第6話 発 難儀なことだ
彼の名はトゥバル・エルスブレダ。巷で売り出し中のB級冒険者である。大剣使いだった彼は、武器との相性が合わず、それまで使っていた大剣を捨て、盾と片手剣を手に持った。するとどうした事だろうか。天性の才能なのか、彼はメキメキと頭角を現し、今一番勢いのあるタンク兼サブアタッカーとして売り出し中なのである。スラっとした体格ではあるが、大きめのストライクシールドと呼ばれる十字型の攻撃的な盾で魔物の攻撃を素早くいなし、片手剣の鋭い多段攻撃によって魔物につけいる隙を与えないオールマイティーなタンクへと成長した。今やどのパーティーからも引っ張り凧な彼は、元来の内気な性格の為に、うまく臨時パーティーに馴染めないでいた。また急に頭角を現した為、嫉みの対象にもなっている。出る杭は打たれるというやつである。
そんなトゥバルと現在パーティーを組んでいるのは、エンドオブザワールドの面々である。アタッカーでリーダーのグェス・トゥラヤ。スペルマスターのボヤ・デンターフ。ヒーラー兼バッファーのペウロぺ・チーノ。ローグ兼遊撃のカッタリーナ・エジャンの四人で構成されたバランスの良いパーティーに、臨時招集で追加された形だ。目的は突如消息を絶ったパーティー、オルトロスの爪の捜索である。冒険者ギルドからの緊急依頼だった。
今はタンクのトゥバルとローグのカッタリーナを先頭に、炎魔の住処という火属性の魔物が多く湧くダンジョンの深層を探索中であった。カッタリーナはトゥバルにお熱のようで、何かと纏わりついてくるカッタリーナに対して、トゥバルは素っ気ない態度ばかり取っていた。一言で言うとコミュ障の彼には荷が重い相手だったようだ。
そんなトゥバルの方を睨む男が後ろに居た。パーティーリーダーのグェスである。下衆ではない。グェスである。大事なので二度言った。何が大事なのだろうか?
彼はエンドオブザワールドのリーダーでパーティーからの信頼も厚い。だから決して下衆い事はしない……いや、するかもしれない。自分に対する目付きがめっちゃ悪い為、トゥバルにはしないと言い切る自信がなかった。今もこちらの方を睨んでいる。別に彼の方にはカッタリーナに何ら気持ちは向いていないというのに、傍迷惑な話である。これにはトゥバルも溜息を吐きたくなった。今も彼の危機感知にはグェスが反応している。困ったものだ。
「カッタリーナ、すまないがもう少し離れてくれないか、ちょっと歩きづらいんだ」
「あ、トゥバル、ごめんねぇ、私気付かなくって〜」
こんな感じで離れようとしないのだ。本当に困ったもんだ。離れろと強く言う訳にもいかず、しかして優しく言っても離れてくれない。コミュ障のトゥバルには手詰まり状態のお手上げだった。自分のどこが気に入ったのか?とトゥバルは自問自答するが、サッパリ分からなかった。最近ちょっと調子が良いので、唾でもつけておこうという事だろうか?女心というものは、えてして掴みどころのないものだ。女性経験の欠片もないトゥバルには、サッパリ分からない部類の問題であった。
「チッ、面白くねぇ、全然面白くねぇ」
グェスのぼやきが微かに聞こえた。いや、グェスよ、面白くないのは自分もだぞ、と言いたくなったトゥバルである。
「あ、トゥバル、火猿が来るよ、一匹」
「おっ、了解。サンキュー、カッタリーナ!」
カッタリーナの索敵に引っかかったのは火猿と呼ばれるゴリラのような火属性の魔物だった。体調は三メートル程で、威圧感は結構あるが、攻撃自体はワンパターンなので、それ程怖くない魔物である。
「スキル発動、挑発!」
トゥバルは早速火猿を挑発し、自分にヘイトを向けさせる。ヘイト管理は、もう手慣れたものだ。
挑発に釣られて火猿が剛腕攻撃を繰り出してくるが、特徴的な十字型のストライクシールドによって拳を下から突き上げられ、たたらを踏む火猿。その隙を逃さず、片手剣ですぐ様斬りつけるトゥバル。片手剣が冴えに冴え、火猿の急所を突いたのか、程なく火猿は倒れた。
「ふぅ〜、こんなものか」
「面白くねぇ、全然面白くねぇ!」
後ろのギャラリーからブーイングの嵐が聞こえたのは、幻聴じゃないよな。トゥバルはまた、ため息が吐きたくなった。
このストライクシールドは、構えながらでも相手の動きや攻撃がよく見える為、カウンターで攻撃を入れやすい。その特性とトゥバルの戦い方の相性が抜群に良かった。盾の十字部分に魔物の攻撃を引っ掛けるようにいなすと大抵の魔物は予想外の衝撃にたたらを踏み、急所を晒す事になる。そこに攻撃を繰り出すとクリティカルが発生しやすく、大ダメージを狙えるのだ。肉体レベルの上昇も相まって、深層の魔物にも対応出来るようなってきたわけだが。
まぁ、それがグェスにとっては面白くないと。
「すご〜い、トゥバルって深層の魔物でも一人で余裕ねぇ。私、今、ときめいちゃってるかも〜」
アホの子が空気も読まずに、こうやって爆弾を投下してくれる。何がときめいちゃってるかもだ、火に油を注がないで欲しい。君のその発言で、こっちは追加効果の大炎上である。
どうもカッタリーナとグェスは幼馴染らしく、付き合いは長いようで、その彼女が自分にお熱なので、面白くないらしい。そりゃあ、そうだわな。自分がもしグェスと同じ立場なら面白くはない。当然である。トゥバルはそんな重苦しい空気を拭うように、
「しかし、オルトロスの爪はどこにも居ないな、深層のどの辺りを探索してやがったんだか」
「ふむ、中層に戻りやすいこの辺りではないのかもしれんな」
スペルマスターのボヤは、マスターと言われるだけあって博識だ。よく見ている。おそらく彼の言う通りだろう。中層に戻りやすい階段周囲には、真新しい戦闘の痕跡は残されていなかったのだ。という事は、もう少し奥まで進んでいった可能性がある。トゥバル自身もそれ程多く深層まで来たことは無かったので、自信が持てなかったが、ボヤの意見が後押ししてくれた形だ。
「もう少し奥を探してみるか?」
俺としては軽く尋ねてみたつもりだったが、
「チッ、即席のお前が決めんなよ。リーダーは俺だっつぅの!!」
また地雷を踏んでしまったようだ。どうやらグェスはお気に召さなかったようだ。
「グェス、何でトゥバルに当たりキツいの?ねぇ、何で??」
カッタリーナがグェスを嗜めようと発言するが、それは悪手である。当の本人からそれを言われると余計に拗れるだろう。このカッタリーナという女は、ちょっと、……いや、かなりKYなのかもしれない。トゥバルの危機感知がビンビン反応している。
彼は、やっぱり臨時のパーティーって難しいな、早く帰りたいと思うのだった。
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