第100話 脱!草食系男子

 



「どっ、どうでしょう?」

「ごくり」


 しばらく静まり返っていた部室に、久しぶりの声が響く。とはいっても、騒々しさが戻って来たと言った方が正しいのかもしれない。


 あっと言う間に林間学習は過ぎ去り、今日からまたいつものメンバーが集結している鳳瞭ゴシップクラブ。

 まぁ、2人にとっては結構緊張の一瞬かもしれないけどね。実際ヨーマに原稿見られてる時って、独特な雰囲気に襲われる。


「なるほどね……」


 まとめられた原稿に目を通しながら、ヨーマが呟く。大体はこの後にボロクソ言われるか、若干のお褒めを戴き、その後落とされるか……どっちにしろ何かに指摘を受けるのは目に見えてる。純粋に褒められて終わるってのは、少なくとも俺は経験がない。


「良く出来てる」

「おぉ!」

「本当ですか?」


 その一言に、海璃と凜に安心した表情が浮かぶ。けどなぁ、大体はこの後……


「でも……」


 はい来たー。


「ありきたりすぎ」

「えっ!?」

「あっ、ありきたりですか?」


 まぁそうなりますかね。


「原稿自体は良く出来てるわ。私の要求通り、各実施内容の良かった点や悪い点を細かく書き込んでる」

「えっ、じゃあ……」


 海璃よ……今からヨーマが言うであろう言葉を先に言っとくぞ? ただそれだけ。読みたくなる刺激が無いわ? とかって言われるぞ?


「でもそれだけね? 特集になったとして、1年生は体験済みだし、2・3年にとっても例年変わり映えしない内容の事、今更見る? 私だったら見ないわ」

「そっ、そんなぁ。凜さんがせっかく一生懸命メモしたのに」

「雨も奇跡的に止んで、予定通りの内容が出来たから安心したんですけどね」


 まぁ確かにな……でも、だからこそ俺だったら別のポイントに焦点を絞るかな?


「はいシロ!」


 キラーパス来たぁ!


「なっ、なんでしょう?」

「あなただったらどういう記事にしたい?」


 ふふふ、これでも1年間あんたに鍛えられたんだ。むしろこの依頼が出された瞬間から自分だったらどうするか考え済みさっ!


「まぁ、俺なら既に行ったって言うアドバンテージありますからね? でも、それなら周辺の絶景スポットとか景色に関わる特集とかどうですかね? 自然に囲まれてますし」

「絶景スポット……」

「えっ!? 何言ってんのお兄ちゃん。それじゃあ葉山先輩の取材内容と全然違うじゃん」


 おぉ、全くもって1年前の俺と反応が一緒じゃねぇか。


「まぁ、答えは先輩に聞くとしようぜ?」

「ちなみに恋? あなただったら?」


 おいっ! 無視かよっ!


「んーっと、雨で体育館での内容に変更とかだったら、鳳瞭荘の少し怖いスポットとか、噂話とか調べますかね? ほら、意外とボロいし」


 ほほう、それは俺も少し考えてた事だわ。


「それで、もし通常通りなら……そうですね、各班の作ったカレーを全部味見して、それぞれのカレーの特徴を記事にします」

「怖いスポット? カレーの味見?」

「恋さん、カレーってもしかして全部の班のカレーを試食するって事ですか?」


 妹よ、食い付く所はそこなのか?


「もちろん! 当たり前じゃない」


 ……さすが恋だ。


「なるほど、さすが2人とも伊達に1年間新聞部として活動してきただけはあるわ」


 おっ、褒められ……


「評価としては50点位だけど、読者が食い付きそうな内容ではあるわ」


 50点? そっ、それだけですか? やっぱ査定が厳しいよ。


「葉山先輩? でもさっき海璃ちゃんが言った通り、2人の案は先輩の依頼した内容とは全然違うんですけど?」

「そうですよ?」

「ふふっ、この2人も1年前全く同じ事言ってたわ」


 うわぁ……その微笑み見たくないわぁ。


「いい事? 私の指示なんてただの指示よ? そこをいかにアレンジして読者の興味を引く特集にするか……そこまで考えるのよ?」

「……なるほど。どう膨らませていくか、そこも整理しつつって事ですか」

「むむ……難しいですね」

「まぁ、最初はそんなものよ。というより、林間学習については十分すぎるほど丁寧な記事よ? 視点を変えたらどんな記事になるのか見ものな位ね」


 まじか? いや……あの生真面目凜の事だ。上手くやるに決まってるよな? 


「本当ですか? 少しは褒められたよ? 海璃ちゃん」

「やりましたね! 凜さん!」


 あっ……そういえば海璃も関わってたんだっけ。それにしても、初っ端からヨーマに褒められるとは……やはり凜のやつ侮れない。頭の良さは相変わらずだし、加えて観察力・洞察力も良いと来たもんだ……どんな動きをするか、俺もじっくり観察させてもらうわ。




「はい、じゃあ今日はここまで。お疲れ様」

「お疲れ様でしたー」

「お疲れー」

「お疲れでしたぁ」


 何とか今日の部活も終わりだなぁ。やっぱり新聞の作成が関わってくると、なんだか緊張しちゃうよ。って、恋に話しとかなきゃいけない事あったんだった! やばっ、凛達と帰るんじゃないだろうな?


「凜さん、恋さん一緒に帰りましょー」

「良いわよ?」

「ごめーん、私ちょっと調べ物あるんだ。だから海璃ちゃん達先に帰ってて?」

「そうなんですかー」


 おっ? ナイスタイミング? 別行動となると、話す時間もあるよな? あとは2人が居なくなるのを見計らって……


「じゃあ恋ちゃん、私達先に寮に行ってるね?」

「お先でーす」

「うん! 寮でね?」


 よっし! あとは恋に付いてって……2人になったら話すだけ。


「じゃあ、お先に失礼するわ」

「僕も行こうかな。じゃあね2人とも」

「あっ、お疲れ様です!」

「お疲れ様でしたー」


 ホント空気読んでくれるなぁ、先輩方。この辺りはヨーマも褒めてあげたい。


 ガチャ


 ドアが閉まる音が部室内に響き、中には俺と恋だけ。俺はどうしても聞かなければならない事があった。それは2人きりの時じゃないといけない……大切な話。

 よっし、じゃあ早速……


「それで? ツッキー? なんのお話かな?」


 意気揚々と口を開こうとした時だった、恋にまさかの先制攻撃を喰らってしまう。


「えっ!?」


 はっ? なんのお話? 俺まだ何にも口にしてないんですけど?いや、お話があるのは正解なんですけど、なんで分かったの?


「にししっ。だってツッキー、チラチラ私の方見てたでしょ? それになんかそういう感じの表情だったからさ? なんとなく分かっちゃった」


 うっそ! チラ見バレてた? しかもそこまで見透かされるとは……いや、ここで下手に出るな。余裕を見せて、クールに! 動揺なんて格好悪いぞ?


「やっぱりバレてた? でもそれに気付くって事は、恋も俺の事見てたの?」

「はっ! ちちっ違うよ! そうっ! 視線! 視線感じるの! だから分かったの!」


 相変わらず……分かりやすいなぁ恋は。じゃあ、早速本題に入ってもいいかな?


「なるほどね。じゃあ、早速なんだけどさ?」

「うん」


「土曜どこか行かないか?」

「どっ、土曜日……」


 やっぱり一緒に居る時間が多い分、凛との約束する事が多いのは目に見えてる。だから俺は、自ら恋を遊び……いや? デートに誘うんだっ!


「だめか?」

「えっ!? うっ、ううん! ぜぜっ、全然大丈夫だよっ!」


 とっ、とりあえず第一関門突破だ。


「良かった。恋は行きたい所ないの?」

「わっ、私は……」


 私は……? 


「私は……あっ! 駅前のデザートショップ行きたい!」


 デザートショップ? なるほど? 最近出来た場所か。確かスイーツバイキングやってるよな?


「ミルク&カスタードのスイーツバイキングかな?」

「げっ! なんで知ってんのツッキー!?」

「それ位分かるよ」


 恋の好きな物位はバッチリリサーチ済みよっ!


「まじかぁ! でも……ツッキーはいいの?」

「もちろん。甘いものは好きだし?」

「あっ……でも……」


 ん? あれ? 俺結構甘いもの食べてなかったっけ? 苦手そうにしてたか?


「てへへ、なんでもないや。じゃあ土曜日はそれでもいいのかな?」

「もちろん。スイーツバイキングデートだな」

「でっ、デート!?」


 おっ、少し反応してる? でもこれも計算通り! これ位ガンガンアピールしないと、凜に全部持ってかれそうなんだよ。


「ん? 違うか?」

「ちっ……違うくない……」


 とわ言え……恥ずかしそうにしてる恋を見てると、やりすぎかなって不安になる部分もあるんですけどね? でも、あいつが居なくなるまでの間が勝負! 多少のリスクは承知で行きますよ?



 その時の俺は……全然知らなかった。なぜ恋が恥ずかしがっていたのか、少し控え目にスイーツバイキングで良いのか心配していたのか……


 まぁ変なやる気で満ち溢れてた俺には、そんなの関係なかったけどね? ただ……



 ちょっとした衝撃を受ける位だから。



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