第129話 急に現実に戻さないでっ!

 



『ふぅん、やれば出来るじゃない? 恋に凜。あぁ後、シロも』


 どこか納得いかない言葉だけど、まぁヨーマのそんなお褒めの言葉を受けて数日。少し時間は掛ったけど、俺の考えた特集は晴れて掲載される運びとなった。

 皆どんな反応かは正直期待してなかったけど……思いの他運動部の連中からはある程度の共感を得ている……と思いたい。


『よぉ蓮。新聞読んだぞ? あれだろ? お前が考えてた特集って。しかしながら結構インパクトあると思うぜ? 陸上部内でも話題になってるし。とりあえず俺なんかは見た瞬間しばらく凝視してたからな?』


 なんせ直接の感想が耳に入ったのは、このクソイケメン委員長と……


『先輩っ! あの特集先輩が書き上げたんですよね? 俺マジで感動しました。まさか怪我っていういわばマイナスのイメージから、サポートしてる人達へ注目を寄せるなんて凄いっす!』


 そんのみだからなぁ。あぁは言っているものの、いまいち信用できないのはなぜだろう? でもまぁ……


「あっ、月城君。これから部活?」

「そうだよ、早瀬さんも?」

「もちろん。あっ、そう言えば月城君の特集、結構話題になってるみたいだよ?」


 女神様も言ってくれてるんなら本当なんだろう……優しい嘘じゃないよね?


「本当?」

「本当だよ!? だから私、最初見た時言ったじゃない? この特集は運動系の部活やってる人達の心に響くよって。実際私だってそうだったし」

「そっかぁ、なんかありがとうね? 早瀬さん」


 そう言ってくれると、少しは自信になるよ。自分だってそれなりに体も張って気合も入れたしね? そう感じてもらえる人が1人でも多く居るなら……突き進んで良かった。




「おっ、しろっち」

「あぁ北山さん。あれ? その恰好……」


 廊下の曲がり角、そこで出くわしたのは北山さん。いつも通り三月先生の所に向かうのかと思いきや、その恰好はいつもの半袖短パン姿じゃない。


「気付いたぁ? 今日から徐々にだけどキャッチボール解禁の許しが出てさ?」


 ほほう……ってマジ? もうそこまで回復したの!? マジで2ヶ月ちょいしか経ってないんじゃ……


「なにキョトンとしてんのさ? あっ、あれか? 練習ユニフォーム姿にドキドキしてんの?」

「そんな事より、本当にキャッチボールの許可出たの?」

「そっ、そんな事!? ……ふふっ、まぁいいや。マジだよ? 三月先生のお墨付きでね?」


 おいおい、マジで名トレーナーなのか三月先生は? それとも北山さんの回復速度が尋常じゃないのか? にしても、綿密なリハビリテーションの効果たるや……すげぇ。


「毎日欠かさずリハビリ行ってたもんなぁ。さすがの忍耐力です」

「にっしっし。だろだろ? でもなぁ、あんな記事書かれたら嫌でもやる気になるっての」


 あんな記事ねぇ。


「お気に召しましたか? 美少女アスリートさん?」

「うっ、止めろよっ! あの時はノリノリだったけど、実際に言われたら痒くなるんだよ」


「でも、気に入ったんでしょ?」

「まっ、まぁな? 若干美談が過ぎる気もしたけど……なんか自分の今までの記憶を見てるみたいだったし、写真も我ながら格好良かったし?」


 まぁ北山さんと沼尾さんから聞いた話そのままに、俺がちょっとだけ修正しただけなんだけどね? ちなみに写真は……完全に凜任せ。取材とかその辺も合わせて……やっぱ感謝しないといけないかな?


「満足して貰えて良かったよ。それじゃあくれぐれも程々にね?」

「あいよー、しろっちもなぁ」


 なにはともあれ、やっぱ嬉しそうだなぁ……北山さん。




 ガチャ


「お疲れ様でーす」

「あら、お疲れ様」


 おっと、ヨーマ1人だけか?


「他の人は休みですか?」

「采は用事らしいわ。後の人達は遅くなるってストメ来てた」

「そうですかぁ」


 桐生院先輩今日も休みかぁ、なんか最近休む事多いような気がするけど……


「そう言えばシロ?」

「はっ、はい?」


 なんだ? 急に呼ばれたら嫌な予感しかしないんですけど?


「あの特集……なかなか好評みたいよ?」

「えっ、あっ……ありがとうございます」

「反応薄いわね? 自分の考えた企画が認められてんのよ? もっと喜ぶものじゃない?」


 あの……喜びたいのはやまやまなんですけど、あなた絶対この後突き落とすじゃないですか? そのダメージをどうにかして減らしたいんですよ?


「でも、まだまだ煮詰める余地はあるかなぁって……」

「まぁそうかもしれないわ……」


 あっ、来る来るぞ? ドサッと落とされるぞ?


「でも、鳳瞭ゴシップクラブ編集長としては……鼻が高いわよ?」


 っ!?


 そう言って、椅子を颯爽と回転させて背中を見せるヨーマ。でも、俺は見逃さなかった。それが夢ではないのは確かなのに、それでも疑う自分も居る。

 しかしながら……まさに今起こった、いや? ヨーマが見せた表情は現実に他ならない。


 マジか? もしかしてヨーマの奴……笑ってた?


 そうそれは一瞬。一瞬だけどヨーマの口角が上がって、少しだけ表情が柔らかくなった気が……した。


「せっ、先輩?」

「何かしら?」


 かなりレアであろうヨーマの笑い顔に、動揺を隠せなかったけど、それ以上に気になってしまった俺は、何の考えもなくヨーマに話し掛けていた。

 しかしながら、その返事はいつものヨーマそのもの。まるでさっきの表情なんて幻の様に消え去っていく。


 あれ、いつも通りに戻ってる? マジで一瞬じゃんか。でも確かに笑ってたよな? 絶対にっ!


「あの……」


 そんな確証が心の中にあったけど……


「なんでもないです」


 ここで詰め寄っても、見事にスルーされるのは目に見える。にしても、ヨーマも笑うんだなぁ。こりゃ良いもの見れたわ。


「シロ?」

「はい?」

「用も無いのに私を呼ぶなんて……良い度胸ね」


 えっと……その……


「タイヘンスミマセン」


 やっぱり、怖ぇ!




 ふぅ。適当に取材行くって言って、なんとか脱出出来たわ。危なかったぁ。

 とは言っても行くあてもないし、適当に時間でも……って、あれは……


 それは廊下の先に薄っすらと見えるシルエット。そんな事ここでしてるってのを考えると、思い当たる節は1人しか居ない。

 徐々にその人物に近付くにつれて、そんな俺の予感は正しさを帯びていく。


 いやぁ、まさかだと思うけどあの人しか居ないよなぁ? 廊下の真ん中で、マットのようなもの敷いて? 片足立ちで、もう片方はあぐらかくようにめっちゃ上げて? 手は合掌って……ヨガかよっ!

 しかも廊下の真ん中で堂々とするんじゃないよ。


 そうそれはまるでオブジェの様に、廊下の真ん中で動く事なく佇む。目の前まで来てもそれは全く変わらない。


 このままエイってやったら、そのまま倒れ……


「なに変な事考えてんの!?」

「うおっ!」


 そんな悠長な考えなんて一気に吹き飛ぶ。だって目瞑って完全に瞑想してた奴がいきなり目見開いてデカイ声だしたんだぜ? 心臓止まるかと思いましたよっ!


「はっはっはっ!」

「はっはじゃないですよっ! 三月先生」


 残暑残ってますけど、一気に背筋ひんやりです。


「まぁまぁ、良い記事書いて体もウキウキでしょ? ちょうど良いクーリングブレイクよっ」

「そこまで水分欲してませんっ!」

「おっ、鋭い切り返し! ノッてる男は違うねぇ。坂っちも言ってたよ? あの2人には参りましたよって」


 坂っちって、坂之上先輩の事かっ! しかもあの2人って流れ的に俺と……もしかして恋?


「あの、確認の為に聞きますけど2人って、もしかして俺と……」

「もちろん、ひっしーだよ?」


 やっぱりかぁい!


「なんかグイグイ来て、全部包み隠さず言っちゃいましたよぉって坂っちタジタジだったよ?」

「マジですか?」


 通りで初っぱなから情報量凄いと思ったよ。こりゃ恋に改めてお礼言わなきゃな。


「まぁまぁ、鳳瞭ゴシップクラブ所属ならこれ位は朝飯前よね?」

「ははは……」


 あっ、忘れかけてた。一応顧問でしたもんね?


「それはそうと、ツッキーもう目星つけた?」


 目星?


「と言いますと?」

「やだなぁ、10月と言ったらあれしかないでしょ?」


 10月……? 何か……?


「忘れちゃった? 去年は大盛況だったよねー」


 大盛況って……あっ!


「可愛いメイドさんに……」


 そっ、そういう事かっ!


「色とりどりな執事達……」


 あぁ、出来れば思い出したくないんですけど……


「学園が誇る大イベント! そうっ!」


 もう、そんな時期なんですね……



「文化祭ですか」

「文化祭だよーっ!」



 ははは、やっぱり……思い出したくないんですけど!?



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