷を保護して、その奴隷環の色が、白くなっていたんだ」


「なるほどなるほどです。生存の可能性は極めて低いと。ありがとうございます。それとエンドオブザワールドの皆様はどうされましたか?」


「えっ、あいつらまだ帰ってきてないのか??」


「はい、まだ未帰還ですね〜、依頼の報告にも来られていません」


「途中ではぐれたんだ、その後は別々になってしまって分からない」


その経緯を受付嬢に話すとビックリされて、


「えぇ、トゥバルさんはお一人でダンジョンを!?それは大変でしたね、エンドオブザワールドの皆さんには、ペナルティーをつけておきます」


「あぁ、頼むわ、それとダンジョン内で拾った奴隷って、確か拾った人の物になるよな?」


「そうですね、基本的にはダンジョン内で白色奴隷を拾った場合は、拾った方に権利があります」


「分かった、ありがとう。んじゃまたな」


「はい、トゥバルさん、お疲れ様でしたぁ。あ、ちょっと待って下さい。これが今回の報酬になります」


「あぁ、そっかそっか」


受付嬢に報告を終え、報酬を受け取ったトゥバルは、テュカが待っているであろう発着所へと向かう。


五分程で発着所には到着したのだが、テュカの姿が見当たらない。


「あの、おっちゃん、ここにこれぐらいの狼人族の奴隷の女の子がウマウマ〜って来てなかったか?」


「そういや、来てたが、何か揉めてたようだぞ。あっちの方に連れて行かれた」


「クソッ!!」


俺はおっちゃんの指差した方へと急ぐ。

嫌な予感がビンビンする。

早く向かわないと手遅れになる。




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「いやいや、ガラハドよ、まさかあんな所に未契約の奴隷が落ちているとはついてたな、ハッハッハ〜」


「そうですね〜、アザイスパッツドライ様。これもきっと日頃の行いの賜物でございましょう」


「やめてください、そんなに引っ張らないで」


「うるさい、獣人奴隷のくせに生意気な!!」


バシッ。

平手で頬を強くぶたれました。

あまりの痛さに涙が出てしまいます。


私が一人で発着所で待っているとこの大柄な方々が近付いてきて、私を強引に引っ張っていったのです。

待ち合わせをしているのでやめてくださいと何度も申しましたのに、聞き入れてもらえませんでした。

それどころか、ご自分の奴隷にするとまで言われ、頭が真っ白になって泣きたくなりました。


嫌です、嫌ですと拒んでも、子供の私では大人の方に敵いません。

そのまま強引に連れ去られてしまったのです。

何度抵抗しようとも、その度ぶたれ、殴られ、私の顔はあちこちが内出血を起こし、痣ができてしまっています。

この屈強な方々は、獣人族の奴隷に乱暴して憂さ晴らしが出来るぞと怖い事をおっしゃっています。もう私は、抵抗する気力すら失ってしまいました。


あぁ、どうか、トゥバルさんがお元気でいらっしゃいますように。

きっと私は生きてあの方の元には戻れないでしょう。このままこの方々の馬車に乗せられ、連れ去られてしまえば、もう二度と逢えない気がします。

ぶたれた所はヒリヒリと痛み、口の中も切ってしまったのか、血の味がします。

抵抗すべきなのでしょうが、たとえ抵抗したとしてもまたぶたれしまうだけでしょう。そう思うと急に悲しくなって、私の瞳から涙がこぼれ落ちてしまいます。

泣きたくなんてないのに。

頬も痛いのですが、それ以上に心が痛いんです。

トゥバルさん、トゥバルさん、逢いたいよぉ〜。




-------------------




「見つけたぞ!!」


俺は走りに走った。

おっちゃんの指差した方角には、宿屋や色街、裏通などがある。

そこかしこの人に知らないか?見てないか?と尋ねながら走るに走った。

その甲斐あってか、テュカを連れ歩く大柄な奴を見つけたのだ。


「人の奴隷、勝手に持ち去ってんじゃねぇ、このこそ泥野郎が!!」


すぐ様追いつき、テュカを引っ張る男の胸ぐらを掴んで殴りつける。


「ガハッ!?」


そして、テュカを庇うように後ろへやる。


「き、貴様、吾輩を誰だと思っている!!」


「お前なんぞ誰だか知らん。ただのこそ泥だろ!?」


「そこな冒険者よ、大変な事をしてくれたな!こちらにおわすは、アードライ帝国皇帝の御子息がお一人、アザイスパッツドライ様ですぞ!!」


「だからそんな奴知らん!サッサと失せろ!」


俺は震えるテュカの頭を撫でる。テュカの顔を見ると可哀想に顔中痣だらけになっていた。


「おい、お前ら、この娘を殴ったな?」


「それがどうした、たかが獣人の奴隷ごとき、言う事を聞かんなら殴るのは当然であろう!!」


「とりあえず殴られた分は殴り返してやる。ただで帰れると思うなよ!!」


俺はアサヒスーパードライとか言う野郎に殴りかかった。


「おら、このクソ野郎が!こんな小さい女の子殴ってんじゃねぇよ!!

おら、喰らえ、この、この、この」


バシッ、バシッ、バシッと何回も殴る音がしたが、何回殴ったかは覚えていない。怒りに身を任せたというやつだ。


そばにいたもう一人のやつは、「ひ〜」とか「あ〜」とか言ってやがるが、そいつも許すつもりはない。


「次は貴様の番だ!」


「ギャァァァァァァ!?」


俺が胸ぐら掴んで引きづり倒すと呆気なく気絶した。

何か臭ってきた。

こいつ漏らしやがったな、男のくせに。


サッと離れて、テュカの元に駆け寄る。


「大丈夫だったか、痛かったよな、すまん、一人にした俺が馬鹿だった」


そう言いながらテュカを抱きしめた。

テュカはその小さな身体を震わせて泣きじゃくっていた。

小さな手に力を込めて、必死に俺の服を掴んでいた。

よっぽど怖かったのだろう。

でもこれだけ殴られた後があるという事は、必死に抵抗したのだろう。

こんな小さな身体で、体格の勝る大人に、きっと彼女は立ち向かったのだ。

俺がもう少し早く来ていればと思う。


俺は怒りがおさまらなかったので、クソ野郎とお漏らし野郎を顔がパンパンに腫れるまで殴りつけてやった。

テュカは何も言わず、腰にしがみついたままだった。


殴れるだけ殴ったので、当分は目を覚まさないだろう。周りの目もあるし、サッサとこの場を離れることにした。それに騒ぎに気付いたのか、こちらに近付いてくる一団の姿も目に入った。


「行こう、テュカ」


俺はテュカの手を引き、発着所へ急いだのだった。

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