第99話 渡さない

 



『ねぇ、蓮君一緒に遊ぼう?』


 あぁ、またこの夢か。


『サッカー部かぁ、公園で毎日ボール蹴ってたもんね?』


 なんで小さい時の記憶を夢で見てるんだろう。


『蓮、遅刻するよー?』


 確かに、凜は……優しかった。


『これ美味しいね? 蓮』


 気配りも出来て、怒った姿ってほとんど見た事ない。


『はい、誕生日プレゼント』


 いつでも近くに居た、自慢の幼馴染……だったんだ。



『ごめんね……やっぱり幼馴染としか見れないよ』



 そう……


『久しぶり、蓮』


 自慢の……


『あんな恋ちゃん見てたら……意地悪したくなっちゃう』


 幼馴染だった。


『蓮の事が好き』




「はっ!」


 その言葉に何度こうして驚かされ、起こされた事だろう。最初は何が何だか分からなくて、動悸もなかなか治まらなかった。けど、さすがに1週間近くも同じ夢を見たらそれにも慣れる。その原因だって……既に理解済みだ。


 またこの夢か。

 この夢を見た後の目覚めは最悪だ。頭も重いし、寝たはずなのになぜかどっと疲れが溜まる。

 そんなダルい体を無理やり起こすと、俺は窓のカーテンの前へと向かう。そしておもむろに開けたその先に見えたのは……生憎の雨模様。こんな時は思いっ切り太陽の光を浴びてさっぱりしたいのに、それすら叶わない。


 この時点で、俺のテンションは更に1段階下がっていく。あの夢を見た時点ですでに5段階位テンションガタ落ち。そして抜ける事のない体の疲れで2段階。まだ1日が始まって数分しか経ってないのに、すでに8段階程テンションが下がっているなんて、10段階方式なら俺の気力はほぼほぼ失われたと言っていい。今日は俗に言う……ツイてない日なのだろう。


 ドンドンドンドン


「せんぱぁぁい! 朝ご飯行きましょおぉぉ!」


「蓮! 起きろー!」


 ……俺の気力はあと1しかないよ。




 ゴールデンウィークも終わり、暦は5月に突入。あの夢を見る様になったのも、ゴールデンウィーク開始直後から。と言うより、正確にはあのお花見の後……いや? もっと正確に言うなら、


『あんな恋ちゃん見てたら……意地悪したくなっちゃう』


 そう言いながら、不気味に笑った凜を見てからだ。


 あれは……見た事のない凜の表情。それだけに心底気味が悪かった。そして……交換学習で来て早々、俺に当たり前のように話し掛け、学級委員を自ら引き受け、新聞部にまで足を踏み入れてくる。そんな意味不明だった行動に何かしらの意図があるんじゃないかって疑わざるを得ない。もちろん……悪い意味でね。


「あれ? 蓮この鮭食べないのか? もらうぞ? 相音もどうだ?」

「マジッすか? じゃあ俺はこのゆで卵を……」


 ……俺の気力はもはや0.5位しかないよ。




「はい皆おはよー! あっ、りっちゃんは林間学習に行くから、今日と明日いませーん! 残念だったな男子諸君」


 あんたは本当にブレないなぁ。鋼のメンタルすぎるだろ? クソイケメン委員長にそん、そして三月先生……あんたらを鋼の三銃士と呼ぼう。

 それにしても、今日から林間学習か。つまり凜は俺の前から姿を消す。これは好機かもしれない。この機会に対高梨凜防衛作戦、及び防衛ラインを策定・設立しといたほうが良いだろう。

 どんな手を使って、どんな事をしてくるかは分からないが、1番気を付けなければいけないのは意図的に俺と恋を遠ざけようとする事。あの気色悪い笑顔は絶対何か狙ってるはずだし、用心に越した事はない。


 あとは……凜との関わり方か。はっきり言って下手に話して俺の心情等を勘繰られるのだけは避けたい。本音を言うなら一言も話さず、なにか言われようものなら、


 ―――黙れ!―――


 なんて、一喝出来たら最高なんだけど……それは無理だ。そんな事したら、学園内での俺の評価はダダ下がりで一気に批判を浴びる。そして孤立していく俺を、ニヤニヤ見つめるんだろうな? 想像しただけで最悪な気分だ。


 となると、やっぱりあいつが考えそうなのはこの2つ位か? 

 恋から俺を遠ざける。

 俺の満更でもない充実した現状を破壊する。


 良く考えたら、俺が学園内で孤立したら、そんな人とは関わりたくないって恋も離れて行く……? そうじゃないとは思いたいけど、俺なんかと一緒にのけ者にされる事を望むか? 俺の現状を破壊する=恋との距離も遠ざけられる……か? 考えれば考えるほど恐ろしい。

 けど、させない。絶対にさせない。自分の努力で勝ち取ったこの鳳瞭学園って場所と、なんだかんだで作り上げた今の現状を……


 簡単に手放せる訳ないだろ。


 それにな? 俺はイライラしてんだよ。ゴールデンウィークに部活があったのは仕方ない。けどな? あいつとか海璃のせいで、俺は1回も恋と遊べなかったんだ。1回もだぞ? 凜とスイーツバイキング? ふざけんじゃねぇよ! 俺だって行きたいんだよ、恋と! あの大型連休で1回も一緒に出掛けられないとかストレスの塊にしかなんねぇよ! その原因は凜、ほとんどお前なんだ! だから……


 絶対に負けねぇよ!




「なんか部室がガランとしてるわね」

「ははっ、皆林間学習だからねぇ。今頃彩花の宿題に四苦八苦してると思うよ?」

「あら? そんなに難しい事は頼んでないんだけど?」


 いつもの部室に4人の姿。確かに4月からの騒々しさはないけど、俺にとっての始まりはこの4人。そしてこの雰囲気が……とても懐かしい。


「でもあいにくの雨ですよねー? 可哀想」


 可哀想? まぁ海璃と六月ちゃんに関しては、残念と言うしかない。


「こればっかりはしょうがないでしょ?」

「ですよね……」


「それじゃあ私達は私達で、次の特集の話でもしましょ?」

「はい!」

「シロ? 聞いてる?」


 うわっ、いきなりのキラーパスは相変わらずっすね。


 ……よくよく考えると、教室のみならず部室にまで足を踏み入れるって……やっぱおかしい。恋は確か、凜が来たいって言ったから連れて来たって言ってたよな? そして、俺はその前に……新聞部に入っている事を凜に言っていた。


 ……これって偶然? それとも必然? それとも、凜の……計画通り?


 ダメだ。考えれば考えるほど、凜の行動1つ1つに裏があるように感じる。ただの友達、そう考えられるなら別に良い。そんな俺の考えは……甘かったのか? あいつは、あいつは……やっぱり何か目的を持っているんだ。


 だったら……奴を監視するしかない。観察して……行動、会話、その仕草の1つも見逃さない。

 お前が何を考えていようと、俺はそれを悟ってやる。そしてその全てに先回りして、その企みを潰すしかないんだ。


 寮に居るから、恋と一緒の時間は悔しいけどあっちの方が長い。今まで通りの感覚でいたら、それこそ恋と居る時間、全部持って行かれちまう。なら、今まで以上に恋に……アプローチしてやる。


「ツッキー? どしたの? 私の顔になんか付いてる?」

「いや、付いてないよ?」

「なんだぁ」


 この笑顔は、


「脅かさないでよぉ」


 絶対に渡さない。


「ごめん、恋の事……見てただけ」

「はっ、えっ?」



 絶対に……



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