第10話 発 後悔からの崩壊
微睡のような、夢のような、そんな心地良い場所を漂っている。何だろうな、この香りは?優しい香りだが、ほんの少し獣臭い気もする。
ん、獣!?
ハッと意識が覚醒した。トゥバルは火虎に食いつかれたのを思い出したのだ。目を開けると視界がややボヤけている。寝起きだからか、まだ目が光に慣れていないようだ。焦点が少しずつあっていく。お腹の辺りに何か温もりと重みを感じたので首だけ動かして見てみると、女の子が気持ちよさそうに眠っていた。
「一体何がどうなって、こうなった??」
死を意識したトゥバルは、瀕死の状態だったはずだ。腕は食いちぎられ、足も。しかしながら、今身体には痛みを感じない。手も足も違和感無く動くように思う。ただ反応はやや鈍い気がするが。
「この娘に助けられたのか?まさか、こんな狼人族のガキに??」
トゥバルは疑問を口にしたが、答えてくれる筈の当事者は、気持ち良さそうに眠っている。起こすのは忍びないので、トゥバルはもうしばらくこのままでいる事にした。
どうせ一度死を覚悟した身だ。もう一度死んだところで、問題ない。そう割り切ったトゥバルは、狼人族の女の子の頭を撫でながら、うつらうつらと舟を漕ぎだした。
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うつらうつらとする中、頭を撫でられる感覚がありました。
お母さんかな?
暖かくて優しい手。
でもきっと違う。
この手はお父さんの手かしら。
大きくて力強い手。
この感触は久しぶりですねぇ。
まるで守られているようで安心して眠れます。
にゃむにゃむにゃむ。
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グェスは焦っていた。気絶させたカッタリーナを肩に担ぎながら中層への階段に向かって疾走している。そのすぐ後ろにはボヤとペウロペもついてきている。
何でこうなった。
グェスは少し後悔していた。
トゥバルを囮にして逃げ出した所までは良かったのだ。
問題が起きたのはその後だ。グェスは階段を目指して走っていたのだが、途中から道に迷った。探索中のロードマッピングの一切をカッタリーナに任せていた。だが当の本人は、気絶中である。どうやら途中で道を間違えたらしく、行けども行けども階段に辿り着かない。気配感知が出来るのもカッタリーナである。魔物がいつ出てくるか分からないこの状況に、彼は焦りを感じだしたのだ。
「おい、グェス、こっちで合っているのか?こんなに階段まで長かったか??」
「ボヤ、ペウロペ、済まん、道に迷った」
「だったらカッタリーナを早く起こせよ、またさっきのように別々に魔物がやってきたらヤバいぞ」
「あぁ、そうだな、そろそろ起こす」
グェスは肩に担いでいたカッタリーナを地面に下ろして、声を掛ける。
「おい、カッタリーナ、起きろ、おい」
軽く揺さぶりながら声を掛けるが目を覚さない。
焦ったグェスは、ペチペチとカッタリーナの頬を数回叩いた。
「いっ、嫌ァァァァ!!」
頬を叩かれた痛みで飛び起きたカッタリーナは、一瞬パニックになり、あらぬ方向に走り出してしまった。
「あ、おい、カッタリーナ!どこへ行く!!」
そのカッタリーナの暴走が、オルトロスの爪崩壊の引き金になった。
グェスが慌てて後を追うが、叫び声に反応したのか、あちらこちらから魔物が集まってきていた。
「グェス、この数はヤバいぞ!!」
「まさかお前!!」
ペウロペは気付いた。グェスがボヤと自分を置き去りにして、カッタリーナを追うつもりだと。
「聖包囲守護陣!」
ボヤがペウロペと自分の周囲を囲う防御魔法を使った。ペウロペはグェスに向かって叫ぶ。
「お、おい、洒落になんねぇぞ、グェス!お前、俺達まで裏切るつもりか!?」
「カッタリーナを連れ戻すだけだ、しばらく二人で何とか耐えてくれ!!」
「グェス、本気で言ってるのか?お前、巫山戯るなよ、後衛職二人でこの数の魔物を相手しろってのか?」
「ボヤが居るから何とかなるだろ?」
「なる訳ねぇだろうが!もっと現実を見ろよ!!どこに行ったのか分からない女探す為に俺達まで危険に晒すつもりなのか??」
「ペウロペ、もうやめろ。こいつはそういう奴だったんだ。今更何を言っても無駄だろう」
「ボヤ、何でお前はそんなに冷静で居られるんだ??」
「とりあえず危機を脱するには、今目の前の魔物を何とかするしかあるまい。それにグェスが居ようが居まいがあまり関係ない」
「ボヤ、手前ぇ、言ってくれんじゃねぇかよ。これぐらいあっという間にぶっ倒してやる。ペウロペ、バフ寄越せ!!」
なるほど、ボヤの考えそうな事だ。グェスを激昂させ、上手く焚き付けやがった。
俺からバフを貰ったグェスが周りの魔物を手当たり次第に斬りつけ、ボヤが範囲殲滅系魔法ライゼンクロイツの雷撃で、魔物動きを阻害する。
数が多いが、このまま一体ずつ削っていけば何とかなると思われた。
その時、タイミングの悪い事にカッタリーナが戻ってきたのである。それも大量の魔物を引き連れて。
その魔物を見て、ボヤも含め皆が絶望した。ファイアドレイクが一匹混じっていたのだ。ドラゴンの下位種であるドレイク。だが腐ってもドラゴンだ。弱くはない。いや、むしろこの大多数の魔物の中ではダントツに強いだろう。万全の態勢でファイアドレイク一体だけならばオルトロスの爪の面子でも何とかなったろうが、この数の魔物に囲まれた状態ではどうにも出来ない。その上カッタリーナは手負いでパニック状態だ。完全に詰んだ。
数分後、そこには多数の肉片と血の跡だけが残っていたという。
その後のオルトロスの爪の行方を知る者は、ついぞ現れなかったという。
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