第14話 発 犬と狼?

 食事を終えたトゥバルとテュカは、少し休憩を挟んだ後に移動を開始した。ここでもテュカの鼻が大活躍だった。犬特有の嗅覚の良さを持つ彼女は、人の匂いが多い方へと導いてくれた。上に上がれば上がる程匂いは濃くなるらしく、今のところ迷うような素振りはない。


トゥバルは彼女の有能さに感嘆した。行きはカッタリーナの誘導で深層まで来た訳だが、帰りはどうしようかと悩んでいたのだ。

するとテュカが道をご案内しますと言い出したので、大丈夫か?と思いながらついていったのだが、あれよあれよという間に上層との階段に辿り着いたのだ。

トゥバルは、帰り道の件で悩んだ己の時間を返してくれと言いたくなった。


だがここで一つ問題が起こった。流石の犬鼻だなとトゥバルが呟くと、あの大人しいテュカがいきなり、


「狼と犬を一緒にしないで下さい!!」


とすごい剣幕で怒り出したのだ。何が彼女の琴線に触れたのか。トゥバルには犬と狼の違いがイマイチよく分からなかった。解せぬ。

違いが分かる男になれたらいいなと思うトゥバルであった。


とにかくそんな一幕があり、彼女には犬と言ってはいけない事を理解した。

そう、彼女は犬ではない、狼なのだ。

確かに一般的に犬人族と狼人族は違うとは言われているが、それを気にしている人間は少ない。

だが何故俺が彼女の事を狼人族と判断できたのかと言うと耳が尖っていて大きかったからだ。犬人族の耳は小さいのだ。それは何故だか分からない。


「いいですか、トゥバルさん、狼人族とはトマークトゥス様の血をいただいた由緒ある血族なのです!!誇り高き狼人族は、集落の結束も強く集団戦が得意なのです。人族に飼い慣らされた犬人族とは全然違うのです」


「お、おう、そうなんだな、知らなかったよ。悪かった悪かった」


テュカはプリプリ怒りながら、狼人族についてのご高説を宣う。どうやら誇り高き種族らしい。

まぁ、プリプリしていても所詮は子供、全然怖くはないがな。胸を沿ってもぺったんこだし。


「トゥバルさん、聞いてますか?」


ジト目で睨んでくるテュカ。


「おう、聞いてるよ、ちゃんと聞いてる。トマさんの家の椅子が高いんだよな?」


「全然聞いてないじゃないですかぁ!!」


その後、大変だった。

何故聞いてないのがバレたのか?

おかしいな、確かにそう聞こえたんだ、俺の耳には……。


どうやらトゥバルもオツムの方はそれ程でもなかったようだ。


「トゥバルさん、正座です、正座!!そこにお直り下さい」


「えぇ、足が痺れるじゃん」


その後、さらに半刻程説教が追加された。

流石に足が痺れたので休憩する事にした。まぁ、もう上層まで帰ってきたのだ。少しぐらいゆっくりしても大丈夫だろう。

それは間違いなく、テュカのお陰である。

そして、トゥバルが今生きてここに居るのも。


それについてはありがたく思ってはいるが、何も悪い事をしていないのに正座させられたというのがイマイチ納得できない。

女の子って怒らせると意外と怖いんだな。知らなかったよ。

普段白いテュカさんが、その時だけは真っ赤に染まっていた。


干し肉をあげると、元の白いテュカに戻って、ウマウマ〜ってしだした。

トゥバルはやっぱ犬と一緒なんじゃ?と思ったのはここだけの秘密である。


テュカのウマウマカジカジを見ると心が和み、トゥバルも些細な事は気にならなくなる。こんな日々を過ごすのもいいなと思えた。


思えば小さい頃から生き急いでいた気がする。幼い頃に同じく冒険者だった父と母を亡くし、物心ついた時には冒険者パーティーについてダンジョンに潜る日々を過ごしていたのだ。父の知り合いの冒険者がトゥバルの事を気にかけてくれていたからだ。父の残したなけなしの金で剣を買い、レベリングを繰り返した幼少期。それなりに力がついてきてからは、大剣を選んだ青年期。成人してからはストライクシールドと片手剣で実力を高めてきた。

そう、小さな頃から戦うのが当たり前の日々だったのだ。幼くして両親を失った彼にとっては、それが生きるという事に繋がっていたのだから。

誰も彼もが生活に余裕がある訳じゃない。ましてや冒険者の子供なんかにお金を恵んでくれるような奴はいない。あるとすればそれは人を陥れようとする悪意のある甘言ぐらいだ。

 ただ幸か不幸か、トゥバルの父の知り合いであったレイヴンは、事あるごとにトゥバルをダンジョンに連れ回した。

 そして、冒険者としての生き方を叩き込んでくれたのだった。レイヴンが居たから今のトゥバルがある、そう言っても過言ではない。そんな父のようなレイヴンも、もう居なくなってしまった。

 冒険者とはハイリスクハイリターンな生き方であり、夢半ばで亡くなる冒険者の方が多いだろう。だが成り手が多いのも事実である。ダンジョン産の魔石や宝物などは高い値で取引されている。

 それとダンジョンでは肉体レベルを引き上げる事ができる為、多くの一般人は少しでも強くなろうとダンジョンに赴く。自分の肉体レベルを上げる事で、新たな職へと繋がるからだ。貴族や金持ちの護衛、国軍や宗教戦団への入隊、若手に教える戦闘訓練技師など、強ければキャリアアップできる為、毎年結構な数の冒険者が誕生しているが、その分死者も多いのだ。無計画で無謀な探索は、簡単に人の命を奪い去る。熟練の冒険者でさえ、油断が命取りとなって足元を掬われているのだ。トゥバルも何度死にそうになった事か。


流石に今回ばかりは肝が冷えた。あそこまで死を意識した事は今までなかったからだ。どこか他人事のように思っていた。ヘマをする奴は弱いからだと。

いつの間にか自分も驕っていたようだ。死は誰のそばにも存在している。今日明日死んだとしてもおかしくないのだ。

今回はその事を再認識させられた。

テュカの助けがなければ、そのまま死んでいただろう。あのダンジョンの中で、誰にも看取られる事なく、ただひっそりと。

そう思った途端、異様な恐怖を感じた。今までにない薄ら寒さが自分を絡めとる。トゥバルはそんな恐怖を振り払うかのようにテュカの方を見つめた。


テュカはまだウマウマカジカジ〜している。その様子を見ているうちに、心の中に巣くった恐怖はどこかへ行ってしまった。

彼女には、不思議な魅力がある。勿論、性的魅力は皆無だが……。


「トゥバルさん、今何か非常に失礼な事を考えていらっしゃいませんか?」


「ん、何の事だかな。ほら、テュカ、もう一枚どうだ?」


「はい〜、いただきます〜、ウマウマ〜」


チョロいな、狼っ娘は、グハハハ。

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