07

「あ…」


「追わなくていい」

思わず二人へと伸ばしかけた手を掴まれると、リリーは背後から抱きしめられた。


「フランツ様…」

「意外に油断ならない男だな」

フランツはため息をついた。


「しかし…君の弟も、ヴィオレットの血を濃く継いでいるのだな」

「え?」

「ヴィオレット家は、皇家の中でも独特の存在だったそうだ。皇帝よりも一族の中で生まれる『姫』を絶対の存在とし、彼女を護る事を何よりも優先するという。———まさにルカがそうだな。相手が誰であろうと容赦しない」


「…そうだったのね」

ルカの過剰なほどの過保護の理由を知って、リリーは頷いた。



「そういう〝樹お兄ちゃん〟は心が広くなったわ」

フランツを見上げてリリーは笑みを浮かべた。

「昔は少しでも男の人が近づくのを許さなかったのに」


「———小百合が他の男のものになってしまうのではないかと、焦りがあったんだ」

「…今は?」

「今は、私のものだ」

そう言うと、フランツはリリーのこめかみに唇を落とした。





「振られてきたんだ」


ルカに引きずられて戻ってきたフレデリックの顔を見て、ロイドは言った。


「諦められそう?」

「諦めてもらわないと困る」

「ルカ…少しはフレッドを労ってやろうという気はないのか」

「ないね」

「いいんだロイド…私が悪かったんだから」

フレデリックの言葉にロイドは眉を寄せた。


「何やらかしたんだ?」

「リリーにキスしようとした」

「ああ…」

———その強気をもっと早く出していればリリーが手に入ったのかもしれないのにな。

ロイドは思った。

フレデリックは優しすぎるのだ。


「…無理にしようとしたのは悪かったが、後悔はしていない」

さっきまでいたバルコニーの方向を見つめて、フレデリックは言った。


「フレッド」

「———まだ、諦められそうにはない」



「…まあ、嫌われないようにな」

ロイドはフレデリックの背中を軽く叩いた。






「さっきね、フレッドと踊りながら考えていたの」


背中にフランツの温もりを感じながらリリーは言った。

「もしも私が〝小百合〟の事を思い出さなかったら、ゲーム通りフレッドの事を好きになっていたのかしらって」


「例え君が覚えていなくとも、私は君を連れて帰るつもりだった」

フランツはリリーの身体を自分へと向けると、その顔を覗き込んだ。


「君が彼と婚約していたとしても。どんな手を使ってでも私はリリーを手に入れる」

前世から変わらない、強い光を帯びた瞳がリリーを見つめた。


「フランツ様…」

「そのために私は生きてきたのだから」




「———私が前世を思い出したのは、フレッドに会う少し前だったの」

リリーはフランツの胸に顔を埋めた。

「あの時思い出して良かったわ。…フランツ様だけを好きになれたから」


「———そうか」

フランツはリリーをそっと抱きしめた。


「彼に会うより前に君が思い出したというのは、私達の宿縁の方が強かったという事だな」

「…ええ。そうね」


こうして再び出会い———

前世で叶わなかった、二人の未来を作るために。



「樹お兄ちゃんがフランツ様で———私に会いに来てくれて、本当に良かった」

「ああ。小百合が同じ世界に生まれてくれて良かった」


フランツは自分を見上げて微笑んだリリーを、今度は強く抱きしめた。

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