03
神殿の高い天井まで届く豪華なステンドグラスから入り込む光は、柔らかく内部を照らしていた。
祭壇の正面にはフレデリックとマリアが立ち、その脇には白いローブを纏った神官達が立ち並んでいる。
———ゲームで見たのと同じ光景だ。
…せめてここにフランツ様がいればいいのに…
リリーは不安で胸が苦しくなるのを感じていた。
マリアの聖女覚醒イベントが起きてしまった事を伝えると、フランツは魔王について調べると帝国に戻ってしまった。
ゲームでは魔王になるのはフランツだったが———他の者が依代となっている可能性があるのだという。
「リリー?」
隣に立つルカが、青ざめた顔のリリーに気づいて声をかけた。
「どうしたの?」
「……こわいの」
「怖い?」
胸に宿った不安がどんどん大きくなり……寒気のように身体を覆うようだった。
「———大丈夫だよ」
背中に添えられたルカの掌の温もりさえ感じられないほどだった。
「これは王家に伝わる聖なる剣です」
神官長は一振りの剣を差し出した。
「フレデリック殿下。鞘から抜いて頂けますか」
手渡され、フレデリックは柄と鞘を持ち引き抜こうとしたが、接着されているかのようにピクリとも動かなかった。
「…無理だな」
「ではマリア嬢」
神官長は剣を受け取ると、今度はマリアに差し出す。
「この剣を持って下さい」
「……はい」
戸惑いながらマリアが剣を受け取る。
マリアの手が触れた部分からふわっと広がるように白い光があふれると剣を包み込んだ。
「…殿下。もう一度」
今度はするり、と剣が抜けた。
現れた刀身は淡い光を纏い、美しく輝いている。
「———この剣は聖女の力を得て初めて扱えるもの」
ゆっくりと、神官長は一同を見渡した。
「間違いない。マリア嬢は『ローズランドの聖女』です」
どよめきの声が神殿内に響いた。
「聖女が現れるのは数百年ぶり…ですが残念ながら、それは喜ばしい事ではなく。同時に魔王の復活を意味します」
先とは違ったどよめきが響く。
「殿下。もう一度剣を抜いてこの水晶にかざして頂けますか」
神官長は祭壇の台座に置かれた大きな水晶玉を示した。
「既に魔王が復活しているならは、その姿が映るはずです」
「…分かった」
フレデリックは剣を抜くと、水晶の上へとかざした。
刀身の光が水晶へと吸い込まれていく。
水晶は白く光ると———やがてその中に黒い影が見えた。
影は徐々に形を作りだした。
人の形に似た———けれど頭には大きな角が二本、そして目の位置に二つの赤い光が宿る。
「これが…魔王?」
ゆらり、と影が大きく揺れた。
渦を描くように揺れ———
影は水晶玉から飛び出した。
「何だ!」
突然強い冷気が神殿内に流れ込む。
水晶玉から飛び出した影は冷気に乗り高く舞い上がると急降下し、リリーの目の前に舞い降りた。
『見ツケタゾ———〝紫の姫〟』
赤い瞳はリリーを見据え———にやり、と笑ったような気がした。
「!」
ルカはリリーの身体を引き寄せた。
『オ前ノチカラサエアレバ聖女ナド———』
黒い影がリリーを飲み込むかのように広がった。
「リリー!」
フレデリックが影に向かって聖剣を振った。
まるで霧が晴れるように、黒い影は搔き消えていった。
「今のは…」
「紫の姫…?」
「…魔力を増強させる力…そういう事か!」
ルカは拳を握り締めた。
「ルカ?」
フレデリックはルカに詰め寄った。
「一体今のは…何か知っているのか?」
「…あ……」
リリーは震え出した身体を自身の腕で抱きしめた。
「わたし———」
「大丈夫だ」
ふいに目の前に現れた大きな手に、リリーは顔を上げた。
「…フランツさま……」
手を伸ばしてきたリリーを抱き寄せると、その身体はフランツの腕の中へと力なく崩れ落ちた。
「誰だ!いつの間に!」
「君は———」
「———北方の、闇の森近くの古い祠が荒らされているのを発見した」
リリーを抱き上げると、フランツは一同を見渡した。
「その祠は魔王城へと続くという。…おそらく何者かが魔王の封印を解いたのであろう」
フランツは最後にフレデリックに視線を向けた。
「リリーはこちらで保護する」
「何?」
「魔王は〝紫の姫〟の力を狙っている。君達には任せられない」
「紫の姫…とはリリーの事なのか?それは一体———」
「我が帝国の至宝だ。…再び失うわけにはいかない」
腕の中の意識を失ったリリーに視線を落として、フランツは答えた。
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