第108話 思わぬ剛速球

 



 ≪皆様、本日は烏山忍者村へようこそ。にんにん≫


 あぁ、聞いた事のあるアナウンスだわ。


「うおっ、何あの建物?」

「超VR体験悪代官の悪事を暴け! 血塗られた小判だってよ!」


 待て待て、なんかグレードアップしてんですけど? しかも、相変わらずの……


「お母さん早く行こうよー」

「宵谷観光ツアーの皆さんー付いて来て下さいねー」


 人気っぷりじゃねぇか。


「それじゃあ月城さん、行きましょう」

「あっ、あぁ」


 いきなりの六月ちゃんの言葉に一瞬びっくりしたけど、よくよく考えたら実家って烏山なんですよねぇ。

 まぁでも、忍者村自体はかなり面白かったし、遊べるなら大歓迎だけどね。


「いらっしゃいませ、何名様でしょうか」

「カラス2名」


「……何名様ですか?」

「カラス2名」

「……かしこまりました。こちらから中にお入りください」


 やっぱり関係者入口から入るんですね? やっぱりお屋敷の方に行くんですね?


「どうぞ? 月城さん」

「あっ、うん」


 これさ、よくよく考えて俺1人でお屋敷行くのって……なんか変じゃね?




「いやー月城君、いっぱい食べてくれ」

「遠慮しないで下さいね?」


 あれ? そして俺はなんでご飯食べてるんでしょう? しかも……お外はオレンジ色になってるし? どうした? よく思い出してみろ? 


 あれからこのお屋敷まで来たよな? そんで、厳真さんと一月さん達への挨拶もそこそこに六月ちゃんと忍者村で遊んで、屋台でお昼食べて? その後……そうだ! なんか急に眠くなってきてさ、そんでご厚意でお部屋借りて昼寝して……


『月城さん、晩御飯の用意できましたよ?』


 そんな六月ちゃんの優しい声で起こしてもらったんだ! そしてそのまま……


「どうしたんですか? どこか具合でも悪いんですか?」

「あらヤダ。そうでしたの? でしたらお医者様でも……」

「だっ、大丈夫です! かなり寝心地が良くって爆睡してたものですから、頭がまだボーっと」

「なんだぁ。それならよかったです」


 なんだその細やかな気遣いっ! 今は無用なんですけど? 少し考える時間をください。

 しかし今の反応を見る限り、一月さんと六月ちゃんが目の前に居るとなると……うかうか物を考えてる暇もないんじゃないか? 

 だったらとりあえずご飯食べながらか? 


「いただきます」

「どうぞー」

「どうぞ? お召し上がり下さい」


 とりあえず味噌汁でもすすって状況確認だ。ってうおっ、やっぱここの料理うめぇ! 鳳瞭の学食も美味いけどそれ以上じゃないか?


「そういえば月城君! 今日はもちろん泊まって行くんだろ?」


 はっ、はぁ? いやいやそれはいいっすよ!


「あっ、それは……」

「あらっ、だったら着替えとお布団替えておきますね? お部屋はお昼寝された場所をお使い下さい」


「いえっ、あの……」

「じゃぁ私はお風呂の湯加減見てきます! ご飯終わったら是非入ってくださいっ」


 おいー! 人の話を聞いてもらえます?

 てか、このままだと完全に勢いに飲まれるっ! さすがにお泊まりはいかんでしょ? あっ、いや。変な意味じゃないよ? 急に来て泊まって行くなんて、まるで去年と一緒じゃないかっ! 失礼すぎるぞ?


「あっ、いや。そゆ事ではなくて……」

「ん? どうしたのかな?」

「いえっ、今日はこれで……」


「もちろん、泊まって行くんだろ?」

「お泊まりになりますよね?」

「泊まって……行きますよね?」


 ちょっ、なんか目が笑ってないんですけど? めっちゃ色っぽいんですけど? すごく悲しそうな顔なんですけど? なにその三種三様な顔っ! しかも全員俺の目見てるしっ!


 だっ、誰か助けてくださぁい!




 沢山の湯気に檜の良い香りが混じって、体の外側と内側から一気に疲れを浄化していく。

 ん? なんですか? ……えぇ、そうですよっ! 開き直ってこの檜風呂を堪能してるって事は、負けたんですよっ!


 でもさ? 仕方無くない? 3対1だよ? しかも絶対に六月ちゃんはあの技使ったよ? ……嘘です。各々の訴えるような表情に完敗したんです。なんて俺は弱いんだっ!


 くっ、だが仕方ない。下手に逆らって、烏野衆に楯突いたなんて思われたくはないし、有り得ないとは思うけど敵認定とかされたくないよっ! 

 あの人達ヤバイもんっ! そう、これは仕方無い事だったんだ。それじゃぁ……上がるか。


 はぁー、めっちゃサッパリしたぁ。

 心も体も癒され、そんな余韻を脱衣場で楽しむ。やっぱり檜風呂って良いよねぇ。

 そんな親父臭いことを腰にバスタオル巻きながらのほほんと考えていた時だった、


「失礼しま……あら、もう上がってらしたんですか?」


 そんな突然の声と共に扉から現れたのは、白い着物の様なのを着ている一月さんだった。


 えっ、はっ? なんで? てか、


「ちょっ、一月さんっ! 何してるんですかっ!」


 思わね訪問者に動揺を隠せないまま、後退りして行く。

 けど、当の本人は、


「六月が最近月城さんが疲れてるみたいで、その疲れを癒してもらおうとここへ連れて来たと話してました。ですので、せっかくですからお背中流して、マッサージをして差し上げようかと思いましたのに……」


 驚くどころか、俺の方を見ながら頬に手を当てて露骨に残念な表情を見せる。


 えっ、六月ちゃんがそんな事を? 俺そんなに疲れが顔に出てたのかな? にしても、そこまで心配してくれるなんて、なんて良い子なんだっ。


 って、だからと言ってお背中って! だっ、ダメに決まってんでしょ! ダメダメっ!


「いいですって! 一月さんのお気持ちだけで十分ですからっ!」

「あらぁ。ではご必要でしたら、いつでもお声掛け下さいませ? それでは、失礼します」


 ほっ、行ってくれたぁ。大体あの白い着物はなんだ? 見る限り薄そうだったんですけど?

 …………勿体無かったかな? ってバカ野郎。そんな事考えるんじゃないよっ! それにしても、烏野衆には客人に背中流す風習でもあるのかね? なんか去年は六月ちゃんが……ゴクリ。って、変な事思い出すんじゃない。月城蓮っ!




 ふぅ。せっかくサッパリしたはずなのに、なんか変に汗が出てきた気がするよっ。

 まぁでも、外っていうか中庭から入ってくる風が滅茶苦茶気持ち良いなぁ。


 優しく俺を包み込んでくれる風。それがどこから吹いてるのかはよく分からない。けど、そんなのどうでもよくなる位、存在感を放つものが目の前には居た。


 相変わらずデカい木だなぁ。圧倒的存在感じゃないか? にしてもやっぱ月明かりの下に佇む姿は綺麗だ。どれ、近くに行ってみよう。


 そんな感じで廊下を横切り、中庭へ降りる階段の前へ。その下には、前と同じくサンダルが置いてあった。

 俺はそれを履くと、ゆっくりと木に向かって歩いて行く。段々と近付くにつれて、徐々に月明かりに照らされて行く自分の体。

 それはやっぱり何かを浄化してくれているような、そんな不思議な感覚を生み出してくれる。


 そういえば去年ここに来た時、恋のやつ粕漬けで酔っぱらってたんだよな? なんか文句言ってたけど……面白かったよな。しかもあの後脱衣場で裸のまんま寝てたんだっけ? 

 ……恋にとっては黒歴史だろうなぁ。


「ふふっ」


 懐かしい思い出に、思わず笑い声が漏れる。けど、思えばあの時……俺はまだ女性恐怖症真っ只中で、恋とも若干距離とってたんだよな? それが今では……


「月城さん?」


 ん? 

 ふと聞こえてきた声に、俺は反射的にその方向へと体を向ける。すると、視線の先でゆっくりとこっちへ近付いて来たのは、六月ちゃんだった。

 しかも……なに? 着物着てんの? くっ、似合い過ぎて素晴らしいんだけど?


「月城さん、どうしたんですか? ボーっと木なんて眺めちゃって」


 はっ、あんまり凝視するんじゃないよ! 変態だと思われるだろっ!


「あっ、あぁ六月ちゃん。いや、前に来た時の事思い出しててね?」

「前って……去年の事ですか?」


「そうそう、葉山先輩と恋とお邪魔してさ? 滅茶苦茶楽しかったよね?」

「はいっ! 私にとってもあの日の出来事は大切な思い出です」


 おっ、そうなの? やっぱあの日の恋は伝説級の面白さだったなぁ?


「だよね? 恋の奴、特産の粕漬けいっぱい食べちゃってさ? しかもそれで酔っぱらって、ここで俺に絡んで来たんだよ?」

「そうだったんですか? ちょっとテンション高いなぁとは思ってましたけど」


「そうなんだよ。さらにその後お風呂場の脱衣室で寝てたりさ? しかも裸。次の日は二日酔いで頭いたーいって唸っててさ? ホント、あの時の恋は……」

「月城さん?」


 ん? あっ、ヤバっ! 六月ちゃんは恋の事慕ってるし、冗談とは言え面白可笑しく言い過ぎたかな?


「うん?」


 ここはなんとか冗談だって言って、誤解を解かないと……


「月城さんは……恋さんの事、好きなんですか?」



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