えっ、俺が魔王なの?
ローズバレット
第1話 序 獣狩師
夜の森の中を疾走する黒づくめの集団。怪しさ満点である。普通の人なら絶対にお近付きにはなりたくないその集団は、そこかしこに生えている木々を器用に交わしながら、走る速度を落とさずに進んでいく。どうやらかなり訓練された集団のようだ。
「ふむ、まもなく狼人共が暮らす村だ。奴らは気配感知を持っている者が多いと聞く。ぬかるなよ!」
『了解』
「よし、散れ!!」
リーダーらしき男が指示を出すと集団は班ごとに散開して一気に村を目指す。時間帯は草木も眠る丑三つ時。見張りなどは特に見当たらない。
このような田舎の寒村は、牧歌的な村が多く、また聖霊樹が周囲に生えている為、魔物に襲われるという事はほとんどないと言われている。特に獣人といわれる魔物と獣族の末裔、混血種達は、このような大自然の中に村や集落を作りひっそりと暮らしている者達がほとんどである。
それもそのはずで、人族は、獣人族を人として認めていない。雑種や混ざり「物」と蔑み、対等な扱いをされる事なく、奴隷として酷使する「物」扱いである。それというのも、人族至上主義同盟や亜人種差別主義連邦議会、異種族嫌悪主義国家などが、そういった価値観を昔から植え付けてきた為だ。これは、宗教的な価値観が根底にあった。人は神と天使の神子(みこ)とされ、獣人達は魔物と獣族の混血と定義されている為、忌避され、排斥されているのである。ある程度の意思疎通は出来るが、訛りのあるカタコトの喋り方は獣人族の種族的価値をより一層貶める結果となった。そのような宗教的な価値観により、古来より獣人族は人族から迫害されてきた。人としての人権を持つ事は許されず、奴隷や家畜と同じ扱いをされてきたのだ。しかしながら一部の好事家達は、獣人族の娘を攫い、自らの欲望の捌け口としているのである。使える穴なら何でも良いという猛者達は昔から一定数存在した。また人族の奴隷というのは少なく、犯罪を犯した者や借金を返せなかった者が一時的に奴隷の身分に落とされるだけである。その為、人族の女性に乱暴を働くと犯罪者扱いになり、周囲から反感買う事に繋がる。そこで獣人族の娘が使われるようになったのだ。先にも述べたように奴隷は基本的に「物」扱いされる。少々激しく犯して壊してしまっても、何ら罪にも問題にもならない。何故なら奴隷は替えがきく「物」であるからだ。たとえつぶしてしまおうとも新しい奴隷を買えば済むのである。
そして、ちょうど今黒づくめの集団もまた、その好事家達により依頼された狩りを行なっている最中であった。気配を消して家屋に忍び寄り、年頃の獣人族の娘を何人か攫うのが、今回の狩りと呼ばれる仕事なのだ。今回のノルマは五体。これはなかなかに厳しいノルマである。
基本的に単純な強さだけで測ると人族よりも獣人族の方が強い。なので、戦闘を避けて、こっそり忍び込んで攫うというのが狩りの主流になっている。熟練の狩人は、獣狩師と呼ばれ、獣人達からは恐れられている。悪い子は、夜中に獣狩師が来て、連れ去られるぞと教えられる程である。まぁ、悪くなくても連れ去られてしまう訳だが。たとえ獣人族の娘であり、一般的に忌避される存在であったとしても、見目麗しい娘は好事家達に高値で売れる。一定の需要はあるのだ。だからこそ狩りは昔から行われ、その数だけ獣人達は泣いてきた。泣き寝入りするしかなかったとも言える。たとえ村総出で打って出たとしても、獣人一揆として、軍に鎮圧され、更なる被害者が出るだけなのだ。これまでの歴史がそれを証明してしまっている。
「こちらベータ、獲物確保、撤退する」
「レッドワン、獲物確保、こちらも撤退する」
「ベータ、レッドワン、確保了解、撤退を許可する。アルファはどうか?」
「こちらアルファ、大物が覚醒した、火を放つ!!」
「何っ!?覚醒しただと、アルファ、早く撤退しろっ、総員、アルファが獣人の覚醒を許した。作戦は失敗、即時の撤退を許可する!!」
覚醒、それは獣人族が持つ固有スキルである。先祖返りとも言われる覚醒だが、一度発動するとステータスが跳ね上がり、敵を殲滅するまで止まらないと言われ、人族からは恐れられている。
「シグマ、了解」
「ヘクター、了解」
「ブラストツー、了解」
「エイドラム、了解っす〜」
そこかしこから火の手が上がり始めた。作戦失敗の報を受け、各班が村に火を放って撤退を開始した為だ。火を放つ事で村を撹乱し、より撤退をスムーズにするのである。
「合流地点まで各員の無事を祈る」
そして、リーダーも撤退を開始した。
「アルファの奴め、相変わらずの役立たずぶりだな。毎回毎回トラブルを起こしやがって。帰ったら指導部屋だ!!」
アルファへの通信に返答はなかった。
村の方から覚醒した獣人だろうか、咆哮が聞こえた気がした。風に乗って村が燃える臭いに混じり、微かに血の臭いがする。
作戦は失敗した。今回確保出来た獲物は二体。とても良い結果だとは言えない。獣狩師としては、完全に任務失敗であり、叱責や降格も免れないであろう。この先を思うと憂鬱になるリーダーであった。
一刻半程合流地点で待っていると続々と集結してくるメンバー達。ベータ班とレッドワン班は狼人の娘を担いでやってきた。両手足は縄で縛ってあるので、逃げられる恐れはないだろう。その後、シグマ、ヘクター、ブラストツー、エイドラム班も程なく合流。やはりアルファ班の奴らだけは戻ってこなかった。
「はぁ、やはり戻って来ないか、仕方ないな。アルファ班は全滅のようだ。撤退するぞ」
「あ、リーダー、ちょい待ち」
そう言いながらエイドラムが森の方に顔を向ける。確かにそちらの方から気配を感じる。アルファ班の生き残りが戻ってきたようだ。
はたして森の中から姿を現したのは、巨大な狼であった。
ドチャッと言う音がして、何かが地面に落ちた。赤い黒い液体が辺りに飛び散った。この臭いを俺たちはよく知っている。獣狩師達に緊張が走る。身体がこわばった。地面に落ちた遺体には頭が無かった。目の前の巨大な狼に喰いちぎられたのだ。一目で分かるその有様に、皆が戦慄した。リーダーの頬を汗が伝う。ゴクリと誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。奴らの鼻の良さを失念していた。狼人種は犬人種と近く、鼻がきく。その嗅覚は、人の千倍とも言われるぐらいだ。もっと警戒すべきだった。村に火を放ってきたので、いつの間にか油断してしまっていた。火を消すのに躍起になるだろうと。だが、覚醒した獣人は、敵を殲滅するまで止まらないと言われている。ならば、自分達の運命は、もう決まってしまったようなものだ。
「各人、散開して逃げろ!一人でも多く!!」
リーダーの指示の後、それぞれが違う方向へと散っていった。目の前の巨狼も誰かを追い掛けるだろうと思っていたが、狙われているのはどうやら自分のようだ。リーダーは覚悟を決めた。いつかはヘマをして死ぬだろうという思いはあった。心残りは家族の事だろうか。巨狼に喰いつかれる瞬間、よぎったのは娘の笑顔だった。
すまんな、ミーア、帰れそうにない。
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