08

訓練後、汗を流し着替えると三人はフレデリックの私室で休憩を取っていた。

リリーは王妃に呼ばれお茶の相手をしているらしい。


「あーもーつかれたー」

ロイドはソファへ飛び込むと突っ伏した。


「二人ともリリーが見てるからって張り切り過ぎ。狭い所でバカみたいに大技打ちまくって。王宮の建物に被害が出ないよう防御する俺の身にもなってみろ」

「張り切っていたのはフレッドだろ」

「氷柱を竜巻で吹き飛ばしたのはルカじゃないか」

「…しょうがないだろう、炎が使えなかったんだから」



「火の魔法が禁止というのは何だったんだ?」

よく冷えたお茶で喉を潤していたフレデリックはルカに訊ねた。


「———昔、リリーが火事を見たショックで熱を出して寝込んだ事があったから。見せたくないんだよ」


「…ホント、リリーに対して過保護だよなルカは」

やや呆れたようにロイドがため息をついた。


「三日間寝込んだんだぞ。あの時のリリーは本当に大変だったんだ」


「…それはいつの事だ?」

「お前達と初めて会う少し前だよ。そのせいで出る予定だった茶会に欠席したんだ」

「…ああ、あの時———」

思い出すように、フレデリックは視線を遠くに泳がせた。


「———その茶会にリリーが出ていたら違っていたのかな」


「?何の話だ」

「あれは私の婚約者を選ぶための茶会だった。…あそこにリリーがいれば、私はリリーに決めていた」


「———」

ルカとロイドは顔を見合わせた。



フレデリックがリリーに抱いている感情は、二人も気付いている。

彼女に向ける眼差しは、いつも優しくて穏やかな愛情に満ちていた。


そしてリリーがフレデリックをどう思っているかも彼らは知っている。

「…リリーはお前の事を友達だと思ってる」

「知っている」


「フレッドが本気ならリリーの意志を無視して娶ることも出来るだろう?」

「おい」

ルカはロイドを睨みつけた。


「本人の感情は関係ないのはお前だって分かっているだろう」

ルカを見返してロイドは答えた。



王族や貴族の婚姻は政略的な意味もあり、当人達の意志を無視して結ばれる事も多い。

何より王子本人が強く望んでいるのだから、強引に話を進める事が可能だという事は、ルカも分かっている。


「…実は、エバンズ侯爵には何度か王家から正式に伝えているんだ。リリーを私の妃に迎えたいと」


「は!?」

フレデリックの言葉に、ルカとロイドが同時に声を上げた。


「その度に断られているがな」

「何だよそんな話、僕は聞いてないぞ!」


「正式にか…。何で侯爵はリリーを嫁がせないんだろうな」

ロイドは首を傾げた。


王家からの申し込みを、家臣である侯爵が拒めるものだろうか。


エバンズ侯爵家ならば家柄的にも何の問題もないし、王家との繋がりができるのだから悪い話ではない。

リリーがフレデリックに恋愛感情を抱いていないとしても、それは結婚を拒む理由にはならない。

何か理由があるとしたら———



「ルカ。リリーには好きな相手がいるのか?」

ロイドの問いにフレデリックの肩がピクリと震えた。


「…分からない」

ルカは首を緩く振った。


「だけど…時々、誰かを探すような目をしている」


家族団欒の時間だったり、勉強している時。

何かの拍子にリリーはふと遠い眼差しをどこかに送る事がある。

———それはきっと、ルカ達の知らない何かであり、誰かを探しているのだとルカは感じていた。




「———そうか」


硬い声でフレデリックは呟いた。

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