第122話 鳳凰明瞭

 



 部屋のベッドに横になって、何をする訳でもない。俺はただ自分の右手を高々と上げて、それをじっと見ていた。


 そんな手を見つめながら、頭に過るさっきの出来事。

 凜の事は警戒していたし、出来れば話もしたくないし、近付いて欲しくもない。心ではそう思ってて、それらしき行動もしてきたつもりだった。けど……


 あれって……暴力なのかな?


 凜に対して直接的に拒否したのは……あれが初めてだった。

 この右手は、確かに凜の手を払い除けた。今になってもどうしてあんな事したのかは分からないし、そこまでするつもりなんてなかった。


 ただ、昔の光景を思い出して、懐かしい気持ちになってたのは覚えてる。だからあの時と変わらずに手を……差し伸べたんだ。

 だけどその寸前で頭の中が真っ黒い何かに覆われてさ、そして……そして……あの悪夢が蘇ったんだ。悪寒が体全体を襲い、胸が苦しくて……気付いた時には、俺は凜の手を……


「ははっ……ざまぁないな」


 なぜかやった本人が1番驚いてるんだぞ? これは傑作だ……。それにさ、凜……


『ごめんね……蓮』


 あれってどういう意味だよ。何に対してだよ。


 あの日の事か? それとも噂が広まった事か? まぁその辺、詳しくは聞いてないけどさ? でも確か立花は言ってたな、信用はしてなかったけど……噂はあったって。

 その件についての謝罪なら何となく分かる気もするけど……何もあのタイミングでするか? 仮にも手を払われた後だぞ? 俺だったらいくら腹積もりしてたとしても、あそこでは謝れない。


 って言っても、手払って傷付けたのは事実か。どんな理由であれ女の子に手を上げるなんて……自分自身が情けない気持ちになる。


 ピロン


 ん? ストメか……

 そんな俺の耳に入るストメの音。こんな時、恋からストメが来てくれたらどんなに嬉しいだろう。あの他愛もないメッセージが今はとんでもなく恋しい……なんて俺の願いは瞬く間に消えていく。

 だってさ、画面に現れた名前は……


【高梨凜さんからメッセージです】


 凜だったんだから。


 凜? なんだよ? さっきの出来事の後で、よくストメ出来るな? いや? もしかしてさっきの事に対して脅しに掛かってるのか?


 そんな疑いも感じてはいるけど、画面に表示された文章を眺めていると、そんな気持ちもほんの少しだけ和らぐ気もする。


【高梨凜さんからメッセージです。このユーザーは友達ではありませんので無料電話等する事が出来ません】 


『蓮もフレンド登録してよー? そしたら無料で電話だって出来るし』


 友達ではありませんか……でも、あんな事あった後で友達登録しても良いのか? まぁとりあえずはメッセージ見るか。


【蓮、お疲れ様。今日のリハビリの様子とか内容、まとめてみたからデータ送るね?】


 何とも言えない気持ちの中、もう1度画面をタップすると、そこには凜のメッセージが表示される。その内容はまさに凜って感じで、さっきの事なんてまるでなかった様なものだった。


 とりあえず……脅しではなかったな? ははっ……にしてもメッセージが普段の口調と一緒なんですけど? さっきのあれ気にしてないの? それにさ……内容まとめるの早くね? とりあえず、


【お疲れ。ありがとう】


 無難に返信っと。


【見にくかったり、詳しく知りたい部分あったら言ってね?】


 やっぱ普通……だよな? だが良いのか? 偶然とはいえ女の子に手を上げたのは事実だぞ? その辺謝らなくて良いのか? けど見方を変えれば自業自得なんじゃ……いや、でもなぁ。いくらストメで普通だとしても、払われた痛みって……あるよな? 


 そうだ、思い出せ? 直接手を出されなくたって、行動や言葉だけで人は簡単に深く傷付く。それは自分自身が……1番よく知ってるじゃないか。それと同じ事を俺はしたんじゃないのか? このままなあなあで過ごしてたら、俺だって同類になっちまう。それだけは……嫌だ。


【ありがとう。後さっきはゴメン。痛かっただろ?】


 俺はそんな奴じゃない。絶対に……違う。


【全然大丈夫だよ。それより、ストメ返してくれて嬉しかった】


 大丈夫か……まぁ嘘でもそう言うだろうさ。

 思い切った謝罪をした割には、何ともあっけない反応に少し拍子抜けしたけど……凜の性格上これが本音だって決めつけるには早い。だが、1歩前進した事だけは確かな事実でもある。


【そりゃ返事くらいするだろ?】

【ありがとう。それじゃあ、分からない事あったらストメしてね? じゃあ、おやすみ】


 とりあえず、表面上は大丈夫か? しかし人の本音程分からない事はないからねぇ。六月ちゃん曰く表裏がない人らしいが、その点については同調できんよ? 


【あぁ、おやすみ】


 でもまぁ……手払って痛い思いさせたのは事実だし? 変に気を遣わせたら逆に気持ち悪いし? ちゃんと取材のメモまとめてるし? 仕方ないなぁ……


 ピッ


【高梨凜が友達になりました】




「じゃあ後でなー蓮。今日は新聞部行くからっ!」

「自分も練習終わったら行くっすー」

「来なくて良いわっ! 己の部活に集中しろっ!」


 昨日の事なんて露知れず、朝から相変わらずの騒々しさに巻き込まれる。


「おはよう月城君。ふふ、朝からお疲れ様」


 俺の癒されるランキング第2位の女神さまの声がなければ、夏休み明け1日目でやられてたね? 確実に。


「おはよう早瀬さん。いやぁ……何とかしてくれない?」

「私じゃどうにも……」

「だよねぇ」


 そんなヒーリングタイムを終えると、俺は自分の席に腰かけ、ただただ教室を眺める。別に何をしようって訳でもない。そう、何も考えず、ボーっとしていた時だった。


「っつ、蓮? おはよう」

「うおっ」


 横から聞こえる突然の声。そのいきなりの出来事に思わず声がこぼれ、反射的にそっちの方へ視線を向ける。


 なんだよいきなり!? 

 少しだけイラッとする俺の横に、確かにその声の主は立って居た。そう、それはある意味有り得ない人物。

 いや、マジ? 昨日あんな事あったばかりなんだけど? なんでそんな普通に話し掛けれるのかな? なぁ……凜?


「どうしたの? 驚いた顔して」


 何喰わない顔で、俺に話し掛ける……凜。もはやさっきの挨拶からしておかしいのは目に見える。だが目の前の凜はいつもと同じ様子……


「どうしたの? 具合悪いの?」


 うおっ、なんで顔を近づけるんだよっ!


 いや? いつも以上にテンションが高いように感じる。


「なっ、なんだよっ!」

「なんだよじゃないよ? 挨拶してるのにボーっとしてるんだもん」


 ボーっと? 当たり前だろ! 一応ストメでは普通な感じだけど、実際に面と向かってってそれなりに緊張するだろ? それをなに平然と挨拶して、挙句の果てに近付いて…………あっ……れ? 近付く? ちょっと待って? なんで俺凜が近くに居ても嫌な気分になってないの? しかも……この感じって…… 


 その瞬間、なぜか俺は……落ち着いていた。でもそんな状態になった事に1番驚いていたのは自分自身。

 だってさ、有り得ないんだ。最初は驚いてそれ所じゃなかったんだけど、その顔を見ている内に、その声を聞いてる内に、雰囲気が……変わっていくんだ。

 それは甘くて、優しくて、俺の心を温かくしてくれる……まるで太陽の様な雰囲気。でもそれを作り出せる人は1人しかいないんだ。


 なんでだ? なんでお前がそれを創り出せる? でも……ボブカットでもないし、制服だって京南女子のもの。でも、でも……お前の……いや? 目の前に居る君は、間違いなく……


 それは、確証も何もないし、もしそうだとしたらその理由とか全然分からない。でも今はそんなのどうでもいい。それは自分自身の直感であり……願望。


 そんな言葉を……俺は自然と口に出していたんだ。


「……恋?」


 その言葉はとても小さかったと思う。けど、目の前の人物には大きく響いたのかな?


「……嘘」


 その一言を聞いただけで……心が満たされる。



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