第5話 春祭

 家庭訪問の一件以来、表面上は俺の学校生活は平穏へいおんに過ごしてきた。

 静香が俺を誘う

   「次の休み、たまるの町お祭りでしょ、二人で見に行こ。」

俺は何も予定していなかったので

   「うん、わかった。」

と返事をしてしまった

   「じゃ、たまるの家に向かいに行くね。」

どうも、母に顔を売るつもりらしい、すると冷ややかな視線を後ろから感じる。

 振り返るとあらた微笑ほほえんでいるが目が笑っていない

   「祭て何?初耳なんだけど。」

俺の住む地域では4月中旬からゴールデンウイークにかけてそれぞれの町が持つ山車だしを町内で引いて回る祭があり、神社の参道さんどうに出店が並ぶところも少なくない。

 俺は新に

   「話してなかったかなー」

ごまかすと静香が釘をさす。

   「私とたまるで行く約束したから。」

新がフリーだと知れたとたん、クラスの男子たちが

   「間瀬さん、僕と祭行きませんか。」

   「新さん、俺と行きましょう。」

   「いや、俺と」

わらわらと新を誘い始めた。

 しかし、新はその全てを無視し克樹かつきのところへ行く

   「克樹、次の休みお祭行くわよ。」

拒否権きょひけんは無いようである。

 帰宅して母に祭のことを話すと

   「何でお前から新ちゃん誘わないんだ、新ちゃんまだ町のこと詳しくないんだ

    よ、そんな子放っておく気かい。」

俺は叱られたが、彼女とデートと言うことで軍資金をくれた。

 そして、急遽きゅうきょ呉服ごふく屋へ浴衣ゆかたを買いに行く、新は、どの柄の浴衣でもきれいに着こなしていたが、特に紺地に椿つばきの模様の浴衣が大人びていいと言うと新はあっさりその浴衣に決めてしまう。


 祭当日、新は、母に浴衣を着つけてもらう、紺色の浴衣は新を大人びさせ色気も感じさせる。

 俺はいいな、浴衣万歳と思っていると母は俺の心を読んだのか

   「新ちゃんとデートできなくて残念だったね。」

と言う、俺は確かにと同意する、いや俺には静香がいる我慢我慢

そして、新に

   「浴衣、いいよ」

と言う。

 そうこうしているうちに静香が家にやって来る。

 浴衣だった、気合を入れてきたらしい、白地に朝顔の模様が静香の可愛らしさを引き立てる。

俺はかわいいよ浴衣万歳と思いながら、静香に

   「浴衣似あっているよ、かわいいね。」

めると母も

   「静香さん、可愛かわいらしい、浴衣姿奇麗きれいだね。」

めると静香は母に礼を言う。

 俺と静香は一足先に祭へと向かう。

 新の浴衣姿を見た時の克樹の反応を見られないのは残念だ。

 俺たちは山車を見る山車の引手は法被はっぴ姿で汗だくになっている。

 いずれ俺も山車を引くのかと思うと気が重い、どう見ても俺向きではないが拒否権は無いだろう。

 次に瀧脇神社たきわきじんじゃへ行くことにする。

 瀧脇神社は町内で一番大きな神社で、山車を保管するくらもここにある。

 参道には出店が並び人手も多い、とはいっても町の祭である人出は限られ、はぐれたらもう会えなくなるという恐れもない。

 静香は

   「はぐれるといけないから手をつなご。」

と言う、俺に断る理由はない

   「そうだね。」

と静香と手をつなぐ、静香の手はやわらかくて小さかった。

 浴衣姿の女性もちらほらいるが、俺の静香が一番似合っていると思う、そう思い込んでいる。

 しばらく、歩くと人だかりができている、やけに男が多い、金魚すくいだ。

 俺たちも人だかりに混じる、男たちの視線の先には新がいる

既に10匹ほどすくっているが直ぐぽい(金魚をすくう道具)は破れてしまう。

 新は俺に気が付くと満面の笑顔で

   「たまる」

と声をかける、周りの男たちの視線が俺に刺さる、さらに静香、手が痛い、もう少し握る力を緩めてほしい。

 当然、克樹も一緒にいる。

 4人で出店を回ることになる。

 射的しゃてきの所で克樹が提案する

   「このまま4人で回っていてもデートにならないから、たまるとどちらが一緒に回るか決めない?」

当然、静香は

   「今日、たまると一緒なのは私のはずよ。」

俺は

   「今日は十分回ったはずだよ。」

となだめる、なぜか克樹が俺を見る、そして克樹は

   「真ん中の猫を先に落とした方が勝ちでいいよね。」

猫?俺にはタヌキに見えるが、どうでもいいことだ。

 静香はさらに

   「お金足りるかな?」

と心配する、新が

   「たまるが、軍資金もらっている。」

俺は何てこと言うんだーと心の中で叫ぶ

   「じゃ、ゲーム代はたまるが払うということで」

克樹が勝手かってに決める。

 射的は一回500円で5発球があるから1発100円である高い。

 いつしか周りに人だかりができている、男性が圧倒的に多い、なかなか決着はつかない、タヌキに似た猫は少しずつ動いているのだが倒れる気配はない。

 そしてついに静香がタヌキいや猫を倒す、静香はガッツポーズをするが射的のおじさんに落ちないとだめだよと言われてしまう。

 俺の軍資金が半分を切ったころ、新が猫を落としゲットする。

 静香は悔しがるが仕方がない。

 俺と新、克樹と静香のペアになって別行動することになった。

 俺は新と手をつないで歩く、新の手はやわらかかった、それに甘酸っぱい香りがする、俺は少し照れながら歩く。

 克樹と静香は神社にお参りしてから少し人気のない場所に移る、静香は克樹に言う

   「あなたも振り回されて大変ね。」

   「若宮さん、君はどうなの?」

   「相馬君、どういう意味?」

   「たまるのことさ、さっきの射的でも彼が強引に若宮さんを選んでいれば最後

    までたまるとデートできたはずだよ。」

   「でも、射的の勝負は相馬君が言い出したんだよ。」

   「そうだよ、たまるを試したんだ、たまる自身は新と若宮さんに振り回されて

    いると思っているかもしてないけど、若宮さんが振り回されているんじゃな

    い?」

   「相馬君、なんでそんなこと言うのよ、私はたまるが好きでいるのよ。」

   「ごめん、言い過ぎた。」

俺は、二人の間でこんなやり取りがあったなんて知るよしもなかった。

 俺と新が家に帰ると、俺の残った軍資金は母に召し上げられた、全部使っておくべきだった、射的のタヌキに似た猫は新の宝物になった。


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