06
「リリー。私と踊ってくれる?」
壁の花となっているマリアを見つけて側に行こうとしていたリリーは、背後から声を掛けられ、振り返った。
「フレッド…」
「お願いできる?」
爽やかな笑みを浮かべて、フレデリックは手を差し出した。
「…ええ」
やや躊躇いながら、リリーはその手を取った。
…もしも自分が前世の記憶を思い出さなかったら、フレデリックの事を好きになって、彼の婚約者になっていただろうか。
フレデリックのリードに身を任せながら、リリーはそんな事を考えた。
見た目も美しく、優しいフレデリック。
———ただリリーとして生きていたならば、おそらく好きになっていたのだろう。
けれどその後でフランツと出会ったら…どうなっただろう。
曲が終わり、身体を離しかけたリリーの腕をフレデリックが掴んだ。
「フレッド…?」
「もう少し付き合って」
リリーの返事を待たずにフレデリックは歩き出した。
早足でバルコニーへ出ると、ようやくフレデリックは立ち止まった。
リリーの腕を掴んだまま、向き直る。
「いつも可愛いけど、今日のリリーは凄く綺麗だね」
「え?あ、ありがとう…」
面と向かって褒められて、顔が赤くなるのを感じ、思わずフレデリックから視線を逸らせた瞬間、リリーは強く抱きしめられた。
「リリーが好きだ」
耳元でフレデリックの声が響く。
「初めて会った時から…好きだった。———私の、妃になって欲しい」
それは初めて聞く、切なげで苦しそうなフレデリックの声だった。
「フレ…デリック…殿下」
身体を強張らせて、リリーは口を開いた。
「ごめんなさい。私は……」
「あの人がいいの?」
「…はい」
間髪入れず答えたフレデリックに、小さく頷く。
「———そう」
フレデリックはリリーの背中に回した手に力を込めた。
「最後に思い出をくれる?」
「え?」
腕の中に閉じ込めたリリーの頬を掌で包み込み顔を上げさせると、フレデリックは自身の顔を近づけた。
「っや…」
「そこまで」
ふいにリリーに触れていた手を掴まれ、引っ張られるとフレデリックは手の主を振り返った。
「ルカ」
「告白までは許すけど」
ルカはフレデリックを見据えた。
「そういう事をしたら、殿下であろうと殺すよ?」
「…辛辣だな」
ルカの瞳に浮かぶ色に、彼の本気を察してフレデリックはふっと息を吐いた。
「———悪かった」
「ほら、戻るぞ」
「…ごめんね、リリー」
ルカに引っ張られ、連れ去られながらフレデリックは一度振り返り、そう言葉にした。
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