06
放課後、リリーは学園内にある図書館へと向かっていた。
校舎とは少し離れた場所に建てられた図書館は、本好きだった小百合の憧れの場所だった。
まるで教会のような、豪華なフレスコ画や彫刻で飾られた内装に、天井まで届くほどの重厚で迫力ある本棚が並んでいる。
スチルで見たあの光景の、本物が見られるなんて。
心を弾ませながら人気の少ない外廊下を歩いていたリリーの耳に、ふと不快な響きを持った声が届いた。
声のした方を見やると、四人の女生徒がいた。
中庭の隅で、一人を三人が囲うように立っている。
途切れ途切れに、平民だから目障りだとか生意気だとかいった言葉が聞こえてくる。
そしてその責められている生徒は…マリアだった。
リリーはその光景に見覚えがあった。
———これはイベントだわ。
ヒロインが貴族の令嬢たちに言いがかりをつけられて、それを誰かが助けてくれるはず…
「…って、三人ともいないじゃない!」
リリーは顔を曇らせた。
今日は王宮で訓練があるからと、フレデリックとロイド、ルカの三人は既に学園を出ている。
攻略対象が誰もいなかったら、このままヒロインは———
ぐ、と息を飲むとリリーは中庭へ足を踏み出した。
「何をなさっているの」
リリーの声に少女達ははっと振り返った。
「リ、リリー様…」
「こんな人の少ない場所で…随分と恥ずかしい事をなさるのね」
「で、ですが!この娘が生意気なんですわ!」
「そうですわ、平民のくせに口応えするなんて!」
「私達は立場の違いを教えようと———」
慌てて顔を真っ赤にしながら言い訳を口にする少女達にリリーは心の中で大きくため息をつく。
「そう———身分の事を言うならば」
鷹揚に胸に手を添えると、問うように首を傾げる。
「私、リリー・エバンズに口応えなさる貴女達はどうなのかしら?」
さっと少女達の顔色が悪くなった。
彼女達の家名は知らないが、知らないという事はそう高くない家柄の娘達なのだろう。
そして学年問わずこの学園で一番身分の高い女生徒———それはエバンズ侯爵令嬢であるリリーなのだ。
「くだらない事に費やす時間があるのなら、帰って明日の予習でもした方が有意義ではなくて?」
冷たく言い放つと、少女達は顔色をなくしたまま逃げるように立ち去っていった。
「マリアさん、大丈夫?」
少女達を見送るとリリーは振り返った。
「っは、はい!」
弾かれたようにマリアがリリーに向く。
「あの…ありがとうございます……平民の私なんかのために…」
「あら、私達は級友なんですもの。そうやって自分を卑下する事はないわ」
ぎゅっと手を握り締めながら身体を震わせるマリアに、リリーは優しく微笑みかけた。
何か言いたげにマリアの口が揺れる。
「リ、リリー様、あの……っ!」
ふいにマリアの瞳が大きく見開かれた。
リリーの後ろを凝視したまま息を飲む。
「リリー」
背後から声が響いた。
「…フランツ様!」
くるりと振り返るとリリーは声の主へ駆け寄った。
「昨日の続きをと思ったのだか…取り込み中だったか」
「いえ…もう終わったわ。———マリアさん。また先程のような事があったら私に教えて下さいね」
リリーは振り返ると呆然として立ちすくむマリアへと笑顔を向けた。
「今の娘。確か〝ヒロイン〟だったな」
廊下を歩きながらフランツが口を開いた。
「…ええ」
「彼女もゲームの事を知っているようだ」
「フランツ様もそう思います?」
「幽霊を見たような顔で私を見ていた。私が何者か分かるのだろう」
「マリアも私達みたいに転生したのかしら…」
首を傾げていると不意にフランツが立ち止まり、リリーを抱き寄せた。
「え、あの…」
「酔うから目を閉じて」
大きな掌が視界を覆った瞬間、奇妙な浮遊感がリリーを襲った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます