第121話 あの頃の夕焼けは

 



「うんうん」


 何度も頷き、メモを取りながら歩く凜。その顔はどこか満足そうな……そんな感じ。


「大丈夫か? 俺中に入れなかったから、内容とか様子とか凜しか分からないぞ?」


 まぁ結局あんな感じでリハビリやってるから、俺は蚊帳の外だった訳で……その様子や内容については全て凜に託された。

 ってあれ? て事は俺要らなくね? 追跡取材って言っても毎回こんな感じだったら……むしろ凜1人だけの方が良くね? 毎回隣で1人寂しく居るなんて最悪すぎるぞっ!


「大丈夫、大分メモはしたから。まとめたらストメで送るよ」


 まぁこういう類なら任せておいて問題はないはず……ん? ちょっと待て? 今ストメって言ったか? お前はなんで俺のID知ってんの? 電話番号は消してるし、連絡先自体がないはずなんだけど?


「ん? 俺ストメのID教えたか?」

「ID? ううん。電話番号で追加になってたから」

「電話番号?」


 電話番号? ちょっと待て? 俺は凜の番号なんてとっくに消してるんだけど……あっ!


「電話帳自動追加か」

「そうそう。だから私のフレンド欄には載ってるよ?」


 そうかそれがあったか。俺が消してても凜が俺の番号残してたら、電話番号で登録されるんだった。くそぉ、それにしても……俺の番号消してなかったのかよ。


「なるほどなぁ」

「蓮もフレンド登録してよー? そしたら無料で電話だって出来るし」


 無料で電話? 何言ってんだよ、プライベートでお前と電話なんて嫌な予感しかしないんですけど?


「電話なんて使わないだろ?」

「何言ってんの、取材とかそういうので連絡とかするでしょ? こういう感じで聞いてとか指示も聞けるし」


 あっ……部活での事言ってんのね? なんか格好良く否定してた自分がちょっと恥ずかしいわ。


「あっ、あぁ……考えとく」

「考えとくじゃダメー、今すぐ」


「はぁ? 寮でゆっくりやるってー!」

「そんな事言う人は絶対にやらないの!」


 何なんだよ! 妙にしつこいじゃないか。こちとらそれで濁らせて時間経過と共に忘れてもらおうって作戦なのっ!


「やるってー! ほら歩きスマホは危ないんだって」

「ダメっ! ほらスマホ貸して?」


 そう言うと、凜はおもむろに俺の前へ手を差し出す。俺はそんな手をまるで見えなかった様にスルーすると、何事も無かった様に歩き続ける。


 何だってスマホを渡さなきゃいけないんだよ。大体渡したら渡したで、何されるか分かったもんじゃない。怪しげなアプリとかボイスレコーダーとかで監視されそうだし?


「むー! こらぁ」


 そんな俺の態度に腹を立てたのか、すかさず凜が襲いかかる。そこまでスマホを奪いたいのか? しかしだな、俺にだって意地というものがあるんだよ。特にお前には見せたくないっ!


「なんだよっ!」


 ファーストアタックを華麗に避けると、すかさず体勢を立て直す。だが、凜もこのままでは終われないんだろう。視線の先の姿はすでに次の攻撃をする為に準備万端な様子。


「えいっ!」


 甘い甘いっ! 渾身のセカンドアタックも空を切り、凜の体勢が少し崩れる。そんな状況に、


「甘いなぁ」


 なんて挑発してみると、


「もーっ!」


 若干顔を膨らませた凜は俺の方を睨み……いや? その顔はなぜか少し笑っているようにも見えた。

 笑ってる? まだ余裕って事かな? でもなぁ凜。思い出してみろ?


 その動作は、1回目に比べれば若干遅く、そして分かりやすい。


 お前は運動神経良い方だ。けどな、昔から鬼ごっこじゃ……俺に勝った事ないだろ?


『ほらぁ、頑張れ』

『もー!』


 公園で良くやってたよな? 皆でやってても、公園から家が近いからさ? 結局俺達2人で夕方までやってたっけ?


「とりゃ」


 そうそう、こんな感じで時間とかも今位、夕焼けの中でさ? でも凜の奴動きが分かりやすくて、馬鹿正直で……


『蓮君の意地悪ー』

『だって凜の動きって分かりやすいんだもん』


 素直過ぎる。


「やるねぇ、蓮」


 そして結局最後は、


 ズザー


『えーん』

『大丈夫か? 凜?』


 疲れて転んじゃってな?


「終わりか?」

「まだまだっ!」


 よっと、だから動作が……って! 


 ドン


 廊下に響く、鈍い音。それは凜の攻撃を数回躱した時に起こった。


「いったた」


 廊下に座り込む凜の姿。それはまさしく、昔の懐かしい姿と……一致していた。


 マジか? 昔のまんまじゃなねぇか。まさかあの時と同じ状況になるとは思いもしなかったけど。まぁ違うといったら泣いてないって事と……んっ!?


 目の前に座り込む凜、そしてスカート……それは学園内で起こったからこその事故。そう、はだけたスカートから見える太腿。そしてその奥には水色の……パンツ。突然の出来事に動きが止まってしまうのは当然だった。


 うっ、確かにあの時はズボンとか履いてたし? いや? スカートも履いてたか? だとしても当時は全然気付いてなかったんですけど? 心が汚れてしまったって証拠なのか? にしても、水色ね……って何マジマジ考えてんだ俺っ! 


「だっ、大丈夫かよ? ほれ」


 そんな動揺を隠す様に、俺は何の疑いもなく凜に右手を差し伸べる。そう、それはごく当たり前で、ごく普通で、あの時と同じ……


『ったく、大丈夫か?』

『ひっく』


 凜の手を掴んで、凜も俺の手を強く握って……


『悪かったよ。だから泣くなって』

『あっ、ありがと』


 引っ張り上げてさ?


「あっ……ありがとう」


 顔見合わせて、最後は……笑ってたんだ。


 そんな思い出が頭の中に蘇って、あの時と同じように凜の手が俺の手に触れ掛かる……


 あぁ、昔はこんな感じだった。何も考えずにただひたすら遊んでさ、たくさん笑って……今とは全然違うよな?


 あれ? 今と……違う? 

 目の前に居るのは紛れもなく凜じゃないか? 何が違う?


 その瞬間だった……頭の中の思い出が、黒い何かでかき消される。


 真っ暗? でも下の方には街の様子が見えるし……あれ? この音……祭囃子? おい凜? って、どうしたんだ? なんかいきなり成長してね? それにさ、さっきまで笑ってたじゃん? なんでそんなに……


 悲しい顔してんだ?



『ごめんね……やっぱり幼馴染としか見れないよ』 



 その言葉が耳に入った瞬間、指先から心臓に向かって……悪寒が広がる。久しぶりに感じるそれは一瞬の内に体全体に襲いかかった。


『お前凜ちゃんとなんかあった?』

『あぁ、噂になってるらしいんだ。その……お前が凜ちゃんに振られたって』

『ヒソヒソ』


 無意識に頭の中で再生される……悪夢。それは自分でも止められない。


 止めてくれ、思い出させないでくれ。それはもう忘れたんだ……忘れたはずなんだ。だから、だから、


『振られた? あぁ確かにそんな噂あったよね?』

『もちろん私だって信じなかったし、まぁ凜の事好きな奴が流したタチの悪い噂だろって皆で笑ってたんだけど?』


 今更俺の中に入ってくんなっ!


 その瞬間だった、俺は……俺は……無意識に凜の手を払い除けていた。


 パチンッ!


 そんな乾いた音だけが、廊下に響く。

 なんか苦しいし、息も切れてる。そしてじんわりと掌が温かくなってきて、少し痒くなる。目の前で尻もちついたままの凜は、悲しい表情で俺を見ていて、自分でも状況がよく分からない。


 昔の記憶を思い出しながら手を差し伸べたのは覚えてる。そして……あの悪夢が蘇ったのも。

 けど、その後の一瞬……その無意識な行動の理由だけが思い出せない。

 自分自身の行動が分からない。

 それがこんなにも怖いなんて知らなかった。


 なんて言っていいのか分からないし、どうしていいのかさえ分からない。そんな沈黙が続いていた時だった、凜の唇がゆっくりと……動き出す。



「ごめんね……蓮」



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