04

いつきと初めて会ったのは、小百合が中学二年の時だった。


親の再婚で兄になった二つ上の樹。

都内有数の進学校に通う優秀な頭と端整な顔立ちの彼は小百合の憧れであり、自慢だった。


兄ができたのが嬉しくて、小百合はいつも樹にくっつき、樹も小百合の事を厭う事なく可愛がっていた。

側から見ても血の繋がりがないのが不思議なくらい仲の良い兄妹だった。



そんな関係が変化したのは、小百合が大学に入ってからだった。

未だボーイフレンドとも呼べないような関係のクラスメイトと二人きりでキャンパス内を歩いていたのを、同じ大学に通う樹が見たらしい。


家に帰った小百合を厳しく問い詰め…以来、わずかでも小百合に異性の影がちらつく事を樹は許さなかった。



小百合は気付いた。

樹が自分に向ける眼差しに秘められた———その感情の意味に。


気付きながらも、気が付かない振りをして、小百合は樹から距離を置こうとした。

だが小百合が離れようとするほど樹の束縛は強くなり、小百合を見つめる視線は熱を帯びていく。




小百合が大学二年生の冬だった。


いつ雪が降り出してもおかしくないような、底冷えのする寒い夕方。

リビングにあるストーブの前に座り込み、小百合はスマホを見つめていた。

友人からの合コンの誘いにどう断りの返事を返そうかと言葉を探していると、ふいに手の中からスマホが消えた。


「お兄ちゃん!」

いつの間にか小百合の後ろに立っていた樹は、取り上げたスマホの画面を見て露骨に不快な表情を浮かべた。

「今断ろうとしてたの!」

「———小百合はそんなに男が欲しいのか」

「なっ!変な言い方しないで…」


ふいに背後から抱きすくめられて、小百合は息を飲んだ。


「僕じゃダメなのか」


耳元に息がかかる。

「僕はずっと小百合を…」

「き、兄妹だよ!」

続きの言葉を言わせたくなくて、小百合は叫んだ。


「血は繋がっていない」

「…でもダメ…ダメだよ…」

逃れようと身を捩らせる首元に顔を埋めると、樹は白いそこに唇を押し付けた。


「やっ!」

弾かれたようにのけぞる小百合の身体を抑え込もうとして、二人は床に倒れ込んだ。


ガン!


何か硬いものがぶつかった痛みを感じると共に、大きな音が響く。

小百合はふいに熱を感じた。


「え…」


揉み合った弾みでぶつかったストーブが倒れていた。


倒れた先にあったクッションが燃え上がるのが見える。


「…!」

慌てて身体を起こそうとしたが、樹に強く抱きしめられて動く事ができなかった。


「火!お兄ちゃん火がっ!逃げなきゃ…」


「———僕から逃げるの?」

やけに冷めた声で囁くと、樹はますます腕に力を込める。


「そうじゃなくて…!」

「小百合が手に入らないんだったら、生きていても意味ないよ」



身体が震える。

小百合の視界に赤が増えていく。

カーテンに引火したのか一際大きな炎が上がった。


熱さと恐怖に、小百合は意識を手放した。






「……り……ゆり…」


苦しげで、切なげに、自分を呼ぶ声に小百合は重い瞼を引き上げた。



「ごめん…」



最後に見た黒い瞳は吸い込まれるように綺麗で、悲しげに揺れていた。

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