第123話 面白半分

 



 少しだけ目が見開き、小さく呟いたその言葉を俺は聞き逃さなかった。


 嘘? 嘘って言ったよな? マジか、マジで……


「なっ、何言ってるのさ蓮?」 


 目の前の凜……の姿をした恋は一瞬でそれを否定したけど、時すでに遅し。そもそもその動揺の仕方や仕草なんて、ここ1年で何度も目にし、見慣れた光景。まぁある意味それを見た瞬間俺の予想は確信に変わっていた。


「いや、その動揺の仕方は明らかでしょ?」


 この動揺の仕方……明らかに恋じゃねぇか! つうかバレバレだっつうの。それにしても何でそんな格好? てか髪どうした? そもそもどうして凜の姿に? 聞きたい事が山程ありすぎるんですけど?


「ちっ、違うよ? 私は高梨……」


 まぁだ認めないつもりかぁ? 仕方ないなぁ。じゃあもうちょっとだけ……


「どんだけ姿似せてもさ? 1つ1つの動作とか仕草。それに……雰囲気で分かるよ? 日城恋だってね?」


 こんな感じの意地悪はどうかな?


「はっ! なっ! 仕草!? ふっ、雰囲気!?」


 ほら、まさにその事なんだよ。


「とりあえず聞きたい事は沢山ある訳ですが」

「えっ、ちょっ……」


 この期に及んでも恋は言い訳じみた事を呟きそうだったけど、その辺を俺は華麗にスルーし、


「もうじきホームルームも始まるし、詳しくは休み時間に聞くよ?」


 少し小声で恋に呟いてみせる。そんな自信満々な俺の姿に、恋もついに観念したんだろう。


「なっ! ……あぁもう。なんで分かっちゃったの?」


 俺の方へと顔を近付けて、少し悔しそうに……自ら敗北を宣言したのだ。


「ふふふ、俺を舐めないでもらおうか?」

「もうー」


 ガラガラ


「はーい、みんなおはよう!」

「ほらっ、三月先生も来た事だし、とりあえず座りなよ?」


「わっ、分かったよっ」

「凜の席分かるか? 真ん中の……」

「しっ、知ってるもん!」


 恋はそう言うと急ぎ早に凜の席へと向かって行く。若干膨れっ面になってたけど……あれはあれで可愛い。


 しかし、そうなるといきなり気付いちまったのも可哀想だったのか? 


 そんな事を考えながら、恋の後ろ姿を眺めて見るけど……見れば見るほどその後ろ姿は似ている。まぁ顔と声は似てるし、しかもどういう事か知らんが髪の毛も長くなってて……これじゃあ普通の人じゃあ分からないかもしれないな。


 でもまぁ……色々聞きたい事は山積みなんですよね? 休み時間まで……じっくり観察でもしましょうか。




「ツッキー酷いよ」


 休み時間早々、恋のクレームが俺を襲う。しかしながら仮にも他の人にはバレてないんだからさ? 教室にあんまり人が居ないとはいえ一目散に俺のとこに来るという行動はいかがなものなんだろう。


「酷くはないだろ? それに幸い俺以外は気付いてないみたいだし? 先生方も普通に高梨さん? って言ってたじゃん」

「それはそうだけど……ツッキーには一発でバレちゃったじゃんっ!」


「それは仕方ないだろ?」

「仕方なくなぁぁい」


 いやぁ、そんな怒られてもなぁ……。てかチョイ待ち? 怒られる以前に、俺だって君に? いや君達に聞きたい事があるんですよ? 


「いやいやぁ、そもそもなんでこんな事しようって思ったの?」

「そっ、それは……」


「楽しそうだから?」

「うっ、うん……」


「はいっ、どちらからの提案ですか?」

「……提案? わっ、私だよっ!」

「ほほぅ」


 いや? この恋の絶妙な動揺具合……間違いなく提案者は凜の可能性が高いな。もしも自分だったら、おどけて普通に話すはずだし? ……嘘をつくのが苦手な恋の姿そのものなんですよねぇ。


 けど、また頭から正解言ったらさすがに可哀想だし……とりあえず順々に聞いていきますか?


「じゃあ、その髪の毛は?」

「これは……ウィッグ」

「ウィッグ? なるほど付け毛みたいなやつか」


 付け毛ねぇ……確かに話聞くまでは全然気付かないよな。


「じゃあさ、恋の振りした凜は髪形どうなってんの? 見てないから分からないんだけどさ?」

「聞かれたらウィッグ付けてるって言うみたい。でも露骨に長いのは先生とかの目に付くだろうし、後ろで結って目立たなくはしてたよ?」


 なるほど? そこまで用意周到……だとしたらそのウィッグの持ち主も誰かは想像つきますけどね?


「ちなみにそのウィッグは誰の?」

「えっと……凜から借りたんだ。去年京南の学園祭で使ったみたいでさ?」

「そうかそうか」


 これでハッキリしたな? この入れ替わりの提案者は凜で、ウィッグも準備済み。けど、なぜそれをやる必要がある? まぁ楽しそうって単なる好奇心も有り得るけど……タイミングがおかしくね? だって昨日さあんな事あったんだぞ? 少しは俺も気を使ってた訳で、ストメの友達登録なんてしちゃってさ? 


 まさかっ! あの後普通にストメしてきたのも、俺をあんな心情にさせるための罠だった!? そして警戒心を緩ませた後に、この入れ替わりを実行したのでは? だが、その明確な目的が分からないのも事実……


「でもさぁ、本当にビックリしたよ」


 ん?


「まさか朝の挨拶で見破られちゃうなんてさ? やっぱり私達って皆が言うほど似てないんじゃないかな?」


 いや? ぶっちゃけ顔と声は結構似てるよ? けどさ、


「だからさっきも言ったじゃん? 恋と話してる時の雰囲気忘れる訳ないだろ? 安心すんだから」


 …………


「あっ、安心!?」


 あっ、やべっ。全く何も考えずに思った事言っちゃったぁぁ! なんとか、なんとか誤魔化さないとっ!


「いきなり何言ってんのさっ!」

「あっ、いやそのっ! これはあのー」

「でも……」


 ん? でっ、でも……?


「そんな風に思ってくれてるの……嬉しい」

「おっ、おぅ……」


 視線を外して、ちょっと恥ずかしそうに話す恋。そのはにかんだ笑顔の破壊力たるや……


 やっぱり反則だよっ!




「それで? 発案者は誰かしら?」


「凜ですっ!」

「ツッキーです!」

「蓮です」


 はっ! うっ、裏切ったな!?


「へぇ……シロ? あんた結構な趣味持ってるわね?」

「いやいやっ! それは違い……」

「あら? そうなの? 2人とも? …………違うみたいよ?」


 くっ、お前ら……息ぴったりで顔横に振ってんじゃねぇか! いやいや、ちょっと待て? それ以前にどうして俺はヨーマに攻め立てられてる? ……そうだっ! 昼休みに凜も呼んで、バレてるって……




『なんだ、バレちゃったのか』

『そうなんだよー』

『なに残念そうにしてんだ。てか、なんでこんな事を? 興味本位だとしてもバレたら色々面倒くさいぞ?』


『特に理由はないんだけど……皆が似てるって言うからさ? もしかしたらバレないかなって? それに恋ちゃんに話したら意外と興味津々だったし』

『ほう? 興味津々?』

『ほっ、ほらぁ! ツッキーも似てるって言ってたじゃん? それにちょっと楽しそうだったしさぁ』


 はぁ、提案者は凜でも、それに見事に乗っかったって訳ですかぁ。まぁ、これ系の言わばドッキリ的なやつは嫌いじゃないけど……


『あのなぁ、だとしても授業中はダメだろ?』

『えぇー』

『えぇー』


 ハモるんじゃないよっ!


『えぇーじゃないよっ!』

『だって実際ツッキー以外にはバレてないし? ねー?』

『そうだよねー?』


 こいつら……なんか無性に腹が立ってきたんですけど? まず、俺以外にバレてないってのがダメなんだよな? しかし、俺以外にこういうに鋭い人っているか?


『たぶんこのまま放課後まで気付かれないと思うんだけどなぁ』

『うん。多分大丈夫よね?』

『このまま部活まで行っちゃおっか?』


 ん? ……はっ! 部活!? そうだ、そうだ! 我が新聞部に居るじゃないか? こういうのに鋭そうな悪魔が!


『分かった、そこまで言うなら俺も何も言わないでおくよ』

『えっ、本当? ツッキー?』

『ただし! 条件がある!』


『条件?』

『なぁに簡単な話だよ。我らが新聞部部長、葉山彩花先輩が気付くか気付かないか……』

『彩花先輩かぁ……』

『俺以外に気付く人が居れば、今後学園での入れ替わりは禁止な?』


 ふふふっ、多分ヨーマ相手だとしても、この2人の自信を見る限り……乗ってくるに違いない。正直興味本位って言ってはいるけど、それもいまいち信用出来ないんだよ。提案者が凜だからな?


『なるほど……要は葉山先輩と私達の勝負って事ね?』

『まぁお前達は自信満々みたいだし? これ位余裕だろ?』

『まぁ、そりゃ自信はあるけど……』

『どうする?』


 …………


『受けて立つ!』

『やるわ』




 そうだそうだ! この流れだったんだよ? けど、要のヨーマが……


「全く、人の事バカにしてほくそ笑むなんて最低よ?」

「いやいや、俺は笑ってないですって!」


 それは違うぞ。騙されてる最中、最初に笑ってたのは恋じゃないか! それに……俺も釣られたんだよ? なのにその瞬間に俺の顔見てさぁ?


「私は嘘は付かないわよ? シロ? さぁ……何をしてもらおうかしら?」


 嘘だろ? 嘘だろ?


 ガチャ


「今日もなんだか賑やかだねぇ」


 明らかな劣勢。そんな時突如現れてくれたのは……桐生院先輩だった。今の俺にとってその姿はまるで神様の様に神々しく見える。


 あぁ、桐生院先輩。ナイスタイミングです! どうか俺の話を聞いてください、どうか俺をフォローしてください。


「あれ?」

「どうしたの? 采?」

「日城さん達、どうしたの? 制服。それに髪も……あっ、ウィッグってやつ?」


「えっ?」

「えぇ?」

「はっ?」


 はっ、はぁ? 桐生院先輩? あなた分かってるんですか? でも、でもなんでそれを?


「はぁ? 采? あんた分かってるの? あっ、シロ? あんたストメしたわね?」

「しっ、してないですよ!?」

「嘘付くんじゃないわよ」


 そんな事出来るほど余裕なかったでしょうよ! それにしてもなんで桐生院先輩は……


「きっ、桐生院先輩? なんで分かったんですか? 私達入れ替わってるって……」


 その通りだ、恋。


「あっ、やっぱりそうだったんだ」

「采、答えなさい?」


「うわっ、そんな怒って言わないでくれよ彩花」

「はーやーくー」


 うわぁ……怖っ! てかなんだか桐生院先輩巻き込んでしまって申し訳ありませんっ!


「いや……だってさ?」

「だってぇ?」


「日城さん達、いつもと座ってる席逆じゃない? それに、椅子にかけてるリュックだって逆だしさ? 席は偶然だとしても、リュックまで違ってたら変じゃないかな? だからてっきり皆して面白半分に制服交換して、ウィッグ付けて遊んでるのかなって」


 …………


 桐生院先輩、後で一緒にヨーマにやられましょう? 


 でも一言だけ……あんたやっぱ、凄いし最高だよっ! 



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