第4話 序 探索に波乱はつきもの

「おい、テュカ、起きな、アンタの番だよ」


サテュロス様が私を起こして下さいました。どうやら見張りの番が回ってきたようです。


「起こして下さいまして、ありがとうございます」


私はペコリとサテュロス様にお辞儀をして、見張りにつきました。早速気配感知を発動しましたが、付近に魔物の気配はありません。流石の安全地帯ですね。階層を跨ぐ階段がある付近には、魔物が湧きにくいそうです。その為、安全地帯と呼ばれ、ここで仮眠とるのが冒険者の常識だそうです。ダンジョンに入った事のない私には、常識と言われましても〜という感じでしたが。篝火を焚かなくてもダンジョン内はある程度の明るさが保たれていて、洞窟の中なのに不思議な感じでした。これには定説があるそうで、ダンジョンとはそもそも神が人族に与えた試練だそうで、その試練を乗り超える事で様々な恩恵を人にもたらすと言われているようです。お金然り、経験値然り、宝物然りです。私もその恩恵に少なからずあやかる事ができて、嬉しいです。話を戻しますが、人族が戦いやすいようにある程度よ明るさが保たれているそうなのです。

 また不思議な事に、冒険者の方々からは、人種的な差別扱いは少ないように感じます。何故でしょうか?父アルバロはよく言っておりました。人族に捕まったら最後、骨の髄までしゃぶり尽くされ、ボロ雑巾のように扱われ、最後には棄てられると。

 ですがオルトロスの爪の皆様には、よくしていただいているように感じるのです。父が言っていた事とは、矛盾しているように感じます。世の中は不思議な事が一杯ですね。私のような無知な者には、目の前の事が真実であるように感じてしまいます。でも父が嘘を言っているようには思えませんでした。そのような雰囲気ではなかったのです。あの話し振りは、本当にあった事を語っているのだと感じました。父は一体どのような事を体験したのでしょうか。それを知らぬ私は、幸せなのだと感じます。いつか私も知る時が来るのでしょうか。


おっと余計な事を考えていてはいけませんね。今の私はオルトロスの爪の一員で、見張りをしている最中です。安全地帯とはいえ、油断してパーティーに迷惑をかけないようにしなくては。


その後、十分に仮眠が取れた方から目を覚まされました。全員が起きた後は、軽く携帯食を食べて、また深層で戦うそうです。

私も、ヨシ!と気合を入れ直して深層探索へ乗り出しました。


しっかりと休息が取れたので、皆様の動きにもキレがあるように見えます。昨日よりも更にハイペースで魔物を狩っていくベルン様達。余裕がある為か、昨日よりも奥へと奥へと進んでいました。私もその中で、魔物の気配を感知しながら、パーティーのお役に立てるように頑張ります。

 何度目かの戦闘の後、またレベルが上がったように感じました。あの身体の奥から力が湧き上がるような感覚です。その時、新しいスキルを覚えたようです。これは隠れ蓑?どうやら魔物に気付かれにくくなるスキルのようでした。魔物と戦えない私にはちょうど良いスキルですね。今のところ使い所はなさそうですが。

 と言うのも、前衛と呼ばれる接近戦を得意とするアタッカーのベルン様とタンクのブラウ様は安定して魔物と戦っていますので、後衛と呼ばれる遠距離を得意とする魔術師サテュロス様やヒーラー兼バッファーのニード様、そして索敵役の私の所まで魔物の攻撃は届かないのです。ですので、私が覚えた隠れ蓑は、今の所は死にスキルですね。また釣り狩りの為に気配感知をする時にでも使う事にしましょう。

 おっと、こちらから別の魔物がやってきたようです。


「そちらから二体別の魔物が近付いています」


「おっし、了解。二体ならいけるか、サテュロス、バインド頼むわ」


「はいはい、早く倒してよ、魔力温存したいから」


「分かってるっての、ブラウ、そっち挑発頼むわ、こっちはサテュロスにバインドさせる」


「おう、分かった、こっちに来やがれ、火虎野郎が、挑発発動!」


「私はこっちね、火蝙蝠、地に縛り付けてやるわ、ロックバインド!」


ブラウ様が二体現れた魔物のうち火虎と呼ばれる一体を挑発されました。サテュロス様は別の一体の火蝙蝠を地属性のバインド魔法で拘束します。これで火蝙蝠は完全に動けなくなり、火虎との戦いに専念できます。ニード様が水属性バフを味方に、デバフを火虎に掛けます。見た目にも火虎の動きが悪くなり、鋭い鉤爪の攻撃をブラウ様が盾で何なく捌きます。そこへベルン様の大剣スキル、水刃が叩き込まれました。手傷を負った火虎の動きが更に悪くなり、ブラウ様の追い討ちシールドハッシュで吹き飛ばされ、ベルン様が大剣突き刺し勝負ありでした。火虎を圧倒したベルン様とブラウ様はすぐさま火蝙蝠を相手取り、火蝙蝠も何なく倒してしまいました。


「お疲れ様です」


「おう、テュカもお役目ご苦労さん」


「いえ、私はほとんど何も」


「んな事はないぞ、テュカが周りの魔物をしっかり探ってくれてるから、増援とかを気にせずに安心して、目の前の魔物に集中できるってもんだ」


「そうなのですね、お役に立てて良かったです」


嘘でもそのように言ってもらえて、私は本当に嬉しかったのです。だからつい、舞い上がってしまい、油断してしまったのでしょう。私が再度気配感知を発動した時には、別の魔物がすぐそこまで来ていました。しかも魔の悪い事に複数体です。私はやってしまったと思いましたが、瞬時に切り替えます。


「す、すみません、気づくのが遅くなってしまいました。そちらより魔物が二体、こちらより魔物が三体来ています!!」


「くっ、マジかよ、何でもっと早く言わないんだ!!」


「五体はまずいな、今の俺達には手に余る、ベルン、どうする??」


「テュカ、どうだ、階段まで戻れそうか?」


「はい、階段の方には居ません、戻れると思います」


「よし、テュカ、お前の責任だから、お前が囮になれ!俺達とは別の方に逃げろ。これは命令だぞ!!」


頭をガーンと金槌で殴られたような衝撃がしました。そうです、私が浮かれてしまったのが悪かったのです。ですが、囮になれなんて酷い。酷すぎます。私はまだ十と一の歳なのです。五体の魔物に見つかったりすれば、たった一人で逃げ切る事なんてできないでしょう。あっという間に殺されるのが目に見えています。ですが、ベルン様の目は本気のようです。とても嘘には思えません。ベルン様達にとっては、所詮私は替えのきく奴隷だったようです。そうですよね、奴隷なんてそのようなものですよね。でもどうして、それならベルン様達は、私に優しくして下さったのでしょうか。私の目には、自然と涙が溢れてきました。


「すまねぇな、俺達は、ここで死ぬ訳にはいかねぇんだ。俺達に買われたのが運の尽きだと思ってくれ」


ベルン様は申し訳なさそうなお顔で、私に最後通告をされました。今生のお別れのようです。


「オルトロスの皆様、今まで優しくしていただき、ありがとうございました。テュカは、とても嬉しく思います」


私はペコリと一礼して、階段のある方とは別の方に走り出しました。きっともう会う事はないでしょう。父や母とも二度と。やはり父の言っていた事は間違いではなかったのです。所詮奴隷とは使い潰される運命にあったのです。人族の方にとっては、替えのきく代替品でしかないのです。私は泣きながら、必死に走りました。気配感知を発動させながら、魔物居ない方へと居ない方へと。所詮は子供の足です。後ろから追いかけてくる魔物との距離が縮まる事はあれども離れる事はありません。息も絶え絶えになった私の足は、とうとう止まってしまいました。魔物の気配がどんどん近付いてきます。私にはもう逃げ場がありません。

 通路の端に座り込んでしまった私は、息の上がった身体を抱き締め、神様にお祈りします。あぁ、神様、私の罪をお許しください。私が警戒を怠ったが為にこのような事になってしまいました。どうか、どうか、私の罪をお許しください。私は溢れる涙を拭う事もせず、ただただ祈り続けました。

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