第7話 発 それ絶対ダメなやつ

 炎魔の住処というダンジョンは、いまだ最下層まで到達した者は居ない。つまり未到達領域があるダンジョンであった。しかしながら近年、到達エリアが更新されたという事もない為、難攻不落のダンジョンとしても有名である。深層を進めば進む程、内部の温度が上昇する為、体力と水の消耗が重くのしかかってくる。水属性魔法が使える者が居ないと探索困難なダンジョンであり、魔物の脅威度も攻撃的な火属性だけあって、魔物の攻撃力は他の属性ダンジョンの追随を許さない。

 そんなダンジョンの深層を進むパーティーがあった。勿論トゥバル率いる、いや、グェスが率いるエンドオブザワールドの面々と追加要員一名のトゥバル達一行である。ダンジョン内の現在の気温は四十度といったところであろうか。真夏の熱さを凌ぐその気温には、さすがの冒険者達も参っているかというとそうではないようだ。バッファーのペウロペが水属性バフを掛けているのである。


「ホント便利だよな、魔法って。こんなに熱そうなのに、快適に過ごせるなんて」


その一言をキッカケにボヤの魔法トークが炸裂した。彼はペウロペを誉めたつもりだったのだが、何故かボヤが魔法について語り出したのだ。


「ふっ、まぁ、伊達にマスターなんて呼ばれいる訳じゃない。これぐらいの知識は常識さ」


ボヤ、名前だけ聞くと、君、得意なのは火属性だろ?と揶揄いたくなるが、魔法の扱いは流石である。トゥバルは魔法が得意ではないので、羨ましい限りである。

 一般的な人族は、技力と魔力の両方を備えてはいるが、どちらかに偏りが出るらしい。その為、簡単な部類に入る生活魔法は、殆どの人族が使える。

 逆に言えば、専門的な範囲殲滅型、指向性火力型、強化弱体型、治癒回復型などの魔法は使える人が限られている。使用魔力量や術式領域等が足りない為だ。小さな頃から繰り返し鍛える事で、魔力量や術式領域は増やす事が出来るが、ある年齢を境に増加率が下がっていくらしい。領域拡張臨海点があるとかないとか。専門的な内容で理解が追いつかなかった。通訳すると、ボヤは攻撃魔法だけでなく、バフデバフ系も使えるらしい。だから俺は凄いんだぞって事らしい。バッファーのペウロペと役割が被る部分もあるが、同じ魔法ではないので、効果が重複するらしい。

 ボヤの難点としては、専門分野の話になると非常に饒舌になるという事か。周りの者の理解の範疇を越えた内容を延々と語り出すきらいがある。聞く方は馬の耳に念仏状態で、頭から知恵熱が出そうになった。彼もそっとボヤのそばから撤退したぐらいだ。まぁ、なんだ、まとめるとボヤは凄い魔法オタクだという事だ。

 今は少し開けた場所で小休止である。何事も急ぎ過ぎると失敗するものだ。適度な休息は、集中力の維持に必要不可欠。特に出口の見えないダンジョンのような場所においては、油断した瞬間に死が待っていると言われる程、探索中に命を落とす者が多い為、リーダーのグェスが休憩しようと言い出したのだ。


「おい、カッタリーナ、ちょっと来いよ」


「えっ、グェス、私こんな所で嫌だよ」


ん、グェスがカッタリーナを呼び出そうとしたようだが、カッタリーナが断ったようだ。


「何言ってんだよ、こっちは溜まってんだ、分かるだろ?」


「えぇ、だってトゥバルも居るのに絶対ヤダ!!」


「手前ぇ、俺とあいつとどっちが大事なんだ!!」


あぁ、何かグェスがヒートアップしてきた。こっちにとばっちりが来ないように少し離れるか。って、何でこっちに来るんだ、カッタリーナは。


「ねぇねぇ、トゥバル〜、グェスがこんな所でエッチな事を要求してくるの、どう思う、マジでありえなくない??」


ぐっ、そんなコアな話、こっちに持って来んなとトゥバルはやや赤面しながら狼狽える。


「おい、トゥバル、舐めてんのか?あぁ!俺の女に手出しやがって!」


出してないぞ、グェス、よく見ろ、触れてすらない。首を左右に振りながらの彼の心の叫びは、どうやらグェスには届かなかったようだ。


「おい、ちょっと遊んでやる。そこに立て、こら!!」


激昂したグェスが大剣を振り翳して接近してくる。カッタリーナはサッと離れていった。おい、人に厄介な奴を押しつけて逃げるなと言いたくなった。


「閃光烈波斬!!」


いきなり大剣技発動させるか!?マジでやる気なのか、あいつは?

空気を切り裂きながら迫る大剣。以前自分もよく使っていた技だ。剣の軌道がよく見える。大剣の動きに合わせてストライクシールドをやや斜めに合わせる。

ガキッと大きな音がなり、地面に大剣が深く突き刺さった。


「お、おい、グェス、これ当たったら死んでんぞ」


「ちょっとした遊びじゃねぇか、ほらドンドン行くぞ!!」


その後も大剣技を次々繰り出し、俺に一太刀浴びせようと迫り来るグェスを盾で何とか逸らしながら説得を続けた。大剣は当たれば、絶大な威力を発揮する武器ではあるが、当たらなければどうという事はない。どこかの赤い彗星さんもそう言っていたとか。

逆にグェスの方は、攻撃が全く当たらない為、より一層イライラしているようだ。誰か止めてくれと思うが、他の面子はお茶していやがる。


「トゥバル、頑張って〜」


余計なお世話だ。君のせいでこうなってますが。カッタリーナ君、空気読もうね。


カッタリーナからの声援に愚痴をこぼすトゥバルだが、グェスの攻撃はなかなか終わらない。やや息が上がってきているようだが、腐ってもB級冒険者。意地でも自分のペースに持ち込むつもりか。


「ぶち殺してやる、天地爆砕刃!!」


おい、それ人に使ったらダメやつや!!


それ絶対ダメなやつ〜♪

それ絶対ダメなやつ〜♪

痛めの衝波♪

ワイルドな切れ♪

マジで軽く死ねるの〜♪

それ絶対ダメなやつ〜♪

それ絶対ダメなやつ〜♪


範囲殲滅級の大剣技、天地爆砕刃。技力を纏わせた大剣を大地に叩きつけ、衝撃刃と大地から噴き出す力場のダブル攻撃である。人一人に向けて放つような技ではない。

 それを見たトゥバルは、瞬時にあるスキルを発動した。そのスキルはタンクの奥の手、カウンターレイドである。技の発生直前に発動する事によって、一時的に無敵状態になり、相手の技を無効化しながら盾で押し切り、相手の技をキャンセルするスゴ技なのだ。大剣等の動作が大きい技には狙いやすいカウンター技である。

 トゥバルが元々大剣使いで、グェスの大剣技を知っていたというのも大きいが。


大剣が振り下ろされる直前に盾に強引に割り込まれ、逆に後ろに身体ごと持っていかれる。発生するはずだった衝撃波等もキャンセルされ、驚きの表情をするグェス。


「グッ」


グェスは奥歯を噛み締めながら、苛立ちを顕にした。


「もうその辺にしておけ、グェス。そろそろ休憩は終わりだ」


ペウロペが空気を察して止めに入ってくれた。トゥバルもホッと一息である。

しかし、先程の技は危なかった。発動されたら、さしものトゥバルでも無傷ではいられない。それ程の威力がある技なのだ。危なかったのだ、本当に。それ絶対人に向けて放っちゃダメなやつなのだ。


 トゥバルは昔から人付き合いが苦手だった。こういう諍いは醜く、人の悪意に晒されるとすごく不愉快な気分になる。特にトゥバルは、よくトラブルに巻き込まれる事が多かった。トゥバルがコミュ障なのは、こういう厄介な人が少なからず存在するというのも影響しているのかもしれない。特に冒険者は粗雑な者が多い事で有名だ。それというのも魔物と戦う事が多い為、闘争本能が刺激されているという部分もあるだろう。だが、それを黙認してしまっているギルドにも問題があるのでは、とトゥバルは考えている。


トラブル続きの探索は、事あるごとにグェスがトゥバルに絡む為、遅々として進まない。

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