第125話 夢

 



「なぁ、栄人お前将来の夢は?」

「将来? そりゃ短距離界で唯一無二の存在になる事だよっ!」


「そん、お前は?」

「日本をワールドカップ優勝に導く事に決まってるじゃないですかっ!」


 それは、いつもと変わらない登校の風景。そんな中で熱く夢を語る残念イケメンとおバカショタ。

 いや、その話題振ったのは俺なんですけどね? 


「そして俺はいずれ9秒台を出し、勿論リレーにだって……」

「海外へ移籍して実績を残して……」


 まさかこんなにも熱がこもった返事をしてくれるとは思わなかったよ。でも、やっぱ運動系の部活に所属してる奴らはその道っていう夢持ってるんだよなぁ。




「えっ、夢?」

「うん、将来の夢」

「うーん、勿論陸上でオリンピックに行きたいってのはあるかな?」


 やっぱりそうだよなぁ。早瀬さんも期待の星と呼ばれる位だし……


「あぁ、でも……」


 ん?


「最終的には……お嫁さんかな?」


 ドーン! はい、やられました。良く口にする人は居るけど、目の前で? しかも女神様が? 恥ずかしがって? そんな姿見せられたら見事に打たれますわ。


「おっ、お嫁さんかぁ」

「うん。だからさ? ある意味オリンピック目指すってのも通過点なのかな?」


 なっ、なるほど……必ずしも競技だけが最終目標ではないって事かぁ。女子ならではだよな?


「ちなみにお嫁さんって事は、誰のお嫁さ……」


 うおっ、なんかもの凄いスピードで走り去ってしまったんだけど? 滅茶苦茶速ぇ……




「おい、明石」

「ん? どしたの月城?」


「お前って将来の夢あるの?」

「あるの? って失礼だなぁ。もちろんだよ」


 おっ、科学部の明石の夢かぁ……まぁ恐らくそっち方面だと思うけど。


「ちなみに?」

「僕の夢は無限に活用できる科学燃料を開発する事さっ!」


「科学燃料?」

「ふふふ。今の日本は様々な方法で電力等を作り出しているじゃない? そこで例えば燃料Aから電力と不純物が出来るとする、そして不純物が加工され燃料Aになり、再び電力と不純物を……てな具合で無限ループ出来たらさ? エネルギー問題も解決出来ると思わない?」


 なんか、大層な事言ってるなぁ。まぁその理想に関しては十分理解できるけど。


「あっ、あぁ」

「でしょ? だからさ? それが僕の夢なんだっ!」


 うおっ、なんだこの眩しい笑顔はっ! まるで夢に一直線な少年の様にキラキラしてるじゃないか! しかし、これ位希望に満ち溢れてるってもの凄い事なんだろうなぁ。明石の意外な一面だ。




「おっ」海璃」

「ん? あぁ、なんだお兄ちゃんか」


「なんだとは何だよ。これから部活か?」

「ちょっと用事済ませてから行こうと思ってる」

「ほうほう」


 海璃か……何にも考えてない感じはするけど、一応聞いとくか?


「なぁ海璃」

「なんだいお兄ちゃん?」


「お前将来の夢とかある?」

「将来の夢……」


 おっ、これは紛れもなく夢がないパターンでは? しかしながらやっと同類を見つけたと思っても、家族じゃあ……


「公務員」


 こっ……ん?


「うん?」

「公務員」


 こっ、公務員? おいおいマジで言ってんのか?


「お前マジで言ってる?」

「いやいや、大真面目だよ? 折角鳳瞭に入れたんだから、私は安定を目指すね」


「安定って……」

「どうなるかは分からないよ? でも一般企業よりは倒産のリスクも低いだろうし、福利厚生も確立してそうだし? 安定安定ド安定で安心さっ!」


 確かに安定感はあるよなぁ……


「いい? 株とか絶対やらないよ? なんかお兄ちゃんは一発逆転狙って……」


 おい、独り言か? バッチリ聞こえてるぞ? ナチュラルに兄をバカにするんじゃないよ。それでもまぁ、海璃なりに将来の事考えてて、少し……どころかかなり驚いてるわ。


「だからってギャンブルもダメよ……」


 お前、俺にどんなイメージ持ってんだよっ!




 ガチャ


「あらシロ、お疲れ様」

「お疲れ様です」


 おっと、今日はヨーマ以外はまだ来てないのか。ヨーマかぁ……って言ってもこの人の場合葉山グループの後を継ぐんだろうさ? でも、参考までに一応聞いておこうかな?


「あの、先輩?」

「何かしら?」


「そのー、先輩将来の夢ってありますか?」

「はぁー」


 うっわ、思いっきり大きな溜息つかれたんですけど?


「シロ? あまりにも愚問だわ」

「あっ、そうですよねー」

「分かってるんじゃない。もちろん葉山グループを継いで、更に発展させる事が夢よ? 今の所はね?」


 ん?


「今の所……ですか?」

「まぁね。紛いなりにも私だって他にやりたい事位あるわ?」


「えっ、どんな事なんです?」

「なんでシロに言わなきゃいけないのよ」


 はっ! 怖っ!


「ソウデシタナンデモアリマセン」

「まぁ、おそらくそれをパパ達に言ったら賛成してくれるとは思うわ」


「じゃっ、じゃあ……」

「娘の進むべき道を後押ししてくれる……そういう両親だって自分が1番知ってるのよ。例えそれが自分にとって悲しい事であってもね?」


「悲しい事?」

「それが分かってるからこそ、私は安易に言えないし、もちろんパパ達を悲しませたくはない。だから……今の所の夢って感じかしら?」


 なるほど……。


「まぁ……だからと言って諦めるつもりなんて毛頭ないけどね」


 はっ、はい?


「ん? それってどういう……」

「はぁぁー」


 うっわ、心なしかさっきよりデカい溜息つかれたんですけど!?


「シロ? だから言ってるじゃない? 私が夢を追えばパパ達は悲しむ」

「そうですね……」


「だったら……両方叶えてしまえばいいのよ?」

「りょっ、両方?」


「パパ達が喜んでくれる夢を叶えつつ、自分の夢を叶える」


 なっ、なんて贅沢な。しかしだなぁ……


「でもそれって実現出来るものなんですか?」

「実現できる? じゃなくて……実現させるのよ? シロ」


 はっ! でた! 謎の強気発言! でも、親の後を継ぐ事が必ずしも=本人の夢な訳じゃないもんなぁ。必ず諦めなければいけない時もあるのか……まぁヨーマはそんな気サラサラないみたいですけどねっ!




「ふぅ、つっかれたぁ」

「なんか、いつもの倍以上は疲れたよ」


 学園から寮までの帰り道。横には恋が居て、それはまるで昨日と同じ状況なんだけど……1つ違うのは、坂之上先輩の話を聞いた後の重い感じを幾分か忘れ去っていた事だった。


「にししっ、早速ダメ出しされたもんね?」

「ありゃひでぇよ。見て早々だぞ!?」


「まぁねぇ、鬼辛の凄さを目の当たりにしたね」

「鬼過ぎるし、辛過ぎるよ」


「確かに。でもさ、だったらもっと頑張ろっ?」

「そうだな。頑張ろう」


 恋にそう言ってもらえると、やっぱ元気出るわ。あっ、そうだ、あの話恋にも聞こうかな? なんか恋の事だし、将来のビジョンとか見据えてそうだけどね。


「あっ、恋?」

「んー?」


「ちょっと聞きたい事あるんだけどさー」

「おぉ、なんだぃ? なんだぃ?」


「恋って将来の夢とかある?」

「……夢かぁ」


 ありゃ? なんか反応が……てっきり速攻で言い出すと思ってたんだけどなぁ。


「んー、恥ずかしながら全然考えてないよ」


 おっ、マジか?


「そうなのか? なんか意外だわ」

「にしし、なんか今の生活が楽しすぎて、逆に将来の事考える必要ないのかも」


 それ本当か? でも……分かる気がする。


「なんだよそれっー。でも分からなくはない」


「えっ? でしょでしょ? あれっ? という事は……」

「正解。俺も将来の事なんも考えてなかった」

「そなの? なんか意外すぎ!」


 意外……なのか?


「意外じゃないだろ? でもさ、将来の夢とか持ってる人ってすげぇよな。そこに一直線なんだぜ?」

「夢=目標だもんね?」


「そしたらさ、俺ってなにやってんだろって思っちゃってさ?」

「うわっ、ツッキーっぽくないネガティブ発言っ!」


 ぽくないってなんだよ? 俺って結構ネガティブの塊だと思うんですけど?


「ぽくないって……」

「まぁ、気持ち分からない気もしないけどね?」


 おっ、やっぱ恋も同類か?


「でもさ、ツッキー?」

「うん?」

「夢って無理矢理作るもんじゃないよ?」


 ほっ、ほほぅ?


「それって……」

「多分さ、夢って作るんじゃなくて……ふとした時に生まれるんだよ」


 生まれる……?


「ふとした時に生まれる?」

「そうそう、だからね? 私達はまだその時じゃないんだ。でもさ、絶対に来るんだよ? 心の中に自分が求める夢が生まれる瞬間って」


「恋……」

「だから、焦らなくても良いんじゃない? だって、隣に私だって居るしね?」


 隣にねぇ……じゃあずっと居てくれよ。俺の隣にさ?


「ははっ、だな? でもさー抜け駆けして1人だけ居なくなるのは無しな?」

「それはツッキーに言いたい位だよ?」


「ははっ」

「ふふふっ」


 夢は作るんじゃなくて、生まれてくるかぁ。なんかさ、焦ってた自分がバカみたいじゃん。でも、やっぱり恋の言う通りかもね?

 まぁだったら……このままずっと恋と2人きりで、



 夢が生まれるのを待ってても良いかもなぁ。



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