第8話 発 最悪だ

 本来の目的を忘れている訳ではない。しかしながら、なかなか探索が進められないのも事実だ。もし仮にオルトロスの爪が窮地に陥っていた場合、こちらの到着が遅くなる事で、壊滅、あるいは全滅という事もありえる。

目的を違えてはいけない。自分達の目的は最初から一つなのだ。


 そう何度となくグェスには伝えたのだが、彼の導火線に着いた炎は未だに燃え続けているようだ。それと言うのも、先程の模擬戦というか、一方的な猛攻を凌いだトゥバルに、カッタリーナがキュンキュンしているからである。これにはホントに参った。もうグェスがスーパーな野菜人になるんじゃないかってぐらいで、背後の黄金色のエフェクトが目に浮かんでくるようだ。

トゥバルにとっては、好きでもない女にチヤホヤされても何ら痛痒を感じないので、ハッキリ言ってお門違いで、文句の一つも言ってやりたいのだが、話が通じない為、もう諦めた。今のところ、自然鎮火を待つしかないようだ。早くこの依頼を片付けて、解散しよう、そうしよう。トゥバルの中ではもうすでにこの先のプランは決定しているようだった。


「ん、何か大きいのが来るよ!」


カッタリーナが魔物の気配を感じ取ったようだ。それに合わせてトゥバルは盾を掲げて走り出す。

通路の先から姿を現したのは、サイを一回り大きくして、赤い体毛を生やしたような魔物、火サイだ。体調は四メートル級。デカい。そして、かなりの突進力とカチ上げが強力な魔物である。体重が重い為に、トゥバルのストライクシールドでいなすのも一苦労しそうな相手だった。

 トゥバルは、挑発しながら、射線がパーティーに向かないように左手に広がった。これだけで、後衛のボヤやペウロペが巻き込まれる危険が減る。

早速火サイがトゥバルに狙いを定めて、突進してきた。この突進を盾で受けるのは悪手である。普通の人間なら。


トゥバルはストライクシールドを地面に突き立て、


「オーラシールド発動!」


盾の前面に技力で作られた半透明の膜が発生した。見た目はそれ程厚めではないが、技力により発生したその保護膜は、見た目異常の頑丈さを発揮する。


「来やがれ、デカブツ野郎!!」


その直後、ドンッと非常に重い音が鳴り響き、盾の力馬と火サイの突進が拮抗する。角と接触している部分からは火花が飛び散っている。地面に突き刺した盾は、火サイの突進力により、やや後退を余儀なくされたが、トゥバル自身には、何らダメージは無いようである。火サイが撒き散らす火の粉は、ボヤの水属性バフが相殺してくれている。


「よし、止めたぞ!攻撃頼む!!」


トゥバルが膠着状態の隙に周りに目をやると、別の方向からも魔物が来ていたのか、カッタリーナが腕を抑えて蹲っていた。それを庇うようにグェスが火虎と対峙している。


「なっ!?」


一瞬の隙を着いて、火サイが前脚を大きく上げて、打ち下ろす。トゥバルの一瞬の隙をついて地鳴らしを発動したのだ。その衝撃を前方からではなく足元からくらったトゥバルは、後方に吹き飛ばされる。臓腑を抉るような衝撃がトゥバルの身体を駆け抜けた。盾を地面に突き刺し、片膝をついて何とか体勢を立て直すが、口から吐血した。これでは他のメンバーの所に行く余裕すらない。火サイはまだ挑発が効いている為、トゥバルから狙いを逸らしてはいないが、時間の問題か。流石にあの巨体を倒しきる自信はトゥバルにもない。片手剣では手に余る大きさだ。外皮も硬く防御力が高い為、ダメージが入りにくいだろう。リーチの問題もある。大剣は二メートル越えのものあるが、片手剣は精々長くても一メートル程が一般的だ。攻撃を当てるには、より近付かなくてはならない。ハイリスクノーリターンである。

今ペウロペはカッタリーナの回復をしている。こちらまでは余裕がないだろう。仕方ないが、ポーションで回復することにした。これで、万が一内臓が傷んでいても、大丈夫だろう。トゥバルは腰のポーチからサッとポーションを取り出してすぐに飲みほす。内臓の痛みはすぐにひいてきた。そのまま油断なく火サイの動きを注視する。

今のトゥバルにとっては、火サイを抑えるだけで精一杯だ。他の魔物に気を配る余裕がない。あの地鳴らしはオーラシールドを貫通してきた。あの突進を止めるだけでも苦労するのに、止めたと思った瞬間にあれをくらったのは痛かった。お陰でポーションを一本使う羽目になった。ポーションも安くはないのだ。やはり、あのクラスの魔物は油断できない。トゥバルが立ち上がり、前に一歩踏み出すと火サイの方も角を振り上げ威嚇するような動きをする。


回復が終わったカッタリーナを気絶させたのか?グェスは火虎と戦っていると思っていたが、カッタリーナの首筋に手刀を叩き込んでいるのが目に入った。


「一体何を!?」


そう思ったのも束の間、カッタリーナを担いだグェスが火サイと対峙するトゥバルのすぐ後ろを横切り、それに続いて火虎を牽制していたボヤと手の空いたペウロペも続いた。


「なっ!?」


この瞬間、トゥバルは戦慄した。


そうか、そういう事かよ。トゥバルは理解した。やられた。最悪だ。エンドオブザワールドの奴らは、今この瞬間、彼を切り捨てたのだ。火サイと火虎、その奥にもう一匹火虎がいるのも見えた。彼が火サイに気を取られている隙に、火虎が二体、違う方向からやってきていたのだ。

 カッタリーナが火虎に襲われ負傷して、慌てたのか?火虎二体ぐらい、グェスやボヤなら梃子づるような魔物じゃないはずだ。

考えがまとまらない。グェスはやっぱり想像通りの下衆野郎だったってのか?


そんな事を考えているうちに火サイと火虎二体に囲まれた。三方向からジワリジワリと距離を詰められる。逃げ道がない。というよりも逃す気がなさそうだ。冷たい汗が頬を伝うのがわかる。火サイを正面に対峙しているが、後方から火虎二匹で詰め寄られたら、終わりだ。

何か手はない?クソッ、だから臨時でパーティーなんか組むんじゃなかったんだ。トゥバルは自身の迂闊さを呪った。

火虎の噛みつき、鉤爪をくらう度に身体のあちこちが痛む。出来るだけ攻撃を貰わないように立ち回るも、一人では限界がある。ジワジワと体力を削られ、出血量も増えてきた。


「万事休すか」


一体だけなら何とかなったかもしれないが、三体同時には流石に無理だ。


トゥバルが諦めた雰囲気が魔物にも伝わったのか、後ろから火虎が勢いよく噛み付いてきた。右腕の肘辺りと左太腿に激痛が走る。火虎の人の掌程もある牙が突き刺さったのだ。痛いなんてもんじゃない。腕なんか食い千切られそうだ。腕と太腿が沸騰するのような熱さを持ち、血が噴き出るのが分かる。


「グッアアアァァァァァ!?」


あまりの痛みに思わず叫んでしまった。腕などは辛うじて筋肉の繊維がわずかに繋がっているだけで、殆ど肉は食い千切られている。出血量も相当だ。トゥバルの血がダンジョンの床を赤く染めていく。

グェスに対して怒りが湧いた。何故自分がこんな目に合わなくてならないのかと。自分が一体何をしたというのだ。


「クソッタレ、生きて戻れたら、ぶっ殺してやる、覚えてや… が… れ……」


腕と太腿から発せられる激痛に、トゥバルは程なく意識を手放した。

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