第138話 滄海桑田

 



 あれから部室を出て数十分。

 他愛もない話をしながらゆっくりとお昼ご飯を食べる予定だったんだけど……


「ツッキー見てっ! タピオカナタデココトロピカルメロンクリームソーダだって!」


 タピオカナタデココ……って、なんだよそのこれまでの流行り、とりあえず突っ込みましたみたいなメニューはっ!


「やっぱり暑いよね? そんな訳でツッキーもどう? おごっちゃうよ?」


 まぁ……楽しそうで何よりかな。




「ツッキー!? ジャイアントポテトだって!」

「ジャイアントって……うおっ!」


 マジでデカいじゃないか? おそらくジャガイモ細かく切って型に入れたやつを揚げてるんだろうなぁ。確かに珍しいしインパクトはあると思うけど、結構お腹に溜ま……


 ジーッ


 わっ、分かりやすい。目を光らせてじっと見てやがるっ! ふっ、まぁ今まで企画や色々走り回ってくれたし? ささやかながら、


「食べたい?」


 ご馳走しますよ?


「へっ!?」

「いやっ、そんな顔してたから……」

「そっ、そんな事ないよっ!」


 動揺しすぎだっての。


「色々疲れたろうし、俺おごるよ」

「そんなぁ、悪いよー」


「良いって良いって」

「本当? じゃあ……お言葉に甘えちゃおっかな?」

「了解、ちょっと待ってて?」


 よっと、それじゃあ買いに行きますか? 恋の事だし……当然1本ずつだよな?


「あっ、ツッキー?」

「ん?」

「1本で良いからね?」


 はっ、1本? どうしたんだ!? どこか具合でも悪いんじゃないのか?


「えっ?」

「……半分こしよっ?」


 半分……って!


「おおっ、おうよっ!」


 あんな笑顔で言われたら、もはや反則級だろっ! 




「おっ、クレープだって」

「なんか可愛いトッピングだぁ! ちょっと良い? ツッキー?」


「あぁ」

「どれもいいなぁ」


 これは買う雰囲気ですね? まぁしょっぱい物食べた後だから、有りっちゃ有りだけどね?


「ツッキーはどれにする?」

「どれって……」

「今度は私がおごる番だよ? ツッキーも甘い物大好きでしょ?」


 マジか? なんか申し訳ない気もするけど……


「ねぇ? どれにするー?」


 こりゃおごられる方も良いもんだなぁ。




 そんな感じで、恋と文化祭を回って……いや? 模擬店をはしごって言い方の方が正しいかもしれない。


「ツッキー! 濃厚焼きそばだって」

「おぉ! 良いね!」



「ツッキー、綿飴っ!」

「ははっ、デカいなぁ」



「見て見て、焼き肉丼だって?」

「凄いな、食べれるのかぁ?」



「なんか熱気かな? じんわりあっついー! って、あんな所に色んな種類のアイスクリームがあるよっ?」

「まぁ口直しに良いな」



「超ド級たこ焼き? 中身は何が入ってるか秘密なんだってー!?」

「そっ、そうだな」



「うわぁ、お団子とお抹茶だって?」

「おっ、おう」



「キャー、肉巻きおにぎりっ!」

「れっ、恋? だっ、大丈夫なのか?」



「ワッフルがフワッフワァー」

「れっ、恋さん? 恋さん?」



「締めはやっぱり出汁の効いたお蕎麦だよねっ!」

「……うっぷ」




 そして……


「サイズは何が良いかなぁ……」


 今現在に至るっ!


「さすがに食べ過ぎちゃったし……Lサイズで良いかな?」


 たっ、食べ過ぎの意味とはっ!? 確かにその上にXLと鬼増しってあるけど……真ん中頼んだからOKとかって思ってませんか!?


「あっ、ツッキーはー?」

「Sでお願いしますっ!」




「はーい、皆お疲れ様でしたぁ」

「お疲れー」

「お疲れっした―」


 やっと終わったぁ。てか、胸焼けが止まんないんですけど……


「今日は予想以上にお客さん来てくれました。最初は結構ドタバタだったけど、さすが皆っ! 慣れたらもうプロ並みの動きでしたね!」


 ちょっと? あなた本当に俺と同じ量食べた人ですか? そんな張りのある声良く出せるね? 凄ぇよあんた。それでもまぁ、


「この調子で、明日もよろしくお願いしまぁす!」


 あの後はちょいちょい休憩も取ってたみたいだし? とりあえずは危機回避かな?


 ウップ


 そんな感じで無事? に初日を乗り切った俺達は、勢いそのままに翌日を迎えた。


「いらっしゃぁ~い!」

「キャー」


 客足はというと……おそらく昨日を遥かに上回っているだろう。だって、スタートの時点で既に受付の椅子は満席。外にもお客さんは居るし、それに伴って我々舞台班は朝から全力投球を義務付けられたのだ。


「はっ、はっ、はー! 頑張ってくれよ? 舞台班責任者ぁ!」


 クソイケメン野郎。あの憎たらしい顔と言い方……絶対に許さんぞ? 昨日急ぎで恋の代わりさせてたから感謝をしていたのだが……そんなの関係ないねっ! さて、どんな事してやろうか……?


 ピロン


 そんな事を考えていると、聞こえてきたのはストメの通知音。このタイミングでとなると滅茶苦茶嫌な予感しかしないんですが? まさかあいつじゃないだろうな?


 そっとポケットからスマホを取り出し画面を見て見ると……そこに表示されていたのは、


【とりあえずは今入ってる人で止めるぞ? そのまま引継ぎと休憩頼むわ】


 やはり奴。

 しかもなんでだろう? 普通に業務連絡してるはずなのにちょっとイライラするんだが? まぁいいか、お腹の調子もだいぶ良くなったし……今日のお昼はお腹に優しいものにしよう。




 とは言ったものの、よくよく考えてみれば模擬店でアッサリしたものなんてそうそうない。

 しかも昨日恋とほとんどの模擬店を見尽くしたし、強いて言うなら蕎麦か? けど蕎麦もなぁ……


 廊下を当てもなく歩き続ける俺は、まさに路頭に迷った子犬そのもの。しかも昨日みたいに恋が居てくれたら良いけど、周りを見ればカップルっ! カップルっ! カップルっ! どこを見渡してもカップルっ! あぁ、なんか忘れかけてたわ……この文化祭という行事、男女の仲が深まるランキング2位、カップルが盛り上がるランキング堂々の1位(5年連続5回目)だった……マジで爆発して欲しい。


 頭の中で爆発させるイメージをしながら、1人悲しく歩き続ける俺の前には、気が付けば見慣れた光景が広がっていた。

 文化祭の雰囲気とはかけ離れ、静かに時が過ぎ去っていく場所。そんな場所に自然と足が向かうなんて、自分でも意識しない内に、そこは俺にとってかけがえの場所になっていたのかもしれない。


 いやいや? だって毎日昼寝とかしてるし? 誰も来ないし? 静かだし? ぜっ、全然寂しいとかじゃないしっ? 休憩にはうってつけなんですー!


 そうその先にはいつもと変わらない……いや? 昨日と変わらない光景が待っている。まぁ昨日は恋が居たけど、あんな贅沢毎日望んじゃダメでしょ? むしろ一緒に居る時間をどう大切にするか……はっ?


 開いた口塞がらない、今まさにそれを実感出来たと言っても過言じゃない。だって、ドアを開けてさ? そこに居たんだ? それに、その人物が座っているのは間違いなくあの人が……いつも座ってる席。その時点で誰なのかは分かる。でもさ? まさかここに居るとは想像もなかったし、しかも机に突っ伏して寝てるなんて微塵も考えてなかった。でも、現実に居るんだよ?


「れっ、恋?」


 日城恋がっ!


 あっ、もしかして俺と同じ休憩時間だったのか? だとしたら休憩はちゃんとしてるみたいで少しは安心したわ。


 入って来た俺に気付かず、机に突っ伏したままの恋。そんな恋を見ながら、


 やっぱ休憩しててもプレッシャーってのは相当体力消耗するんだろうなぁ。なんて考えていると、


 ピロン


 ストメの通知音が部室に響く。


 ん? もしかしてなんかあったのか? 

 一抹の不安を感じて、急いで画面を見てみたんだけど……名前を見た瞬間それも少し和らいだよね? だってさ? クソイケメン委員長だったんだもん。


 ってな具合で、適当に画面をタップすると、現れるメッセージ。

 なんだ、栄人? 休憩中だぞ? 何用だ? 全く…… 


 けど、その内容を目にした瞬間、ちょっとだけ心がざわついた。


【日城さん見てないか? 携帯受付にあるんだけど、姿見えないんだ!】


 ん? 恋なら目の前で寝てるぞ。だって休憩中だろ?


 休憩中なら休んでて当たり前……なはずなんだけど、よく見ると栄人のメッセージには少しだけ気になる部分もある。


 待てよ? 携帯が受付にあるって、休憩するなら置いて来るのは変だな? いや、単に忘れただけかもしれない。けど、だとしても休憩中の恋を探してるって事は……もしや、栄人だけじゃ対応出来ないトラブルでも起こってるんじゃないか!?


 そんな考えが頭を過った瞬間、俺は恋の側に駆け寄っていた。せっかく休んでる所を起こすのは忍びないけど、万一に本当にトラブルだったとしたら? 恋は気付かず寝ていた自分を責め続けるんじゃないか? それだけは嫌だっ! だから……


 ごめん! 恋っ!


「おーい、恋?」


 申し訳ない気持ちを押し殺し、肩の辺りに手を当てると、ゆっくりと恋の体をさすってみる。でも、起きる気配は……ない。

 反応なしかぁ、じゃぁもうちょっと強めにするか。


「おぉーい、恋起きろー?」


 今度はさっきよりも少しだけ強め。実際に体の揺れも大きくて、多分普通だったら起きそうな位だが、一向に顔を上げる様子は全然見られない。

 起きなくね? どうしたら……


 そんな時だった、体を揺すってたのが功を奏したのか、その瞬間突っ伏して下を向いていた恋の顔が……横を向いた。


 そしてそこには、気持ち良さそうに寝ている可愛い恋の顔が見えるはずだった。そう、はずだったんだ。でもさ、俺の目に映ったのは……


「はぁー、はぁー」


 吐息とは程遠い大きな呼吸の音と、


 顔全体に大粒の汗が流れてる……



 苦しそうな恋だった。



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