第124話 どっかに落ちてないですかね?夢とか希望

 



 ―――僕は君達の事妬ましく思ってる。だけど……心底羨ましい―――


 廊下を歩きながら、そんな坂之上さかのうえ先輩の言葉が頭から離れない。


 自分で提案した特集のくせに、実際話を聞くとその重さって半端じゃなかった。

 なんだか、なんだか……今の自分はこれで良いのかって、根本から考えさせられる。そしてつくづく感じてしまうよ。自分がどれだけ恵まれているのかを……


 そう考えるとさ、恋に申し訳ないよな? 俺の取材に無理に付き合ってもらってさ?


「ツッキー?」


 恋がすぐ横に居て、普通なら嬉しいはずなのに……今はそんな気分にはなれなかった。


「なんかごめんな? 俺が提案した特集なのに、無理に恋に付き合わせちゃってさ? それになんか変な気持ちにさせちゃって」

「ううん。全然大丈夫だよ? だってさ……日本にはさ? 世界にはさ? こういう人達たくさん居るってのが現実なんだもん」


 確かに……そうだよな。


「確かに。皆が知ってるか知らないかの問題だよな。それにさ、過去を話してくれるなんて傷をえぐる様なもんなんだよね。それを思い出すのは辛いよ。注目を浴びてた選手であればあるほどにね?」

「うん……はぁー、制服取り換えて入れ替わりぃなんて騒いでたのがバカらしくなってきちゃうよ」


「かもな。俺だって必死に否定して騒いでたのが恥ずかしいよ」

「やっぱり?」


 やっぱりだよ。苦しんでる人が居るってのに、ケガ1つしてない奴が暢気に遊んでるなんて分かったら、誰だってそんな気持ちになるさ。


「じゃあ……とりあえず今日の話まとめてくれるかな? 俺も自分なりにまとめるから。できたらデータ送って?」

「了解っ! じゃあ……私、部室寄って帰るからここでっ。ツッキー? お疲れ様」


「おうっ、恋もお疲れ様。それとありがとう」

「お礼を言うのはまだ早いよ? 彩花先輩が満足できる記事にしないと新聞に掲載出来ないんだよ? しかも誰かさんのせいで今回の評価は鬼辛になっちゃったし?」


 誰かさんのせいって! 元はと言えば恋が笑ってたからじゃないかっ!


「ちょっと待った! その誰かさんって勿論恋……」

「じゃあー、バイバイツッキー」


 うおっ、汚いぞっ! 都合が悪くなったら一目散に逃げやがった。にゃろめー! ったく、でもまぁ、俺もこの件に関しては……手抜けなくなっちゃったしね。




 ふぅ。晩御飯も食べて、大浴場でサッパリもした。ホントならここからリラクゼーションタイムの始まりなんだけど、今日はその前に大事なお仕事がありますよっ。


 俺はおもむろに椅子へと腰掛けると、1度腕を上に伸ばして……パソコンの画面に目を向ける。


 さて、じゃあ今日のお話をまとめようか? 

 そしてキーボードの横に置いてあるメモ帳。それに手を伸ばし、附箋の張られた部分をゆっくりと……開いて行く。


 3年6組、坂之上さかのうえ龍之介りゅうのすけ。ヨーマの紹介で取材快諾してくれたナイスガイ。もしかしたら秘密裏に何かがあったのかもしれないが、知る由はない。


 身長185センチ、体重100キログラム。1・2年とインターハイを制し、オールジャパン選手権では高校生ながら準決勝まで勝ち上がるなど、その恵まれた体格から超高校級の逸材として注目されていた。

 しかし、練習中に左膝の前十字靭帯を断裂。その後手術を受け、回復したかに見えたが、今度は右膝、さらに再び左膝十字靭帯に故障をきたす。その後、本人の希望によりマネージャーとして柔道部に所属。


 っと……もはや最初の触りだけで痛い気持ちになるんだけどね? しかも話してみたら滅茶苦茶良い人だったんだよなぁ。




『なるほど……』

『まぁ、大体はそんな感じかな? それでさ、自分の体の事自分自身が知ってなきゃダメだと思ってね? リハビリテーション学科にしたんだ』


『やっぱり、そういう知識が有るのと無いのとでは……全然違います?』

『うん。全然違うね。人体の構造なんて、全然知らなかったしさ? それに体のケアだって、柔道やってた時は雀の涙程度だったし……ある意味衝撃受けたよ。それにさ……』


『それに?』

『そんなんだから体……壊れちゃうんだよって、納得もした』


 納得かぁ……。


『だからこそ今の僕に出来る事は、正しい知識を身に着けて、部員の皆が僕みたいな怪我をしない様にサポートする事なんだって思ってる』

『あっ、あのっ! 少し気を悪くするかもしれませんけど、聞いても良いですか?』


 おっ、恋からの質問か? 怪我の辺りではあからさまに顔伏せてたけど、大分良くなったのか?


『なんだい?』

『坂之上先輩は……未練はなかったですか?』


 未練!? ちょっと待て! 折角話してくれてるのに、更に傷えぐってどうするんだよっ!


『未練か……なかったよ』


 あれ? 意外と普通……?


『なかった?』

『そりゃ左膝2回やっちゃった時は絶望しかなかったよ。顧問の三上先生にも言われたしね? 君の体はもう柔道に耐えられないって……』


 うっ、聞いてるこっちもなんだか気持ちが重くなるなぁ。


『でも、受け入れるしかなかった。だからさ、未練ってものはなかった……いや? 感じる時間すらなかったのかもしれない。でもさ、僕柔道好きなんだ? だから……リハビリテーション学科で知識付けて、皆をサポートしたい。だからこそ、それを行動に移すのに時間は掛からなかったよ』


 でもなぁ、坂之上先輩常にニコニコして話してるけど……その内にある気持ちは分からないんだよね。だってさ、もし自分が超高校級の逸材と呼ばれてたのに、その道が絶たれたなら……俺だったら一生引きずるよ? そう考えたら、坂之上先輩のメンタルって相当……


『そう……ですか。じゃあ今は未練でいっぱいって事ですね?』


 はっ、はぁ!? おい恋! 未練はないって言ってるじゃないか? どうした変な事言って?


『おい、れ……』

『今は……未練で?』

『はい。だって、未練が無きゃマネージャーになってまで柔道に携わる訳ないじゃないですか。私はてっきりそうだと思ってましたよ? たぶん最初は本当にそんな事考えてる余裕なんてなかったのかもしれないですけど、知識を学んで、違う場所から柔道に接していく内に自然と生まれてきたんじゃないですか?』

『そっ、それは……』


 おいー! なに、どした? 急にヨーマみたいな口調になりやがって。ほら坂之上先輩もちょっと困った顔になってんじゃん? これで取材はおしまいとかって言われたら材料が少なすぎて……詰むぞっ!


『……ふふっ。はははっ』


 えっ? 笑った? 笑ってます? 坂之上先輩?


『さすが葉山さん率いる新聞部の部員さんだ。痛い所ズバズバと突いて来るなぁ』

『にししっ、約2年間程鍛えられたので。でも確証はなかったんですけど……大体は合ってました?』

『敵わないなぁ。大体どころかほぼ全部だよ?』


 ……嘘でしょ?


『練習を見ている度に、僕だったらこうするのに、なんで投げない? とか考えちゃうしさ? リハビリテーションの知識が身に付く度に、なんで俺はこんな簡単なケアすら出来なかったんだ? とか後悔しか浮かばなくてね?』

『なるほど……でも、ある意味その未練が今の坂之上先輩を動かす原動力なんですよね?』


『うん、その通り。だから自分でも何気なくさっき言ってたのかもしれないね? 未練は……なかったって』

『私もそこ、ちょっとだけ気になってたんですよー』

『本当? さすがだなぁ』


 おーい、俺は全然気が付かなかったんですけど? てか、2人で置いてかないでー?


『とまぁ、今はそんな感じだからさ? モチベーション的には問題ないんだ。でも……さっき言った通り未練タラタラなのは事実だからさ?』



『僕は君達の事妬ましく思ってる。だけど……心底羨ましい』




 妬ましいけど……羨ましいか……

 その言葉はやっぱりどこかで引っかかって、どこか煮え切らない。


 俺は、この鳳瞭学園に安息を求めてやって来ただけなんだよな。まぁ現状はそうとも言い切れなくはなってますけど? まぁ言うなれば将来も夢も何も考えずにただ……来ただけ。


 でも他の人達って違うんだろうな。部活で頂点を目指したい人、科学とか専門分野で活躍したい人。そういう人達でいっぱいなんだって、改めて認識させられたよ。


 そう考えると、自分の夢って何だろうな? 自分が出来る事って何だろうな。


 考えれば考える程、それは難しくて……スリープ状態になった、パソコンの画面に映る顔は、


 とんでもなく不細工だった。



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