03
「七十年近く前———当時のエバンズ家当主がシュヴァルツ帝国から亡命してきた一人の女性を保護した」
書斎へと移動したルイスは三人を座らせ、一旦奥の書庫へ入ると小さな箱を手に戻ってきた。
「彼女は身分を隠したまま当主に嫁ぎ、子を産んだ。お前たちの曾祖母にあたる人で…元の名をアレクシア・ヴィオレット・シュヴァルツ。帝国の皇女だった」
リリーとルカは顔を見合わせた。
「シュヴァルツ皇家はいくつかの血統に分かれている」
フランツが言葉を継いだ。
「ヴィオレット家はその内の一つだが、当時の政権争いで滅ぼされた。———まさか、生きていたとは」
「証になるものはこれしかありませんが」
ルイスは手にしていた箱を開いた。
中には大粒の紫色の石がはめ込まれた、細かな細工のネックレスが入っていた。
「アレクシアが唯一持ち出したものです」
「…アメジストはヴィオレット家の守護石だ。この紋章もシュヴァルツのものだな」
ネックレスを見つめながらフランツは答えた。
「だが証がなくとも、ルカが私の結界を読めたのもシュヴァルツ皇家の血を引いていれば納得できるし、何よりも…」
視線をリリーへと移し、その手を取る。
「リリーの魔力の心地好さは———君が『紫の姫』だからだったのだな」
「紫の姫…?」
耳慣れない言葉に、リリーは首を傾けた。
「紫の姫は『ローズランドの聖女』と同様、神に祝福された特別な力を持つ」
「特別な力?」
「力といっても、聖女のように魔物を浄化するといった事ができる訳ではない。だが、その力を分け与えられた者の魔力を増強させ、強力な加護を与える事が出来る。過去、幾度もその力を手に入れようと争いが起きてきた。———紫の姫の力があれば皇帝になる事は容易いからな」
「…私にそんな力が…?」
リリーは緩く首を振った。
「信じられないわ…」
「『紫の姫』の力を宿す事が出来るのはヴィオレット家の女子のみ。最後の紫の姫と言われたアレクシアの後裔であるリリーの中にも、その力が受け継がれているんだ」
「ヴィオレットはその血を他国のエバンズ家の中に隠すことで紫の姫を護ろうとしました。…いつかシュヴァルツに返す時が来るまではと」
ルイスが言った。
「今の帝国は内政も安定していると聞きます。…良い頃合いなのでしょう」
「父上」
それまで黙って聞いていたルカが口を開いた。
「ローズランド王家から、リリーをフレデリック殿下の妃に、と何度か打診があったそうですね」
「えっ?」
「それを断り続けたのは、リリーがその『紫の姫』だからですか」
「———そうだ。ヴィオレットの血をローズランドに入れる訳にはいかない」
ルイスはルカを見た。
「ルカ。お前もヴィオレットの血を受け継ぐ者だ。…この先不自由をかけるな」
「僕は構わないです」
「あの、私がフレッドのって…」
父親とルカを交互に見て、リリーは口を開いた。
「フレッドはリリーの事が好きだからね」
「ええっ?」
「気が付かなかった?」
目を見開いて固まるリリーにルカは小さく笑みを漏らすと、フランツと繋がれたままの手に視線を落とした。
「———まあ、リリーはフレッドなんか眼中にないみたいだけど」
「リリーは私の宝だ。ローズランドには渡さない」
そう言うと、フランツはリリーを握る手に力を込めた。
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