第140話 興味疑心

 



「皆ぁ、ご迷惑おかけしましたっ! そしてー、お疲れ様でしたぁ!」

「お疲れー」

「滅茶苦茶楽しかったよ?」

「本当にお疲れ様」


 教室に響く恋の元気な声と、皆の嬉しそうな声。

 その光景を目にした瞬間どっと疲れが出てきたんだけど、それと一緒にホッとした安心感に包まれたのは言うまでもない。本人が元気とは言っても模擬店に戻していいのかって考えてたし、本当は無理してんじゃないかとか一抹の不安はあったんだけど……どうやら本当に大丈夫だったらしい。


 まぁ、恋が目を覚ましてから、俺達は保健室で他愛もない世間話を挟みつつ、それはもう至福の時間を過ごしてたよ。いや、俺は言ったんだよ? 横にならなくて良いのか? って? でも恋が……


『大丈夫だよ。だってツッキーと2人でさ、こんなに話しできるの久しぶりなんだもん』


 こんな事言われて、無理やり休めーなんて言える訳ないでしょ? 

 とは言え、大盛況のままお化け屋敷をやり切っただけじゃ、こんなに皆のテンションも上がらなかったと思うよ? まぁその理由も1つしか考えられないんですけどね?


 ≪それでは最後に最優秀模擬店賞を発表致します。今年栄えある最優秀模擬店に選ばれたのは……戦慄迷宮鳳瞭病院ですっ!≫


 そう、最優秀模擬店というの栄光。これがデカかった。なんせあのヨーマ率いるクラスに勝っちゃったし? 3連覇阻止しちゃったし? 周りのクラスの反応も結構盛り上がったんだよね。その時は俺達も滅茶苦茶嬉しくてはしゃいじゃってた訳ですが、今更になって思い出したんです……今後のヨーマの反応が怖ぇ! 


 そっ、それでも今だけはこの歓喜を素直に感じてもいいよね?


「あっ、ツッキーも……」


 とりあえず恋、


「本当にお疲れ様?」

「恋もな?」


 お役目ご苦労様でした。

 そんな感じで色々ドタバタはありつつも、今年の文化祭は最高の結果と、歓喜の渦に包まれながら幕を下ろした。そして、




「やっぱり納得いかないんだけど?」

「ったく、彩花……」

「だって、3組合同なんて卑怯じゃない? そりゃ規模だって3倍になるんだから、クオリティだって頭3つは抜けるじゃない」


 やっぱりこうなりますよね……。


「恋? あなたの提案だそうだけど?」

「はいっ! そうなんですよ! 我ながら良いアイディアだと思いましてっ!」

「高梨さん? シロ? あんた達もそれに乗っかったのよね?」

「はい……」

「そうですが……」


「はぁ……そんな悪知恵を良く思い付くわね。その発想をもうちょっとゴシップクラブでも発揮してくれたらいいんだけど」

「どっ、努力します」

「いや、でも文化祭の注意事項には合同で模擬店やっちゃいけないなんてどこにも……」


 ギロッ


 ひっひぃぃ! 恋を助けようと思って、変に言わなきゃ良かったぁ!


「へぇ? シロ? 何かしら? 聞こえなかったんだけど? もう1度言ってくれるかしら?」

「いっ、いやぁー」


「ほら? ほら? 言いなさい?」

「ナンデモナイデスヨー」


 シラを切り通せっ! 月城蓮っ!


「ふふっ」


 はっ! 凜お前何笑ってんだよっ! こっちは必死なんだぞ?


「本当に……皆楽しそう」


 楽しそう? 何ふざけた事言ってんの? この状況で良く楽しそうとか思えるね?


「あら? 高梨さん?」

「本当に仲が良くて羨ましいです」

「良く分かってるわね? 私達皆、仲はものすごぉく良いのよ?」


 当たり前の様に嘘言わないで下さいっ!

 ヨーマの陰湿な行動、暴言の嵐に追われたり、




「おっ、ツッキー良い所に居たぁ」

「三月先生? こんにちわ」


 ん? 良い所に居たって……俺の事を探してた? ……なんだろう嫌な予感しかしないんですけど?


「ツッキー、今度の連休暇?」

「暇か暇じゃないかと言われれば、暇じゃないと思います」

「そうか暇かー、なら尚更丁度良かった」


 おい、人の話ちゃんと聞いてんのか? 暇じゃないって言ったんですけど?


「あのー」

「ひっしーにも言ったんだけどさ、今回のお化け屋敷のクオリティにさ? なんと一月ねぇが目を付けてね?」


 人の話を聞けー! って一月さん?


「ちょっと待って下さい? それって……」

「烏山でもやってみたいらしいのよ。だから、是非話聞きたいんだって。んで……どうせなら新聞部の皆で遊びに来て? ってお誘いー」


 マジで? 烏山忍者村でもお化け屋敷をやるって、俺達そんな本格的な事やったつもりは……でも新聞部皆って事は、もちろん恋も行くんだよな? それに一月さんのお願いとなると……


「あっ、あと父さんも会いたいってさ」

「えっ?」


「是非、来て欲しいって? なんかツッキーかなり気に入られてるみたいだよ? なんかあったの?」

「いやぁ、何も?」


 あの、ぶっちゃけ思い当たる節が無いんですけど……ゴクリ。厳真さんにも言われたからには……万一断ったら何されるかって恐怖の方が凄まじいんですけど?


「じゃあ決定ねー、皆参加で言っとくね? バイバーイ」

「あっ! ちょっ、ちょっと三月先生!?」


 連休に新聞部の面々で烏山忍者村に行く事が決定したりと、文化祭が終わったにも関わらず、なぜかそれ以上の忙しさに追われて、慌ただしい毎日を送っていたんだ……そう、ある事に気が付かないままでね?




 それに気付いたのは、何でもない普通の朝の、普通のホームルーム。そんな中、不意に三月先生の口から出た言葉だったんだ。


「はーい、皆おはよう」

「おはようございますー」

「はい、皆。今日は悲しいお知らせをしないといけません」


 朝からテンション高いなぁ。どうせくだらない事だろ?


「それはね? 今週の金曜日で交換学習が終わっちゃいます。つまり、りっちゃんと……お別れなんだよー?」


 交換学習? あっ……そういえば、元々半年間、文化祭終わるまでって話だったよな? すっかり忘れてた。


「えー、なんか嫌だなぁ」

「そうだよ、せっかく仲良くなったのに?」

「転校して来ちゃえば? 高梨さん」

「うん、皆ありがとう。でも、あくまで期間限定だからさ?」


 皆の反応も分かる気はする。たった半年間だったにも関わらず、凜のクラスへの溶け込み具合っていたらそれこそ尋常じゃない。それこそ、2年で新しくクラスメイトになったって考えても問題ない位にな?


 半年か……長いようであっという間だったのかも知れない。最初は何考えてんのか全然わからなくって、警戒心MAXで? 俺はともかく恋に何かするんじゃないかってヒヤヒヤしてたけど……そんな動きもなかったかな? いやっ! 待てよ? 最後に何かするんじゃないのか? あっ、ありえる! だったら尚更……警戒だっ!


 そんな疑心暗鬼に包まれながら、いつも以上に凜の動向に注意をしてはいたんだけど……



 特段、


「じゃあ、りっちゃんのお別れ会スタートだっ! 今日はお菓子も解禁だから皆好きなの食べてーっ!」

「すげぇ。あっ高梨さん? これ良かったら食べて?」

「私のもあげるー」

「ちょっとー男子? 高梨さん嫌がってるじゃない?」

「そっ、そんな事ないだろ?」



 変な動きとか、


「この経験は大変勉強になりました。ありがとうございます」


 パチパチパチ


 《以上、京南女子高等学校の皆さんのご挨拶でした。皆さん本当にありがとうございました。是非またこの鳳瞭学園へお越し下さい》



 気になる事もないまま、


「絶対また来てね?」

「待ってるよ?」

「うん、皆仲良くしてくれてありがとう」


「明日帰っちゃうんでしょ?」

「凜ちゃん今度遊びに行こうね?」

「今度は皆で京南女子高祭り来て来て?」


 その最後の日を終えた。




 ふぅ。今日もお風呂サイコー! 後はテレビ見ながらゆっくり過ごすだけっ! あぁ、凜のやつとりあえず明日帰るらしいな? 今頃女子寮は大盛り上がりだろう。それにしても凜が来た時は、半年間なんて絶対ストレスで倒れちまうとかって思ってたけど、意外と何とかなったなぁ。でも、ちょいちょい凜の意味不明な行動には手を焼いたんだけどね?


『蓮の事が好き』


 これだよ。初っ端からこれはダメだろ? 全くもって理解の出来ない言葉だ。しかも不敵な笑みを浮かべたかと思うと、恋と仲良くなってて? 親戚とかってありがたくもない関係を知り? 正直……今までの俺が築いてきた鳳瞭学園での生活そのものを壊されるんじゃないかって思った。

 でも、結局はそれだけ。他に目立った事はしてないみたいみたいだし、持ち前のコミュ力であっという間にクラスに溶け込んだり? ……もしかしたら俺の考えすぎだった? でも、お花見で帰ってる時とか……


 ピロン


 ん? ストメ? って噂をすればじゃないか。


 手に取ったスマホの画面。そこに表示されていたのは高梨凜という名前。

 まぁ、最後くらいお別れの挨拶でも言ってやる…… 


【蓮? 今日時間あるかな? あのさ、もし良かったら……来て欲しい。あの場所に】


 そのメッセージをみた瞬間、俺は息を飲んだ。教室では皆に囲まれてたから、ぶっちゃけ挨拶らしい挨拶だってしてなかった。

 だからそんな感じのメッセージなんじゃないかと勝手に思っていたけど……画面に表示されたそれは、少し違った。


 良かったら来て欲しい? しかもあの場所?

 あの場所……その文字を見て、それが何処なのか分かってしまう自分が怖くて、憎い。そして心の中に芽生える、興味と疑い。


 これは……話がしたいって事だよな? でも何で? 何を? 待て、もしかしたら罠かもしれない。最後の最後で俺を呼び出してドタキャンとか、からかうだけなのかも? 


 もちろん真っ先に浮かんだのは疑い。正直俺は凜を100%信用してる訳じゃないし、あんな事されても時間が経ったからそうですかって思えるほどメンタルは強くないし、お人好しじゃない。


 つまり今更凜と話す事なんて何も……ないのか? 本当にそうなのか?

 俺はあの噂から、それを知ってる人達から、凜から逃げたかった。だからこそ鳳瞭へ来て、それなりに楽しい生活を送ってる。でもさ、立花が言ってたじゃないか? 


『振られた? あぁ確かにそんな噂あったよね?』

『でもさ、出所も分からない噂でしょ? 確かにあったけど、少なくとも私達のクラスでそれ信じてる人居なかったけど?』


 噂はあったけど、皆誰1人信じてはいなかった。

 今更感はあったけど、それでも皆がそう思ってくれてるって分かってさ、少し嬉しかった。でも、そしたらさ残る事は1つだけ。あの中学3年の夏、俺を振ったって誰かに言ったのか? だとしたらなぜ言ったんだ? その真意を聞けるとしたら……今だけなんじゃないか?

 京南に戻ったらわざわざ連絡なんてしないし、会う事もないだろう。だったら……あの忌々しい記憶を消し去る為には……


【分かった。何時だ?】


 今日、ケリを着けるしかないっ!




 よっと、結構薄暗いなぁ。

 寮から外に出ると、そこには薄暗い空が広がっている。少し前ならこの時間帯でもまだ太陽が見えてたのに、改めて季節の変化を実感する。


 さて、じゃあ行きますかな?

 それでも今日に限ればその暗さがありがたく感じる。誰かに見られるのも嫌だったし、それに少しだけ顔を覗かせる月を見てると……少しだけ落ち着く。


「ふぅ」


 ひとつ大きく息を吐くと、凜が待ち構えるあの場所に向かって足を踏み出した……はずだったんだけど、


 ここから駅まで10分位、じゃあ大体……


「ツッ、ツッキー!?」

「うおっ!」


 薄暗い場所から聞こえて来た声に、一歩前に進んだだけでものの見事に止まってしまった。


 なんだ? てか、ツッキーってまさか?


「あっ、ごめん。ツッキー」


 声は聞き覚えがある、けどその人がこの時間にここに居るのは計算外。しかも、聞こえてきたのは鳳男寮入り口の脇。まぁ、慌ててそっち向くよね? そしたらさ、やっぱり居たんだ。


 マジで? ……ってマジじゃんかっ!


 そう言いながら、植えられた木の影から申し訳なさそうに姿を表したのは紛れもなく、


「れっ、恋!? どうしたんだ?」


 日城恋だった。


「えっと、とりあえず脅かしてごめん」

「いや、それは良いんだけど、どうして……」

「時間ないよね? でも今しかないんだ」


 ん? 時間がない? ちょっと待て? なんでそれを知ってるんだ?


「ちょっ、恋? なんでそれを……」

「凜に会いに行くんでしょ? 聞いたからさ……でもね!?」


 はっ、はぁ? 聞いたって……凜しかいないよな? なに考えてんだよっ! ……はっ! 待て待て?


「あっ、ただ話しに行くだけだよっ!?」

「話……うん。だからこそ聞いて欲しいの」


 あれ……? 妙に落ち着いてる? とりあえず、最悪な勘違いは避けれた気はするけど……行くの分かってて、わざわざ俺が来るのを待って?


「あっ、うん。何かな?」


 そこまでして、聞いて欲しい事ってなんだ?


「あのね? 私……もうツッキーに嘘つきたくないんだ」


 ……ん? うっ、嘘?


「だから、ちゃんと伝えてから凜に会いに行って欲しい」


 待て待て、嘘って何だよ? それに何で凜が出てくるんだよ? 恋どういう事だよ?


「ふぅ……ツッキー?」


 嘘って……どんなだよ? しかも、なんでそんな真剣な顔してんだ?

  ……一息つかなきゃ決心できない位、重大な事なのか? 嘘だろ? 恋……


「私ね……? 私……」


 今までずっと俺に……何か嘘ついてたのか?



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