第149話 Partial solar eclipse

 



 その長い階段を登りながら、俺はその頂上を目指していた。終わりが近付く度に、


 もしかしたらその先に居るかも? 

 ……なんて気持ちはより一層強くなる。そして段々とその姿を見せる秘密の場所。そして目に入ったのは……1人佇み夜景を眺める人影だった。


 まっ、マジか? もしかして……本当に恋? いや待てよ? 髪型は……うん似てる。しかし男という可能性も……いや、スカートっぽいの履いてるしそれはないか? だとしたらやっぱり?


 そんな期待に胸が高鳴り出した瞬間だった、


「バイバイ! 月城蓮ー!」


 その人物はいきなり俺の名前を叫び出す。


 はっ、はぁ? 何なの、いきなり人の名前叫ぶってっ! しかもこの声は……恋に間違いないじゃないかっ!

 そこに恋が居たって驚きや喜びなんかよりも、大声で名前を叫ばれた恥ずかしさが勝ったのは言うまでもない。


「いっ、いきなり人の名前叫ぶんじゃないよっ!」


 恥ずかしさ故に、反射的に出た言葉。いきなり後ろから聞こえてきたその声に、恋も驚いたんだろう。ゆっくりと俺の方を振り返る。


 高台から叫んだら誰かに聞こえるでしょうが。しかも反対側には鳳瞭だぞ? 寮の人達窓開けてたらバッチリじゃん! 大体さ? バイバイってなんだよ。俺はまさにここに来たばっかなんですよっ!


「それにバイバイってなんだよ。今来たばっかだってのっ!」

「えっ……えっ!? なななっ、なんでツッキーがここに居るのっ!」


 俺の顔をじっと見つめる恋が口にしたのは、それこそ驚きを隠せないって言葉。でもさ、それこそいつもの恋って感じでなんだか……落ち着く。


「なんでって……まぁ、偶然かな」

「ぐぐっ、偶然!?」


 まぁそれに嘘はないよな? いや、何かに導かれる様に……ってのもあながち間違いじゃないけど、言ったら絶対突っつかれるのは目に見えてるんだよね。


「そう、偶然。それで? 恋はなんで?」

「わっ、私は……そうっ! なんとなく夜景見たくなってっ!」


 まだ動揺してる気がするのは、気のせいか? 


「本当かなぁ?」

「本当だよぉ! だってここは秘密の場所なんだよ? お気に入りの場所なんだもん。ちょいちょい黄昏に来てるんですー!」


「はいはい、そういう事にしとくよ」

「あぁ! 信じてないなぁ?」


 そんな……いつも通りのやり取りをしながら、俺はゆっくりと恋の方へ歩いて行く。

 今思えば、これがいつも通りになったのっていつからだ? 文化祭終わって、あぁマリンパークに行った時か? あの時初めて……恋って呼んだんだっけ?


 そういえば恋もいつの間にかツッキーとかって呼んでたな? 最初は違和感ありまくりだったけど、もはや慣れてる自分が恐ろしい。

 でも、こうして思い出してみるとさ? 鳳瞭に来てからの1年半って……滅茶苦茶色んな事有り過ぎだよな? そしてその大部分を一緒に過ごしたのは、日城恋。君だった。


「ふっ」

「あっ、笑ったなぁ?」


「ごめんごめん。なんかさ? 色々思い出しちゃって」

「色々?」


「うん。鳳瞭来てからの事」

「……そっかぁ」


 俺の横で、そう言いながら浮かべた恋の笑顔は……やっぱりいつ見ても俺を明るく、落ち着かせてくれる。


 そんな雰囲気が……とんでもなく心地良くって、恥ずかしいけどさ? 思うだけなら良いだろ?



 いつまでも隣に居たいって。



「ふぅ。でも本当にびっくりしたよ。まさかここに来るなんて、てっきりまだ凜と話してると思ってたから」


 話ねぇ、まぁ結構話はしたと思うよ? 色々な事実、裏事情なんかも聞けてさ? とーくーにー! 君達姉妹の事に関しては、お前からも聞きたい事はあるんですけどね?


「あぁ、それなりに話はしたぞ? 特にお前達姉妹の事とかなっ!」

「あっ……改めてごめんね? その……黙ってて、それに親戚だなんて嘘言って」


 親戚……あっ! そうだ! 君達ガッツリ俺に親戚だって言ってたね? 


「そう言えばそうだなぁ。ちなみに? なんで親戚なんて嘘付いたの?」

「だって……」


「だって?」

「寮の前でも言ったよね? ……ツッキーに嫌われたくなかったんだ」


 嫌われたくないって……まぁ、多少は動揺したかもしれないな。


「別に姉妹だって聞いても、まぁ多少は動揺したかもしんないけど……ほら見て見ろよ? 今の俺別に恋の事避けてたりしてないじゃん」

「それは、凜が自分の事全部話したからでしょ? そうじゃなかったら、ツッキーは私達の事疑ってたと思う。2人で共謀してるっ! とかさ?」


 ギクっ! たっ、確かに一時そんな事考えてた瞬間がありました。


「はっ、はは……」

「にししっ。でもいいの。そうなるのは当然だから。だからね? 私は尚更嫌われたくなかったんだよ? ……去年の文化祭の事覚えてる?」


 覚えてるぞ? 2度と思い出したくないけど、早々に消し去る事は難しいメイド&執事カフェの記憶はな?


「あぁ」

「あの時さ、ツッキー私に言ってくれたじゃん? 女性恐怖症になった原因」


 ……確かに。家庭科室で言ったな……


「私その時初めて知ったんだもん、ツッキーが女性恐怖症になった原因が凜だって事」

「えっ!」


 そっ、そうなのか? って待て待て、そもそも俺が鳳瞭に行く段階で凜から何かしらの連絡とかなかった訳? てっきり、そういう経緯は知ってるもんだと思ってたんだけど。


「ちょっと待て、大体俺が鳳瞭行くって事、凜はなんも言ってなかったの?」

「聞いてないよっ! 知ってたら、もうちょっと心の準備出来てたし、あの入学式の日に朝早くからここに来てないって!」


 準備? ここに? いやいやその関係性はいまいち良く分からないけど……確かにそうか。


「じゃあ、俺の状況を報告とか?」

「する訳ないでしょ?」


「マジかっ!」

「マジかっ! ってツッキー、ここまで来てそんな嘘付くわけないでしょ? だってさ? 凜が交換学習で来る事自体私知らなかったんだよ?」


 本当か? てか……交換学習さえ秘密にしてたのか? 凜の奴。


「凜とはさ? 結構ストメとかしてたんだよ? でも、交換学習の話はもちろん……ツッキーの話は全然出てこなかった」


 出てこなかったって……それはそれでなんか傷付く自分が居ます。


「私はさ? なんでツッキーが鳳瞭に来たのか分からなかった。だってさ、地元の……春ヶ丘っ! そこに行くと思ってたし、凜と2人。でもさ、ツッキーは鳳瞭に来た。その理由考えたらさ、もしかしたら……凜と何かあったんじゃないかって考えちゃってね? だからさ、私からはツッキーの事凜には言えなかったよ」


 なっ、なるほど……


「凜も凜で、変に私に気を遣わせたくなかったんじゃないかな? だって私の性格上、ツッキーの事言ったら、何あったの? どうしたの? ってずかずかツッキーに詰め寄るって思ったんじゃない? にししっ」


 じっ、実に有り得そうなんですけど。しかもあんな状況で、全開に詰め寄られたかと思うと……ヤベッ、恐ろしくてこれ以上考えたくない。


「なっ、なるほどね。でも、上手い具合にそうはならなかったと」

「結果としてはそうなるよね。まぁ何となくお互いがお互い、思うものあったんだよ。紛いにも双子だしっ!」


 双子ねぇ……でもその双子って関係が、色々な事引き起こしたんですけど? 元を辿れば……ってあれ? そう言えば、凜と話してた時に自分の事だけじゃなくて、恋の事も言ってたよな? ……確か、


『恋ちゃんはね……ううん、恋ちゃんもね? 蓮の事が好きなんだよ』


 ……なんてな? 結局そのせいで凜は俺の告白を断って、今に至る。それも双子ならではの気遣いって奴なのか? 


 でも、もしそれが本当なら、滅茶苦茶嬉しい……はずなんだけど、頭の片隅にはトラウマが常に身を潜めてる。


 あの夏祭りのトラウマ。


 何だかんだあったけど、恋と一緒に居る時間は……楽しかった。けど、楽しければ楽しいほどそれはあの時の、凜との関係に似ている。



 家も案外近くて、昔から遊んでいた。たくさん話をしたし、登下校だって一緒にしてた。


 同じクラス、同じ部活で、自然と一緒に居る時間は多くて、他愛もない世間話とか……笑いながらたくさんした。



 バレンタインだって毎年貰った。お互いの誕生日には欠かさずプレゼントを渡してた。クリスマスも必ずどっちかの家でパーティだったし、初詣だって毎年一緒に行ってた。


 手作りのチョコ貰って、ホワイトデーには手作りのクッキー渡した。初詣なんて、運命!? って位偶然にも一緒になって、お汁粉食べたし、クリスマスイブは新聞部の皆ではしゃいでさ? クリスマスには一緒にデートもしたんだ。誕生日は……ヤバッ、聞くタイミング完全に逃してたよね? でも双子だったら凜と同じ12月26日だろ? 今年は絶対渡すっ!



 100%成功するなんて思ってはいなかった。けど90%くらいは大丈夫だと思っていた。


 恋の反応的に、俺の事思ってくれてる気はする……でも、あの日10%を引き当てた自分に、今そんな勇気は……



「でもさ、ちゃんと凜とツッキーが話し出来て良かった。だからさ……「これからは凜の事幸せにしてあげてね?」


 はっ、はぁ? 


 突然の恋の言葉に、俺は一瞬動きが止まってしまった。だってさ、本当にいきなりだったんだ? いきなりそんな事言ってさ? しかもその表情は……いつもの様な明るい笑顔。


 それは、恋にとって本心なんだと思う。でもさ、俺にとってそれは……完全な誤解だった。

 凜の事幸せに?


「なっ、なに言ってんだよ?」

「だってさ、ツッキーは凜と話してきたんだよね? そんでさ? 凜の過去の事、私達の事……全部聞いたんでしょ?」


 そうだよ? 全部聞いた。もちろん恋の事も。


「そうだよ」

「だったらさ? 凜があの時、なんで告白を断ったのか……それだって分かったんでしょ?」


 それは……分かったさ。


「私は……その理由知らないけど、それは重大でさ? 凜自身苦しむくらいの事だったんじゃないかな? だってそうじゃなきゃ、あんなにツッキーの事大好きなのに、待ちわびた言葉なのに……凜が断る訳ないもん」

「確かにその理由聞いた時は、凜の気持ちが良く分かった気がする」

「でしょ? だからさ?」


 だから? だから何だって? もしかして、その理由を知ったから、失われた過去が変えれるとでも?


「その理由を乗り越えて、凜は自分の本心をツッキーに伝えたんじゃない?」

「……確かに、凜の本心を聞いた」


 でもその答えを俺は散々、凜目の前で思ってたんだ。


「だったら、答えは1つじゃない? 凜の気持ちに応えてあげたんでしょ?」


 そう、その答えは……


「色々あったけど、2人は……結ばれたんでしょ?」


 過去は過去。理由を聞いた所で今を変える事は出来ない。


 それにさ? あのままの自分だったら、もしかしたら凜の告白に頷いてたかもしれない。でもさ、今の俺には……



 鳳瞭学園って最高の学校があって、


 栄人や早瀬さん、佐藤さんに紋別さん。沼尾さんに北山さん、明石に高橋とかたくさんのクラスメイトが居て、


 海璃や相音、六月ちゃんって後輩が出来て、


 桐生院先輩や坂之上先輩、そして葉山先輩。そんな先輩方に優しくしてもらって、


 一月さん、三月先生、四月さんや五月さん。厳真さんとか、忍さん……色々な人達と知り合いになれた。


 そして何より……恋に出会えた。


 俺は今、こんなにも大切で、大事で、かけがえのない人達に囲まれてるんだぞ?

 だからさ、今さら理由聞いたって……それはただの昔話でさ?



 今の俺は変わらない。



「……違うよ?」

「えっ?」


 だから違うんだよ恋。今の俺にとって1番大切な人は……



「なぁ……俺は……俺は……」



「嫌いだ」



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