第2話 序 テュカ

私が目覚めた時、いつもと違う場所に居る事が分かりました。匂いと気配が知っているものではなかったのです。気高く強い父アルバロ、いつでも私に優しく甘い母ティリア。二人と一緒に木の香りのする家で寝ていたはずでしたが、今私が居る場所は、家ではないようです。鉄の臭いや顔をしかめる程の糞尿のひどい臭いが一杯しました。一体何がと思い、起きあがろうとしましたが、どうやら手足が縛られているらしく身動きが取れませんでした。それに首に何かを付けられているようでした。


「ココワ?」


「ふむ、どうやら気がついたようですね。ここはアードライ帝国の首都、ティガリオンにある奴隷商会ガナベルトです。あなたは捕まってこちらに売られてきたのですよ。狼の少女さん。首に付けられているのが、奴隷の首輪というものです。それがある限り私には逆らえません」


何という事でしょう。私が悪かったのでしょうか?悪い子は獣狩師に攫われると父によく言われていましたが、まさか本当に攫われてしまうとは。自分の罪を恥じ入るばかりです。


「アァ、ドウカ神サマ、私ノ罪ヲオ許シ下サイ」


私は自らの過ちを悔いるように神さまに祈りました。


「ん、あなたは何か勘違いしているようですね。まぁ、別に構いませんが。むしろそちらの方が都合が良さそうです。あなた、名前は何というのです?」


「私ワ誇リ高キ狼人族ノ長 アルバロ ト ティリア ノ娘、テュカ ト申シマス」


「吾輩の名は、ガナベルトです。短い間ですが、よく言う事を聞くように」


「ハイ、ガナベルト様、ヨロシクオ願イシマス」


「ではまず縄を解きますので、ジッとしていなさい」


「カシコマリマシタ」


ガナベルト様はナイフで私の両手足の拘束を解いて下さいました。この方は何て良い方なのでしょうね。


「アリガトゴザイマス」


「礼は不要です。では今から奴隷として必要最低限の知識を身に付けさせます。少し頭が痛くなりますが、我慢するように」


そう言ってガナベルト様は、私の額に手を当てて、何やら呪文を唱えだしました。程なく強烈な痛みが私を襲います。


「アタッ、アタタタッ、チョ、ウゴ〜、イタァ」


私は痛みにのたうち回りたくなりましたが、我慢せよとの事でしたので、涙目になりながら耐えました。


「これで終了です。どうですか、調子は?」


「はい、ガナベルト様、死ぬ程痛かったですが、今は平気です?あれ??」


「どうやらうまくいったようですね、これであなたも普通に喋れます。奴隷としての知識も頭に植え付けました」


「た、確かに頭の中に知識として入ってます。すごいですね、ガナベルト様、ありがとうございます」


「礼を言われる事ではありません。この後、あなたは奴隷として売られる訳ですから。まぁ、良いご主人様に巡り逢えると良いですがね、フフフッ」


これは私の事を心配して下さってるのですね、ガナベルト様は、何てお優しい方なのでしょう。


こうして、私は買い手が着くまで、ガナベルト奴隷商会に身を置く事になりました。着ていた服もいつの間にか襤褸切れなっており、周りの子と同じ檻に入れられました。仲良くして下さいね。このひどい臭いだけは辛いですが。


連日色々な方がこちらの商会を訪れました。中にはゴテゴテの宝石を両指に一杯着けられた大柄なお客様も居ました。私も何とかお客様にアピールをしたのですが、貧相であるとの事で買っていただく事は出来ませんでした。残念です。頑張って、もっとアピールしようと思いました。その大柄なお客様に買われた方は、何故か涙を流しておられました。余程嬉しかったのでしょう。いいなぁと思いました。どうぞ、お幸せに。


数日後、私の元を訪れたのは、冒険者の方のようでした。その方はサテュロス様という方で、魔術師をされているそうです。その方のお話を伺いましたところ、冒険者の斥候やローグを雇うと後々高くつくそうなので、奴隷で我慢しようという事になったそうで、気配感知のスキルがある私を買いたいとの事でした。私としましても、人様のお役に立てるという事でありがたいお話です。ぜひ、この方々に買っていただきましょう。必死に私はアピールしました。その甲斐あってか、サテュロス様は、まぁ、頑張ってという感じで私を買って下さいました。無事契約も終わり、サテュロス様の後をついて歩きます。王都ティガリオンという所は、私が住んでいた集落と比べると桁違いの大きさでした。背の高い建物が多く乱立していて、空が小さく見えます。人の活気や賑わいも段違いで、周りの人が慌ただしく走り回っていて、すごく賑やかです。初めての王都に、私はとても浮かれていたのです。奴隷という立場をよく分かっておらず、ただただ世界の大きさに圧倒されていたのでした。


それからしばらくして、サテュロス様達が泊まる宿に着きました。


「狼人族の長アルバロとティリアの娘、テュカと申します。どうぞ、皆さまよろしくお願いします」


私がご挨拶をしますと、皆様が自己紹介して下さり、リーダーでアタッカーのベルン様、タンク兼ヘイト役のブラウ様、魔術師で紅一点のサテュロス様、ヒーラー兼バッファーのニード様という事でした。パーティー名はオルトロスの爪だそうです。何だかカッコいい名前ですよね。私の役目は索敵だそうです。私も得意とする所ですので、バッチ来いです。狼人の鼻の良さをアピールできたらいいなと思います。ただベルン様曰く、もうちっとボンキュボンな奴は居なかったのか?と。私の何がいけなかったのでしょうか?至らなさで一杯になります。


「ベルンには私が居るでしょ、浮気なんて許さないわよ、たとえ奴隷だとしてもね!」


「チッ、お堅い女だぜ」


私にはよく分からないお話でした。ベルン様のお役に立てるように頑張りたいなと思いました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る