第9話 発 私が出来ること
純粋なる願いや祈りは、時として奇跡を起こす事があるという。
これもまた、そんな奇跡の一幕なのかもしれない。
私はテュカです。狼人族の奴隷なのですが、ご一緒していた冒険者の方々に置き去りにされてしまいました。置き去りというか、囮ですね。もう死ぬんじゃないかと思っていた時期が、私にもありました。
えっ、私が何故生きてるのか気になりますか?
そうなんです。実は肉体レベルが上がった時に覚えました、隠れ蓑というスキルが発動したらしく、魔物に見つからずに済んだんです。本当にあの時は生きた心地がしませんでしたよぉ。怖かったですぅ。ジッとしているうちに、いつの間にか魔物が居なくなってまして、私は階段の方に向かって戻っている最中なのです。コッショリ、ソロリ、ソロリ。
「はて、この先から血の匂いがしますね。どなたかいらっしゃるのでしょうか?」
恐る恐る気配感知を発動させつつ匂いがする方に進みます。その辺りには魔物は居ないようなので、もしかすると傷を負っている人が居るのかもしれませんね。
魔物の気配を感じないといっても、私は油断しません。その油断が命取りになると学習したんです。えらいでしょ、エヘン。
「あ、酷い傷!?」
私は血の匂いの正体が分かりました。恐らく男の人だと思うのですが、血塗れになって床に倒れていたのです。
私は慌ててそばに駆け寄りました。
よく見ると右腕は肘から下が無くなっており、両足も太腿から下はありませんでした。この出血量だともうお亡くなりなっているかもしれません。そう思いながらも、腰のポーチを探ってみました。すると回復薬らしき物がまだ残されていました。
「神様、神様、どうかこの人が治りますように」
私は神様にお祈りしながら、回復薬を男の人に掛けました。そして、その男の人の右手を握りしめて、早くよくなりますようにと、願ったのです。
とりあえず私に今出来る事は、これぐらいしかありません。男の人の身体からは煙が出ています。よく見ると傷が塞がってきているようにも見えますが、まだかなり時間がかかりそうです。
私はまた気配感知を使い、周囲を確認します。今、この状態で魔物がやってくると困ってしまいますから。
周囲は今のところ魔物の気配はありませんね、ふぅっと一息です。
ふと気になりました。この方はどうしてお一人なのでしょうか?普通ダンジョン探索を行う場合、オルトロスの爪の皆様のようにパーティーを組んで挑むのが通例のようですが。もしお気付きになったらお伺いすることにしましょう。この方も私に優しくして下さるでしょうか?
そうだと良いなと思うのでした。
一刻半程時間が経つと外傷は殆ど無くなったようでした。ですが、恐らく出血が酷かったのでしょう、まだ意識が戻る気配はありません。
どうしましょうか?
どうやら、魔物が一匹こちらに近付いてきているようなのです。このままでは見つかってしまいます。困りましたぁ。折角傷が治りかけていますのに、ここで見つかってしまったら、きっとこの方はもう助からないでしょう。どうするべきか、判断に迷います。私だけでしたら隠れ蓑で何とでもやり過ごせるのですが……。
私はその時、ハッと閃きました。とりあえずこの方をこの広場の端の方に移動して、ヨイショ、ヨイショっと。ズルズルと引っ張りながらで申し訳なく思いますが、一所懸命引きずります。
もう時間がありません。
私は男の人の上に覆いかぶさり、隠れ蓑を発動しました。
一か八かの賭けでしたが、やってみる価値はあると思ったのです。
私は男の人にしがみつきながら、どうかどうか、魔物さんに見つかりませんようにと願うのでした。
息を潜める事数分、心臓がバクバク言ってます。血の着いた牙のある火虎が目の前をクンクンしながら通過していったのです。匂いで気付かれたのかなと思いましたが、そのまま奥の方へと歩いて行ってしまいました。私はホッと一息です。目の前を大きな牙が通っていくのを見ていると生きた心地がしませんでした。もう魔物がこちらに来ませんようにと祈りながら男の人の上から退きました。
傷の方は治ったようなのですが、まだ男の人は意識が戻らないようです。私一人ではこの方を担いでダンジョン内を移動する事は出来ませんし、どうしたら良いでしょうか?
私は、男の人ポーチから干し肉を一枚拝借して嚙りました。久しぶりのお肉です。カジカジ、ウマウマ〜。カジカジ、ウマウマ〜。
お腹が膨れたので、少し眠くなってきちゃいました。気配感知では魔物の反応はありませんが、一応念の為、男の人にくっつきながら、隠れ蓑を発動して、少し眠る事にしました。
起きたら、この方も目を覚ますかしら。
そうだといいなぁ。
では、お休みなさいませ。
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