第137話 その指定席いくらですか?

 



 よっし、確保完了。後は有無を言わさずこの場を離れるだけ。どこでも良いからとにかく遠くへ。


「ツッ、ツッキーってばっ」


 そんな焦る様な恋の言葉を無視し、俺はひたすらお化け屋敷を背にして歩き続ける。

 はいはい何でしょうか? って言っても反応はしないよ? 立ち止まったら最後、言い訳のオンパレードが始まるのは目に見えてるし? ちょっと力づくですけど、しっかし付いて来てね? とりあえずは、1階行くか? それこそ文化祭全体の雰囲気が薄れてるところがベストなんだけど……あっ、良い場所があるじゃないか。


 その後も、恋は何か呟いてた気がしたけど……遠くへ行く事に精一杯でほとんど聞き取れなかったし、元々反応する気なんて更々ない。

 それに恋もそんな俺の様子に堪忍したのか、次第に何も話言わなくなってさ? 静かに付いて来てくれたのは幸いだった。


 そんな感じでしばらく歩き続けた俺は、とあるドアの前でやっと歩みを止める。そこは予想通り、別の棟で本当に文化祭やってんの? って位静かで……俺達にも馴染みのある場所。


 この辺りはやっぱり今は静かだな。じゃあちょっと話でも聞きますか……部室でね?


 おもむろにドアを開くと、そこにはいつもと変わらない、いつもの部室が待っていてくれる。それはいつもと違った雰囲気で高揚してる体を落ち着かせるにはピッタリだ。


 俺はそのまま恋を部室へと引き入れると、ゆっくりとその扉を閉める。


 バタン


 って音が聞こえた瞬間、とりあえずはこれで大丈夫。って安心感が体を包み込んで……


「ふぅ」


 自然と口から溜息がこぼれた。までは良かったんだけど……安心して俺自身落ち着いたってのもあるかもしれない。


 いやぁ、なんとか引き離すことは出来たなぁ。ん? なんか右手が妙に温かいんだけど……


 直ぐ様感じる右手の柔らかくて温かい感触。その違和感に自然と視線がそこへと向かう。そして、その正体を目にした瞬間に俺は……ここに至るまで自分が何をしたのか、その一部始終を思い出す事となった。そう……


 はっ! 手……手握ってる? そそっ、そうだ。とりあえず恋を連れ去る為に恋の手握って……待てっ! その手はいつ握った? 恋と遭遇したのは丁度……1組の廊下辺り? それから無我夢中でここまで来たけど、今現在も握ってるって事は……ヤバイっ! 俺っ、恋の手を握りながら文化祭で賑わう校内を歩いてたって事じゃないかっ!


 目の前には、確かにガッチリと握られてる双方の手。自分の有り得ない行動を察知した瞬間、恋がどんな顔してるのか……想像するだけで恐ろしくなる。


 マズいっ、緊急だったとはいえあまりにも恥ずかしい思いさせたんじゃないか?

 そんな事を考えながら、恐る恐る恋の様子を伺っていくと、


「あっ!」


 なんという事か、偶然にも恋と目が合ってしまった。けど、その表情は驚いた様子で、到底怒ってる様には見えなかったのは嬉しい限りだ。


 えっと……とりあえず怒ってはないよな? かと言って……ヤバッ、なんて話し掛けたらいいか分からないんですけど?


「あっ……ツッキー?」


 おっ、ありがてぇ!


「ん? なんだ?」

「あの、手が……少し痛いかな?」


 手が痛い? ……あっ、連れ出すのに必死で結構な力で握ってんじゃないかっ!


「あっ、ごめんっ!」


 その言葉と共に勢い良く手を離すと、確かに、恋の手は若干赤くなっている。その状況を見ると改めて、自分がどんだけ必死だったのか……どれ程無我夢中だったのかが分かる。しかも、更に追い打ちをかける悲惨な恋の手……これには、


「ほっ、本当にゴメンっ!」


 とりあえず必死に謝る事しか出来ない。


「にししっ、大丈夫だよ?」


 本当か? その笑顔は本当なのか?


「それにしてもさ? いきなりはひどいよ。滅茶苦茶ビックリしたんだからね?」

「あっ……ごめん」

「でもツッキーの事だから、なんか考えがあっての事なんでしょ? 聞かせてもらいましょうか?」


 さすがは恋、察しがよろしい。それじゃあお聞きください? 


「単刀直入に聞くけど……恋、休むつもりなかっただろ?」


 どうだ? 否定するか? どうなんだ? 俺には分かってるんだぞ?


「……たははぁ、参ったな」


 えっ?


「ツッキーにはバレちゃってたのか」


 あっ……すんなり認めちゃうのね?


「あっ、当たり前だろ?」

「そんなに顔に出ちゃってたかなぁ?」


 いやぁ、まるっきりいつも通りだったけど、単に俺が気になっただけ……なんて言えるかっ!


「まる分かりだぞ? 皆も内心そう思ってたんじゃないかな?」

「あちゃー」


 そう言って、天を仰ぐ恋。けどその表情は本当にいつも通りで……明るい。だからこそ、あのまま気付かずに居たら、恋はどうなっていたんだろう? もしかしたら最悪な事が起きていたのかも? そんな事を考えると、我ながらゾッとする。


「なんかね? そんな気はしたんだ?」


 そんな気って……?


「廊下でツッキーこっちに来た時、なんかただ事じゃないって顔してたんだ? その時、ツッキーと目が合った時……自分の考えてる事が全部見透かされてる。そう感じちゃってさ?」


 おい、俺そんな険しい表情してたのか? サッパリ覚えてないぞ?


「でも……嬉しかった」


 そう言って、少し照れた表情を浮かべる恋。

 まぁ言うまでもなく、可愛いよね?


「結構プレッシャー感じててね? それでも総合責任者としてしっかりしないといけないし、皆もこんな私を頼ってくれるから……それに恥じないようにしなきゃって、勝手に張り切ってたんだ?」

「恋……」


「それ必死に隠してたのに、なんでにバレたの? って思って……最初は驚いたよ? でも、手を引いてくれるツッキーの背中見てたら、なんかホッとして……とっても嬉しい気持ちになったんだ?」


 背中って……なんか痒くなる言葉だなっ!


「だからツッキー? ありがとうございます」

「いっ、いや……そこまでかしこまらなくても……」

「でもー!?」


 あっ、何でしょうこの感じ? なんかあの方と同じ流れを感じるんですけど?


「あんなに強く握って、腕を引っ張り回すのはどうなの? 私だから良かったけど、女の子にとっては怪我の元だよ?」


 はははっ……やっぱり? しかもかなりの正論だから否定できないです。でもさ? 恋だからこそ、あんなに必死だったんだよ?


「恋だからこそ、あんなに必死だったんだ。ごめんごめん」


 ……あっ、ヤベっ。思ってる事普通に……


「はっ! ななっ、何言ってっ!」


 この距離じゃ聞こえないはずないですよねっ! ヤバイヤバイヤバイ、何とかしないとっ!


「いやその、そういう意味じゃっ!」


 そんな苦し紛れの言い訳をしながら、必死に恋に訴えかけてみたけど……どうやら恋も少なからず動揺を隠せないでいるらしい。

 焦った表情に、気のせいか少しだけ顔が赤いような気がして、それはそれで良い感じの表情……って、何考えてんだよ俺はっ!


「ふふふっ」


 あっ……笑った?


「ねぇ、ツッキー?」


 そんな、少しくだけた笑みの後に、


「なんだ?」


 恋が見せた、


「私ね?」


 飛びっきりの笑顔。


「お腹空いちゃたぁ!」


 明るくて、優しくて、


「おっ? 実は俺もなんだ」


 可愛いくて、安心する……


「えっ、本当?」


 そんな笑顔を、


「本当、本当。じゃあさ、一緒に食べに行こうぜ?」


 俺は……



「うんっ! 一緒に行こっ」



 いつまでも近くで見ていたい。



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