04

「リーリエ様。お茶の用意が整いました」


「ありがとう」

侍女の言葉に、リリーは読んでいた本を閉じ、立ち上がった。


部屋を出ていくのに合わせ、壁際に並んだ侍女達が頭を下げる。

廊下に出ると護衛騎士が二名、すっとリリーの背後に立った。


———この扱いはどうしても慣れないわ。

リリーは心の中で苦笑した。


シュヴァルツ帝国の皇太子宮殿で暮らすようになって1ヶ月。


帝国流にリーリエと名乗っているリリーの素性は明かしてはいなかったが、フランツの命により常に誰かしらが側にいるよう、警備体制が敷かれていた。




青の間と名付けられた部屋に入ると、既にフランツが座っていた。


「魔王討伐隊は魔王城へ到着した頃だ」

リリーを隣へ座らせてフランツは言った。

「…はい」

「誰も欠けてはいないし、体力気力も良好との事だ」


「———良かった…」

ルカや大切な友人達の顔を思い浮かべてリリーは息をついた。



フレデリックを筆頭に魔王討伐の為の隊が組織され、出発したのが一週間前の事だった。


ローズランド王国の辺境に領地を有するバーナード伯爵家の弟が行方不明になっていた。

兄である伯爵とは折り合いが悪く、怪しげな黒魔術に没頭していたという。

———おそらくその男が魔王を復活させたのであろう、というのが神殿の見解だった。



———魔王との戦いが始まる。

けれど自分は…


「フランツ様…」

リリーはフランツを見上げた。

「どうしたら…私の力を使えるのかしら」


自分の力が狙われていると分かっているのに、何も出来ないのがもどかしかった。

せめて自身でコントロールできるようになりたかった。


フランツのように魔術に長けた者ならば、『紫の姫』の力を取り込む事は可能だという。

だが姫自らが力を分け与える方法は誰も知らず、どこにも記されていなかった。

それらしきやり方を幾つか試してみたが、上手くいった事はなかった。


「おそらく呪文が必要だとは思うが…」

フランツは思案するように視線を宙に外らせた。

「魔術を使う方法は人それぞれだ。呪文を使うにしても、その唱え方も語句も術者によって異なる。扱う言語も…」

ふと思い付いたようにフランツは言葉を止めると、リリーを見た。


「〝日本語〟で試してみるか」

「え?」

「あのゲームの中で似たものがあっただろう」

「あ、ええ———と…」


リリーは記憶を辿った。

あれは確か魔王城の地下迷路のシーンで…



『我がマナよ———』


呟くと共に、リリーは掌が温かくなるのを感じた。


「あ…」

慌てて掌を広げて見ると、小さな紫色の光の玉が現れた。

「これ…私の…?」

それはじわりと温かく、柔らかな光だった。


「…リリー、続けて」

小さく頷くとリリーは再び掌に視線を落とした。


『…マナよ』

光に意識を寄せると、玉が大きくなる。


『我が力、汝に授けん———』


ふわり、と浮き上がると玉はフランツの胸へと吸い込まれ、その胸の辺りが紫色に光った。


「フランツ様!」

「———ああ、温かな力だ」

手で胸を押さえ、体内の変化を感じるように目を閉じたフランツは、やがて目を開くとリリーを見た。

「私の力が増えるのを感じる」


「出来た…の?」

ほうっと息を吐いてリリーは自分の手を見た。

「魔術師が唱える呪文は古語や好きな言語を使っているが、リリーには日本語が相性が良かったのだろう」


「良かった…」

自身の手を胸に押し当ててリリーは微笑んだ。

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