08
「マリアさん」
次の日。
リリーは授業が終わり帰り仕度をしているマリアに声を掛けた。
「っはい!」
「あなたにお聞きしたい事があるのだけれど…」
「はい…」
周囲に声が聞こえないようにマリアへ顔を近づける。
「『ローズガーデン』という乙女ゲームをご存知かしら」
「———!」
その瞬間、警戒した色を浮かべていたマリアの瞳が大きく見開かれた。
「リリー様も日本人だったんですか!?」
部屋に入るなりマリアは声を上げた。
秘密の話をするのに人気のない場所が見つからず、学生寮のマリアの部屋に誘われたのだ。
希望する生徒は寮で生活する事もできる。
調度品は少ないけれど女性らしい淡い色彩でコーディネートされた部屋は、ゲームのスチルで見覚えのあるものだった。
「ええ、そうよ」
リリーは笑って答えた。
「前世の名前は牧村小百合…大学生だったの」
「私は葛城桜です。小百合さんはどこの大学だったんですか?」
大学の名前を告げると、マリアはわあ、と声を上げた。
「私、その大学の付属病院にずっと入院してたんです」
「え…」
「———小さい時から病気で、ほとんど学校に行かれなくて。中学も無理やり卒業した事にして…高校に通うのが夢だったんですけれど」
叶いませんでした、とマリアは寂しそうに笑った。
「私…入学する前日に、この寮に入った時に思い出したんです。前世の記憶と、ここがゲームの世界とそっくりだって事を」
退屈な病院での生活。
一日中ベッドの上で過ごさなければならない桜の数少ない楽しみがゲームだった。
あらゆるジャンルのものを遊んでいたが、特に好きだったのが乙女ゲームだった。
理想的な男子達と恋に落ちる———それは現実を忘れられる、束の間の夢の時間だった。
「思い出した瞬間はテンションが上がったんですけど…すぐに冷静になって。とにかくイベントを回避しなきゃと思って…でもそれ以前に何か色々違うみたいで…」
「イベントを回避?…どうして?」
リリーは首を傾げた。
「だって無理ですよ!平民の私が王子様と恋愛とか!ゲームの中ならまだしも現実ではありえないです!」
さすがに十五年近くマリアとして生きていた身だ。この世界での習慣や常識が身体に染み付いている。
貴族と平民の間にある壁がどれほど高いものなのか、マリアはよく分かっていた。
「私はこの学園でいい成績を取って、いい就職先を手に入れるんです。恋愛は興味ありません!」
ローズ学園に入学できる平民は、何らかの能力に長けている者に限られる。
そして卒業生は、平民ではまず入れる事のない、王宮や貴族の屋敷での仕事を紹介される事が多く、成績次第では一代限りの男爵位も得られるのだ。
平民にとって一番の出世コースの最初の一歩が、この学園に入学する事だった。
「まあ…そうなのね。残念だわ」
「残念?」
「目の前でイベントが起きるかもってちょっと楽しみにしていたの」
顎に指を当てて、少し意地悪そうにリリーは口端を上げた。
「……そういうリリー様だって、ゲームの設定とは全然違いますよね。フレデリック殿下と婚約していないですし、弟のルカ様とも仲が良さそうですし…」
「そうね…私は十歳の時に記憶を思い出したからかしら」
「それに昨日の人!隠れキャラのフランツ様ですよね!?」
マリアの瞳が光った。
「どういう関係なんですか?そもそもどうして隠れキャラがもういるんですか?」
「え、ええと…実はフランツ様は———」
マリアの勢いに押され、しどろもどろになりながらリリーはフランツとの関係を簡単に説明した。
「まあ…前世で結ばれなかった二人が再び出会うなんて…ロマンですね…」
「…やっぱり恋愛に興味あるんじゃない」
頬に手を当て、うっとりとした表情を浮かべるマリアに苦笑する。
「マリアもせっかくなんだしリアルで攻略してみない?攻略対象は三人ともオススメよ。良かったらお手伝いするわ」
「いえっ本当に無理ですから!」
大きく首を振ってマリアは激しく否定した。
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