第11話 発 善意と悪意の狭間で
心地良い微睡の中、トゥバルは無意識のうちに、その手触りの良い毛並みを撫でていた。
何度も、何度も。
まるで何かを確かめるように。
程良い暖かさと撫で心地に、何故か懐かしさと安心感に包まれる。
一体いつからだろうか?
目の前の事に必死になり、周りが見えなくなっていたのは。
自分の事で精一杯で、他者を見ようとしなくなったのは。
人の悪意に晒されるようになってからか。
ぼんやりと考える。
いつの間にかそのスキルは備わっていた。
本当に気付かぬうちに備わっていたのだ。
相手の心の内を自然と読み取ってしまうスキル。
心感。
善意は白く見え、悪意はどす黒く見える。
見ようと意識しなくても、見えてしまう。
その時から世界が、こんなにも人の悪意に満ちているのかと心が荒んだ。
笑顔の裏に隠された悪意を簡単に看破してしまう心感。
こんなスキルを手に入れてしまったが最後、彼は人を信じられなくなった。
嘘で塗り固められた世界から目を背けるようになった。
それは人が悪いのか、それとも彼の弱さが悪いのか。
彼には世界が黒く塗りつぶされたように見える。
何とつまらぬ世界かと神に憤ったりもした。
だが神からの返答などあろうはずもなく、彼の心は荒んでいった。
ただひたすら荒れた時代。
彼は大剣を持ち、手当たり次第に叩き潰した。
やがて、周りは彼の事をコミュ障と揶揄し、彼はそれすらも甘んじて受け入れた。
目的もなくダンジョンに潜り始め、大剣を魔物に振り下ろし、うさを晴らすだけの存在に成り下がった。
やがて目を逸らし続けることに慣れてしまったトゥバルは、己の肉体レベルが上がり、より効率的に魔物を倒すようになっていった。若い頃より鍛え、荒々しく磨いてきた大剣を捨て去り、より多くの魔物を狩る為、出来るだけ体力を温存し、カウンターによる攻撃を得意とするようになっていったのである。敵の攻撃を最小限の動きでそらし、いなし、隙を突くスタイルを確立させた。ただただ魔物を倒す事だけを考えていた。それ以外を見ないようにしていたのだ。ただ淡々と魔物を狩る毎日。自然と肉体レベルは上がり、いつの間にか周りから一目置かれる存在になっていた。
そんなある時、ギルドで仕事を依頼され、パーティーを紹介された。グェスの悪意は早々に感じ取っていた。何せ見えいるのだから、彼の内から溢れ出てくるどす黒く醜い感情の渦が。
トゥバルはそれでもあまりに気しないようにしながら同行していたが、向こうから悪意はやってきた。
あの時、遊びだとグェスは言っていたが、確実に彼を殺すつもりだった。殺意の波動はホンモノだったのだ。一撃一撃に殺意を漲らせ、本気で切り掛かってきた。一歩間違えば、死んでいた可能性は十分にある。腐ってもグェスはB級冒険者だ。性格に難があろうが、実力自体はホンモノである。
最後の天地爆砕刃には焦った。もしカウンターが間に合ってなければ確実にやられていた。当たりどころが良くて重症、悪ければ即死だ。それ程のスキルを人に向けて放つなんて、彼には信じられなかった。
魔物でも何でもないただの人間だぞ、そんなもの喰らったら一撃であの世行きだ。
まぁ、人には多かれ少なかれ、程度の差はあれど悪意はあるのだろう。
心が綺麗な人間など、ここのところ見た覚えがない。
そういえば、最近見た気がするな。
つい先程。
確か自分の上に乗っかって安眠してたな。
笑っちゃう程幸せそうなオーラ全開で。
真っ白な、まるでキャバスのような白。
一点の曇りもない白。
彼女は人の悪意に晒された事が無いんだろう。
自分とは正反対の人間だと思う。
獣人族とは皆そうなのだろうか?
もしそうだとするならば、彼女がいる世界を守るっていうのもいいかもしれない。
タンクとしては、まだまだ平々凡々だが、守りたいものの為に戦うのは、悪くないように思える。
こんな腐った黒い世界を守るなどごめんだ。
誰が人間なんぞ守るか、クソッタレが。
彼女を撫でてみて分かった事がある。
黒かった己の中の世界が、優しい白で塗りつぶされていくのを。
今はまだ灰色だが、いつか自分も彼女のような白い世界になるのだろうか?
トゥバルは彼女に希望を見たような気がした。
久しく感じていなかった、懐かしい感覚。
きっと誰もが子供の頃には持っているであろう優しい気持ちだ。
トゥバルは彼女の力になりたいと微睡の中、彼女の温もりを確かめるように、その小さな身体を優しく抱きしめた。
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