第107話 小さな一歩は大きな勇気
「つっ、月城さん! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」
そんな全力で謝り続ける六月ちゃんを、俺はただただ呆然と見てる事しか出来なかった。
てか、一瞬すんげぇ悪役感出しておきながら、すぐ様そんなの見せられたら反応が追い付かないんですけど?
「いっ、いや。そこまで謝る必要ないんじゃない? それにさ、この車両他にも乗ってる人が……」
「そっ、それについてもごめんなさいっ!」
えぇ、なんかしたの? てか、やっぱり俺動けなかったのも六月ちゃんの仕業なんですね!?
「あっ、あのさ……六月ちゃん?」
「とっ、とにかくすいません」
「いや、だから他の……」
「こっ、この車両には誰も乗ってないんです」
はっ、はぁ? んなわけないでしょう? いくら六月ちゃんの言う事でもそれは信じられないよ? どれ? 真ん中辺りには居ない、右の方も……居ない? ひっ左の方も…………いっ、居ない!? マジでこの車両俺達以外乗ってないじゃないかっ!
「えっと……なんか聞きたい事が多すぎてあれなんだけど……」
「ごめんなさい」
いやいや、なんか俺が悪者みたいじゃね? なんだこれは、何もしてないのにまるで本当に俺が悪い様な、そんな気持ちになりかけるんですけど? ともかく、一旦座って落ち着いて話を聞こうか。
「とっ、とりあえず座って話そうか?」
「はい」
よいしょっと。
六月ちゃんの返事を聞くと、俺はそのまま元の場所へ座り込む。そんな姿を見てか、六月ちゃんは一旦こっちへ足を進めたんだけど、なんかそそくさと俺の真向かいの座席へと座ってしまった。
ズボンを両手で掴みながら顔を俯かせる様子は……やはり俺が悪かったのか? なんて、思ってしまう位だ。
これは……聞いても良いんだよな? 差支えない様に言えば大丈夫だよね? いくぞ?
「あの、六月ちゃん?」
「はっ、はい」
うわぁ、俯いたまんまぁ。
「とりあえずさ、海璃に連絡して駅で待ってようか? それで合流しよう?」
「……なんです」
ん? なんか言った? 小声でよく聞き取れないな?
「ん? どうしたの?」
「嘘なんです……」
嘘?
「嘘って?」
「海璃ちゃんは駅に居ないんです」
えっ? ちょい待って? 駅に居ないって事は……
「えっ、それって……もしかして今日3人で出掛けるってのが嘘だったって事?」
「はい……」
そういう事? じゃあ最初から俺と2人で出掛ける気だったのか。でも……なんで? いや、嬉しいけどさ?
「えっと……もしかして海璃も一緒って言った方が俺も来てくれるって思ったり?」
「はい……」
「そっかぁ。別にわざわざそんな嘘付かなくてもよかったのに」
「すいません。でもそうでもしないと、私なんかと2人きりなんて嫌だろうって思って」
いやいや、気遣い過ぎでしょ? まぁ六月ちゃんらしいと言えばらしいんだけどね。
「そんな事ないよ?」
「ほっ、本当ですか?」
あっ、やっと顔上げてくれたわ。
「本当」
「良かったぁ」
よしっ、表情も明るくなったかな? だったら、徐々に六月ちゃんの本心へ迫っていきますか?
「まぁでも嘘はいただけないかな? 今後は嘘なしでね?」
「はっ、はい!」
「じゃあこの件に関しては、謝るのもなしね? 悲しい顔も。折角なら楽しまないと」
「あっ、そうですよね? すいません」
言ったそばから謝ってるじゃないかー!
「謝ってるぞ?」
「あっ! すいませんっ!」
「…………」
「…………」
「はははっ」
「ふふっ」
そんな感じで、少しだけ微妙だった雰囲気も次第に良くなっていき……とりあえず、六月ちゃんは今日ここに至るまでの顛末を話してくれた。
まず、さっき言った通り、俺を誘うのに海璃も居た方が来てくれるんじゃないかという事で、3人でっていう嘘を付いた。
しかも驚くべき事に、その六月ちゃんの嘘に自分が利用される事を海璃も知っているらしい。事前に海璃に許可を貰うって……どんだけ律儀よ? という事は、俺がもしこの件に関して海璃に聞いたとしても、やつは俺に対して六月ちゃんの話通り対応していたんだろう。
それにしてもそれを悟られないようにしていた我が妹……なかなかやりおる。
そして、電車の中で海璃を探すふりをしていた事。実はあれも意味があったらしく……それこそ烏野衆の特殊技とでも言うのだろうか? 六月ちゃんの言った事を搔い摘むと、要は人を凝視して強く念じる事である程度人を誘導できるらしい。
つまり六月ちゃんはあの時、海璃を探すふりをしながらこの車両へと近付く人に対して《ここの車両は満員だよ。別の車両に行って》と念じてたらしい。
いや、普通は信じられないよね? この世にそんな非現実的な忍術? があるなんて。でも、俺は烏野衆の数々の有り得ない行動とか、身体能力とか目の当たりにしてるんですよね? そしてやっぱり、俺が電車から降りようとした時も、六月ちゃんはそれを俺に使ったらしい。通りで六月ちゃんの目が離せなくなったわけだ。
「という訳で、月城さんにも使ってしまいました」
「なるほどねぇ」
「おっ、怒らないんですか?」
「いやー、そんな話聞かされたら驚きの方が怒りをはるかに凌駕してるよ。にしても烏野衆ってすごいなぁ」
「えっと……なんか拍子抜けしちゃいました」
「ん?」
「こういう事出来るって、家族以外の人に喋ったの月城さんが初めてなんです。普通こんな事言われたら気味悪がったりするじゃないですか? だから結構な勇気振り絞ったんですけど……月城さんなんか普通のリアクションですし」
そゆ事!? てか俺が初めてって……なんか良い響きだなぁって何考えてんだよ。けど、ある意味俺も麻痺してるからねぇ。そりゃ何も知らない一般の方が今の話聞いたら確実に気味悪がられるだろう。
「まぁ俺は、結構烏野衆の身体能力を目の当たりにしてるからね。でも、この能力? については今まで通り誰にも言わない方が良いよ。確証はないけど……ね? それに俺だって誰かに話す気はないから。それだけは信じて?」
「そうですよね……分かりました。でも月城さんに関しては大丈夫ですよ? そういう事しないって分かってますから」
「分かってるって、自分で言っときながら随分信用されてるんだなぁ」
「あれ? 三月姉や忍お兄さんから聞いてません?」
「ん?」
何の事? てか君達一族に関しては聞きたくない様な事も、結構耳に入ってるから正直どれの事を言ってるのか……
「私達、その人がどんな人なのか朧気ですけど感じ取れるんですよ」
「感じ取れる……あっ!」
これは忍さんが言ってた事じゃないか? なに? それって忍さんだけじゃないの?
「やっぱり月城さん、その事についても知ってるんですね? すごいなぁ」
いや、その張本人に褒められるとちょっと変な感じです。
「私の場合は、本当にその人の性格って言うか……その人の雰囲気をぼんやりと感じる位なんですけどね?」
それでもヤバいだろ? でも本当なのかな? ちょっと自分自身の事を聞いてみたい気持ちもあるけど……実は変態ですね? とか六月ちゃんに言われたら嫌だなぁ。でも気になるしなぁ……よしっ、
「いや、それでも十分凄いと思うよ? ちなみにさ……六月ちゃんが感じた俺ってどんな感じ?」
「言っても良いんですか? もし間違ってたら……」
「いいよ。その時はちゃんと否定するから」
「えーっと……分かりました。月城さんは…………ずばり嘘を付くのが苦手なんじゃないでしょうか? 嘘って言っても人を騙すとか傷付ける嘘ですけどね? あとは人との約束は破らないですよ。それに……」
「ちょっとたんま、あんまり良い事言われ過ぎて痒くなってきたから後はいいや」
「えっ、でも私的にはバッチリ当てはまってると思いますけど」
いっ、いや……仮にそうだとしても褒められるって、なんかこそばゆいんですよ。だから……あとは良いですっ!
「それだったら嬉しいかな? ありがとう」
「とっ、とんでもないです」
それにしても、こうしてみると六月ちゃんもれっきとした烏野衆なんだよなぁ……あっ、ちょっと待った。肝心な事聞くの忘れてたわ。
「あっ、六月ちゃん? そういえば大事な事聞くの忘れてたんだけど」
「なんでしょうか?」
「そんな嘘と、その能力を駆使してまで俺と行きたい場所ってどこなのかなぁ?」
「えっと……それは……」
それは?
「……じっ、実家です」
……じっ、実家ぁぁ?
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