第127話 気が向けば来月辺りかな?

 



「はぁ、はぁ、はぁ」


 呼吸もままならない。心臓も痛い。足全体が鉛の様に重い。目の前には青々とした芝生。そしてそこに絶える事なく落ちていく汗。つまり……


 もうダメだー。


 そんな言葉すら出てこない位の疲労感。膝に手を当て、ぶっちゃけ早々に動く事なんて不可能に等しい。

 なぜだ? なぜ俺はこんなにも疲れている? 体験……のはずじゃ……


「月城さん、お疲れ様です」


 いつもならその声に素早く反応するんだろう、だが分かっちゃいるけど体が上手く反応してくれない。

 この声は、六月ちゃん? よっこい……しょっ!


「あぁ、おっ、お疲れ様……」


 遅れる事5秒後、俺は何とか上半身を起こして六月ちゃんと対面する。そしてその手の中に見えるペットボトル。


「これどうぞ?」


 六月ちゃんは満面の笑みと共に、それをこちらに差し出す。俺には、もはやそれは只の飲料水ではなくポーションの様に輝いて見えた。


「あっ、ありがとう」


 そのポーションを受け取ると、そそくさと蓋を開け、口にする。喉から体全体に沁み渡る爽快感……その美味しさに体全体がもはやカーニバル状態だ。


「ぷはっ!」

「ふふふ、良い飲みっぷりですね? なんかCM見てるみたいです」


 確かに……一息で一気飲みしてしまう程の美味しさだったからなぁ。


「そうかな? イケるかな?」

「今のムービーで残して置きたい位でした」


 そんなナイスジョークも言える位に回復した体。それにホッとしたのは紛れもなく自分自身だった。

 ふぅ、なんとか体も回復してきたかな? てか、やっぱ強豪校の練習きつすぎっ!


「でも月城さん、凄いですよ?」

「えぇ? なんで?」


 いやいや、同じメニューこなして平然としてる六月ちゃん見たら、一発で社交辞令だって分かるんですけど?


「それはですね……」

「俺達の練習について来れる素人なんて、今まで居なかったからな?」


 ……どっから来やがったクソイケメン委員長。しかも六月ちゃんの話遮るんじゃないよっ! しかも腕組んでニヤニヤしながら歩いて来やがって、なにか? 部活の部長が新入部員に対して興味を抱くシーンでもイメージしてんの?


「ついて行ったって、最後はボロボロだったぞ?」

「それでも途中で抜けなかったじゃないか! ここに居る1年生だって最初に練習した時はどこかで脱落してたんだぞ? 六月ちゃん以外はな? だよなっ?」

「あれはたまたまですよー、部長?」


 おいおい、なに六月ちゃんなんて気安くで呼んでんだ? なんかお前が言うとムカつくんですけど? いいか六月ちゃんって呼んでいいのはお……ん? あれ? その後に、六月ちゃんなんか言ってなかった?

 ……ぶちょう? ……部長!? 待て待て? ちょっとタンマ、ここに居るのは六月ちゃんと栄人だけ、もちろん俺は違うとなると、六月ちゃんが言った部長って……


「ん? ちょっと待って、部長?」

「えっ、あっはい」

「はっはっはー!」


「あの六月ちゃん?」

「なんでしょう?」

「その部長ってもしかして……」


「はい、こ……」

「2年2組片桐栄人! 学級委員長兼陸上部部長なのだよ!」


 はっ、はっ……


「はぁ!?」

「おっと、兼新聞部部員もなっ!」

「それは良いんだよ、けどな? 部長って!」


 部長って本来3年生がやるもんだろ? なぜにこいつが?


「いやぁ、先輩方たってのお願いでな?」

「お願いって……いくらそうでも2年のお前が指示すんのか? さすがに……」


「おーい片桐ー、ダッシュ何本にする? 5本?」

「おっと、ちょいと待ってくれ? 蓮。 せーんぱーい! 先輩方は昨日10本やってるので今日は3本で大丈夫ですよー! 今日は軽めにして流しましょー」

「了解ー!」

「おっと、ごめん。んで? なんだって?」


 うわぁ……なんか先輩方も滅茶苦茶ナチュラルに指示仰いでるんですけどー? しかも結構笑顔だし? 嫌々って感じでもないし? まさか、これ程までなのか? こいつの……こいつの……


「いやぁ、にしても本当に凄いぜ? ねっ、六月ちゃん?」


 天性のリーダーシップはっ!


「そうですよっ!」


 流石と認めるしかないか? しかしなぁ、なんだかそれもシャクに……


「おーい、蓮! 聞いてんのか?」


 おっと、


「あっ、あぁ」

「まぁ、いいや。あのな蓮?」


 いいってなんだよっ! くだらない事じゃないだろうな?


「なんだ?」

「なるべくなら言わないようにしてたんだけどな、お前のポテンシャル改めて目の当たりにしたら……やっぱ無理だわ」


 ん? なんだなんだ?


「なんだよ? ハッキリ言えよ?」

「蓮、お前の本気で陸上やってみないか?」


 はぃ?


「いやいや、冗談キツいって」

「冗談じゃないよ、俺は本気だ」


 本気だって……まっ、マジか? って、栄人のやつ滅茶苦茶真面目な顔してんじゃん? これは……滅多に見られないぞ? 本当に……本気なのかよ?


「マジで言ってんのか?」

「大真面目だ。俺は陸上に関しては冗談でものを言うつもりはないぞ?」

「確かに、私もそう思います。練習見る限り、月城さんの体力はもちろん、フォーム的に短距離向きだと思います」


 六月ちゃんまで? こりゃどうやら……


「ありがたい事に、短距離と走り幅跳びの両エースからのお墨付きかぁ」

「あぁ、どうだ?」


 陸上かぁ、ぶっちゃけ考えてもなかった。ただ走るのは得意な方だって思ってた位だしね。でも、人から認められるのは……悪くない。


 自分の存在を認められてる気がして、嬉しいさ? けどなぁ、


「ありがたい話だよ」

「本当か? なら!」

「けど、今は丁重にお断りするよ」


 俺は新聞部員であり、今まさに全うしなきゃいけない事の最中なんだ。桐生院先輩や、俺を新聞部に誘ってくれた葉山先輩。そして恋……。そんな人達を裏切る訳にはいかないんだよ。


「そうかぁ、なら分かった。後は何も言うまい!」

「えっ、部長?」


 分かったって……切り替え早っ! なに? 格好良く決めた俺の努力返してくれます?


「本人の気持ち次第なんだ。そこは尊重しないとな!」

「悪いな」


 こういう所は後腐れなくて、すげぇって思うよ。


「部長がそう言うなら……」


 まぁ、嬉しいかな? 六月ちゃんは名残惜しそうだけどね。


「でもまぁ、実際に練習して見ると色んな事が分かったんじゃないか? どの部位を使うのか、どう力が入り、どの部分を痛めやすいとかさ」


 その点に関しては、かなり理解できる。実際にその動きをする事で、自ら経験する事が出来たからな? まさに体感型部活動! ですけどね……


「それは分かるけど……正直もはや筋肉痛で全身痛いから、細かい部位まで分からないんですけど?」

「はっはっはっ、それは日頃の運動不足を呪うがいい」


 こいつ……やっぱムカつくわ。


「まぁ、たった1日だと見えない部分も有るだろうし? いつでも我ら陸上部はウェルカムだからな?」


 確かに栄人の言う通りだ。実際にその部活の練習を体験する事によって、自らの体にその衝撃を覚える事が出来る。これが分かるだけでサポートする際にも役に立つし、記事にする時も詳細までイメージできる。


 この体験入部は、この特集を書く上で……滅茶苦茶有用かもしれない! だがな?


「せっかくだけど、後1ヶ月は遠慮するわ」



 陸上部! お前らの練習はある意味トラウマもんなんだよっ!



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