第106話 たまには妹にも付き合ってやる……か?

 



 清々しい天気に恵まれた土曜の朝。それは出掛けるには最高のシチュエーション。


「月城さーん、おはようございます」


 そしてそんな声と共に、目の前の駅から手を振り近付いて来る女の子。それは勿論見覚えがある。


「おはよう、待ったかな? 六月ちゃん」

「いいえ、私達も今来たところです」


 私服に身を包んだ、六月ちゃんが顔を少し横に振りながら答える。


「それじゃあ行きましょう?」

「了解。ってあれ? 海璃は?」


「海璃ちゃんは中で待ってますよー」

「そうなの? 自分はのうのうと中に居るなんて、ひどい奴だな」


「そんな事ないですよ? 海璃ちゃんはとっても優しいんです」

「そうなの? まぁ六月ちゃんに免じてそうしとこう。それじゃあ行こうか」

「はいっ!」


 なんて挨拶もそこそこに、俺達は駅の中へと歩き出す。

 まったくもって愚妹の失礼な行動は目に余るんだけど……俺には1つだけ疑問があった。

 そういえば……六月ちゃん、どこに行くのかって言ってくれてないよな?




 ピロン


 ん?


 それは体育祭が終わった夜の事だった。心体のヒーリングタイムを終え、部屋でゆっくりしていた俺の元に聞こえるストメの通知音。


 恋かな? 


 そんな期待を少なからず感じながら、すかさず画面をタップしてみると、そこに表示されたのは烏真六月ちゃん。恋ではなかったけど、落胆! とまではならなかったのが救いかもしれない。特に栄人とかそんだったら、そのままそっと画面を消すけどね?

 六月ちゃん? なんだろ?


【お疲れ様です、月城さん。今お時間良いですか?】

【いいよー】

【ありがとうございます。あの、体育祭終わった後にお話してた事なんですが】


 体育祭終わった後に話? あぁ! あれかっ! なるほど? それで何をお願いしたいのかな?


【あぁ、なるほど。そんで? 六月ちゃんのお願いとは?】

【今週の土日、どちらか予定がある日はありますか?】


 土日? 今週は特に何もないけど……まっ、まさか? お誘いとか!?


【どっちも予定はないけど?】


 まさか六月ちゃんが? いやいやそれはないだろ。


【良かった。それなら、土曜日に一緒に付いて来てくれませんか?】


 マジじゃねぇか! しかも付いて来てって……どこに?


【付いて来てって、どこにかな?】

【それは内緒です。でも海璃ちゃんと一緒にお願いしたいんです】


 なんだ、海璃と一緒なのかよ……って、何ガッカリしてんだよ俺は。まぁ六月ちゃんも妹みたいなもんだしなぁ、妹みたいな2人とお出掛けってのも良いかな?


【なるほどね。いいよ?】

【やったぁ、ありがとうございます。それじゃあ時間とか集合場所とかまたストメしますね?】

【はいよー】


 土曜日部活無くて良かったぁ。どこに行くかは分からないけど、六月ちゃんの事だからなぁ……あっ、買い物と見たっ! 多分何かしらの理由でクラスの男子にお礼の品とか買う為じゃないか? それで男である俺の意見が必要と……まぁそんな事ならいくらでも力貸しますよー?




 あれからあっと言う間に迎えた当日。未だにその場所は分からずにいる。しかも駅っていう事は……あぁアウトレットモールか? あそこは近くにあるショッピングモールよりデカいし、店の種類も豊富だからなぁ……くっ、近場で満足している俺が浅はかみたいじゃないかっ!


「あっ、月城さん。海璃ちゃん、ちょっと遅くなるみたいなので先に電車乗っててだそうです」

「えっ、あぁそうなんだ。時間にルーズだなぁ」


 おっと、危うく六月ちゃんに何ともダサい顔してるのを見られるところだったわ。いや、印象って大事よ? 特に後輩に対してはね? ちょっと油断するとすぐ無礼な事するからなぁ。誰とは言わないけど。


「ふふっ、本当に仲良いんですね」

「良いのか? ただ、話しやすい兄だとは自負してるけどね?」

「それこそ……仲の良い証拠なんですよ? はい、月城さん? 切符です」


 おぉ、なんて気が利く! 俺と話をしながら切符を買い、自然の流れで渡してくれる……我が妹に見習ってもらいたいものだ。


「おっ、ありがとう。お金は……」

「大丈夫です。付いて来てもらうんですから、これ位、私が払うのが当然ですよ?」


 ……見てるか? 海璃。これが世のお兄ちゃん達が求める理想の妹像の一部だぞ?今日1日六月ちゃんから勉強しなさい。


「いいって、払うよ」

「ダメです。絶対受け取りません」


 一応ね? 1度申出を断るという一種の社交辞令的な行動にも、きちんと対応してるぞ?


「んー分かった。ありがとう」

「いえいえ。それじゃあ先に乗ってましょう?」


 加えて顔も整ってるし、絶対六月ちゃんモテるだろ? まぁ、今まで接した感じ、若干恥ずかしがり屋で大人しいって性格はあるかもしれないけど、人気は高いよね?


 そんな良く分からない兄心を感じながら、俺は六月ちゃんの後に付いて行く。そして、電車に乗り込むと入り口近くの席へと腰を下ろしたものの、六月ちゃんはなかなか席に座ろうとはしない。


 よっこいしょーって、絶対声に出しては言えないなぁ。って、六月ちゃん座らないの? 結構席は空いてるし、どしたんだろ?


「六月ちゃん? 座らないの?」

「あっ、海璃ちゃんが来た時立ってた方が見つけやすいですし、海璃ちゃんも分かりやすいと思って」


 はぁー、気が利くねぇ。なんて素晴らしい考えなんだ。いや、なんか早々に座っちゃって申し訳ないなぁ。

 ここはひとつ先輩らしく、


「あぁ、じゃあ六月ちゃん座ってなよ? 俺、海璃が来たかどうか見てるからさ」

「大丈夫です。月城さんは座ってて下さい。」


「でも……」

「大丈夫ですよ?」


 やっぱ、出来る妹ってのはこうなのか? それとも六月ちゃんが特殊なんだろうか? 意外と烏野衆ってそういうの厳しそう……いや? 少なくとも三月先生にはその片鱗見られないよな? 四月さんも、五月さんも……うん。


 でも一月さんはバッチリ当てはまってるよね。やっぱり長女だから? 長女と末っ子が似てるってのも、有り得る話なんでしょうかね? そんな大家族これまで会った事ないから分からんけども。


 ≪……行、間もなく出発します。ドア付近は危険ですので近付かないで下さい≫


 はっ! てかもはや出発の時間じゃん? あいつ何やってんだよ。


「ちょっ、六月ちゃん? 海璃来てる?」

「それが……姿見えないんですよ」


 おいー! 色々しでかす事はあっても、約束とかすっぽかした事はねぇだろ? しかも駅の中に居るのに何してんだよ! 電話するしかないか。


 そう思いながら、急いでポケットに入ってるスマホに手を伸ばした瞬間だった、


「あっ、月城さん!」


 驚く様な六月ちゃんの声に手が止まり、すかさず顔を向ける。


「来た!?」


 ようやく来たのか、心配掛けやがって。なんて安心したのも束の間、


「あれ? すいません違う人でした」


 六月ちゃんの口から出たのは、そんな安堵感を吹き飛ばす言葉だった。


「マジ!?」


 ≪ドアが閉まります。ご注意ください≫


 プシュー


 やべぇ! なにしてんだよマジでっ!

 そんな焦る気持ちが、俺の身体を無意識に動かしたんだろう。横にある鉄の棒を握りしめると、勢いよく立ち上がる。

 とりあえず、電車から出て、あいつを探す。六月ちゃんには次の駅で待っててもらって合流だ! あのバカ海璃のやつ!


 それは、現段階で考えられる最善の方法だった。だから俺は六月ちゃんの横を抜けて電車の外へ出ようとした。そう……出ようとしたんだ。


「月城さん?」


 その声は、間違いなく六月ちゃんの声だった。けど……何かが違うような気もした。

 耳から入っていき、頭に到達した瞬間、それは頭の中全体で共鳴するかのように重くのしかかる。そんな衝撃に、俺は六月ちゃんの顔を見ていた。ついさっきまで急いで電車から出ようと思っていたのに、六月ちゃんの事も全然忘れてたのに……その六月ちゃんらしき声を聞いた瞬間、その思考は完全に消え去った。


 なんだ……これ? 六月ちゃん?

 目の前の六月ちゃんは少し笑っていた。にしても、それはよく彼女が見せていた表情だったし、それ自体になんらおかしな事はない。けど今は、その六月ちゃんの瞳から……目が離せなくなっていた。


 少し茶色がかったその瞳の奥に吸い込まれるような、そんな感覚が体全体に広がり自分でもどうしていいのか分からない。分かってはいるのに視線も逸らせないし、体も動かない。次第にこれはもしかして夢なんじゃないか? そんなおかしな考えさえ頭をよぎって来た頃だった、俺をずっと見つめていた六月ちゃんの目が……不意に瞬きをする。


 それは、あっと言う間だった。体が一気に軽くなり、周囲の音が一気に耳へと飛び込んでくる。慌ててドアの方を見たけど、無情にもそれは閉まっているし、窓から見えるゆっくりと動いていく風景。そして、


 ガタンっ


 そう自分に伝わってきた衝撃で、大体の事は予想できた。


 マジか、間に合わなかった。海璃の奴、置いてけぼりになっちまった。けど……どうして間に合わなかった?


 俺は外へ出ようと……はっ!


 その原因を思い出した時、さっき聞いた声がまたしても俺の耳を通っていく。けど……


「ごめんなさい」


 それは少し悲しそうな、そんな……六月ちゃんの声だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る