07

「…ここは…?」


目を開くとリリーは見知らぬ部屋の中にいた。


「留学用に借りている部屋だ」

「…どうやって…」

「転移魔法だ」

「転移?…昨日突然現れたのも?」

「ああ」


「…あれは呪文を唱えたり魔法陣を描いて使うものだって…」

「そんな面倒なもの必要ない」


転移魔法は、魔術の中でも特に難しく、使うには詠唱などの手順を踏まないとならないと聞いた事があった。

ゲームの時もそうだったけれど、フランツはかなり魔力が高いのだろう。

———そういえば、前世の樹も全てのスペックが高い勝ち組エリートだった。




「……樹お兄ちゃんは魔法が使えるのね」

ややむくれたようにリリーは頬を膨らませた。

「せっかく魔法のある世界に生まれたのに、私は使えないなんて不公平だわ」


「リリーは魔法を使えないのか?」

手を取ってリリーをソファに座らせると、その手を握ったままフランツはその隣へ腰を下ろした。

「君からかなり高い魔力を感じるのだが」


「え…本当に?」

「———リリーの魔力は心地好い」

愛おしそうに、両の手でリリーの手を包み込む。


「魔法にも色々ある。きっとリリーに合う魔法があるから悲嘆しなくてもいい」

「……はい…」

手を握られたままの恥ずかしさに俯いたリリーに笑みをもらすと、フランツはその手に力を込めた。



「この国には長くても一年しかいられない」

思わずリリーは顔を上げた。


「帰る時には君を連れて帰りたい」

深い色をした———優しくて強い瞳がリリーを見つめる。


「リリーを迎えるための準備はもう出来ている」

「準備…?」

「シュヴァルツ帝国は、百年近く皇位継承やら内政の争いが続いていた。裏切りだの陰謀が蔓延る伏魔殿に君を連れてこられるはずがない。時間は掛かったが、やっと終わった。不穏な種は全て消した。今の帝国は安定している。———君と共に生きるために、全て片付けた」


「———」

あまりにも強烈な告白と想いにリリーの顔が朱く染まった。


百年の戦争を、十数年しか生きていないフランツが終わらせた———それにはどれほどの智能と権力が必要なのだろう。

しかもそれを、ただ一人の為だと言い切ってしまうほどに———それほどまでに自分を想ってくれているのか。


「ありがとう…フランツ様…は———」


胸の中まで熱くなるのを感じながらも、昨日から抱いていた疑問を口にする。


「どうして私が小百合だと…分かったの?」





「———私が〝樹〟の記憶を思い出したのは五歳の時だ」


その頃、皇帝の実弟による謀反の動きがあり、皇太子である幼いフランツが狙われた。


馬車での移動中、盗賊を装った暗殺部隊に襲われ———幼い身体には余るほどの魔力を暴発させたショックで前世の記憶が蘇った。



記憶を取り戻し、すぐに頭によぎったのは大切な妹であり、最愛の女性の事だった。


自分がこうして生まれ変わったのなら、彼女も何処かで生きているのかもしれない。


そう思ったが調べる術もなく、ただ想いを募らせるだけだった中、見ていた地図に並んだ「シュヴァルツ」と「ローズランド」という二つの国名に既視感を覚え、ふいにそれが昔、小百合に頼まれて手伝ったゲームに出てくるものだと気がついた。


急激に蘇るゲームの内容———そして登場人物に「リリー」という少女がいた事を思い出した。


リリーと小百合。同じ花の名前を持つ二人の———



彼女だ。

———迷う事なくそう確信した。





「名前が一緒なだけで…私だと分かったの?」

リリーは小首を傾げた。


「現に合っていただろう」

さも当然だという顔でフランツは返す。

———そういえば樹はいつでも自信家で、迷う事も間違う事もなかったと思い出していると、リリーはフランツに抱き寄せられた。


「十年かかった。いやその前からずっと———こうして抱きしめたかった」

「フランツ様…」


密着する身体から相手の体温と鼓動が伝わってくる。


樹に触れたかったのは小百合も同じだ。

———もう、自分の心を偽らなくてもいいのだ。




「私の妃になってくれるな」


「———はい」


答えて、リリーは微笑むと目の前の胸に頬をすり寄せた。

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