第98話 なんだってするぞ?

 



 ゴクリ。


 超至近距離。

 目の前には目を閉じている……恋。


 これは良いのか? OKなのか?

 それとも試す為の罠なのか?


 どっちだ? どっちだ?



 〔良いじゃねぇか! あちらさんはお前の存在を確認。尚且つこの距離である事を承知の上で目を閉じたんだぞ? ほれ見ろ、若干唇を上に向けてるぞ? 間違いなく待ってんだよお前のキスを! やっちまいな!〕


 だよな? だよな? やっぱりそうだよな? これは絶対恋の俺に対する合図に……違いないっ!


 {何言ってるんですか。ダメに決まってるでしょう? そもそも女の子がこんな雰囲気もへったくれもない所でキスしたいと思いますか? どうせなら夜景のきれいな所とかロケーションが大事でしょう? それに、あなたを試す為の行動かもしれませんよ? 雰囲気に軽く流されるような男なんてイメージ持たれても良いんですか?}


 はうっ! くっ、痛い所を……確かにその可能性もないとはいえない。そしてその最悪なパターンこそ、俺が経験したであろうトラウマそのもの。それだけは……恋にだけはそう思われたくないぞ?


 でも……これは……、これは……



「大丈夫っすかー!?」

「はっ!」


 何処からともなく聞こえてきたその声。突然の出来事に、反射的に体勢を直すと、その声の主を探す様に辺りを見渡す。


 なっ、なんだよ! あと少し……だったのに! てか……タイミング悪すぎだろ!?


「あっ、居た居た」


 ん? 来た道の方? ってお前さっき走ってったジョーカーじゃねぇか! 


「すいません。脅かした後凄い音したんで、心配になりまして」


 こっ、心遣いありがとうございます! けど、その優しさは今じゃなかったんですよ! 


「いえ、大丈夫です。あっ、恋? 大丈夫?」

「えっ? あっ、うん。平気」


 壁にもたれかかっていた恋は、そう言いながらゆっくりと立ち上がる。その瞬間、さっきの続きは不可能となってしまった。

 なんでだろう……凄く悲しい気持ちだぁ。


「良かった! 右に曲がれば出口はすぐそこなので、お気を付けて」


 あんたその格好でそんな爽やかな声出されても反応に困るよ。しかも出口言っちゃっていいんですか? むしろその左側に何があるか気になるけどね。


「あっ、ちなみに左の方は行き止まりなので間違えないでくださいね?」


 ……俺って心の声バレてる? 悟られてる? なんか結構……


「ありがとうございました。ツッキー? 行こう?」


 ギュッ


 ほあっ! いっ、いきなり腕組まないでくれよ恋! って……さっきのがあっても腕組んでくれるって事は、やっぱり脈ありだったんじゃねぇのか? そうなんですよね? ……泣きたい。


「ん? ツッキーどしたの?」

「ナンデモナイデスっ!」




「うわぁ眩しい!」


 さっきのお兄さんの言う通り、出口までは本当にすぐだった。出口に掛けられていた暖簾みたいなのを捲り上げると、俺達の体を久しぶりの太陽の光が包み込む。


「ふぅ。出口かぁ」


 それにしても意外と距離あったなぁ。良い意味裏切られたかも。


「ツッキー、どうだった?」

「ん? 結構楽しかったよ。クオリティもなかなかだったし」


 まぁ楽しかったというより、俺は若干後悔してるんですけどね!?


「そっか、良かったぁ。私もね……とっても楽しかった」


 上目遣いでそう話す恋。その笑顔がなんだろういつもより可愛く見えるし……しかも妙にドキドキしてる。


 あれ? なんでだ? あれか? あの壁ドン事件のせいか? あれのせいで……変に恋の事意識してんのか? 俺!


「あっ、ツッキー? 皆に連絡しないと」

「あっ、あぁ。そうだな」


 おっと、そうだ連絡しないと……って恋? 君は違和感とか気まずいとかそんな感じはない訳? めちゃくちゃ動揺してる俺がバカみたいじゃんか! まぁとりあえずはヨーマに連絡するか。そんで一旦落ち着こう。


「よっと、とりあえず先輩に連絡したから大丈夫」

「うん。ありがとう」


 ピロン


 おっ、返事早っ!


【了解。とりあえず交番まで来てちょうだい】


 なるほど、


【分かりました】


 これでよしっと。


「恋、とりあえず先輩達交番に居るみたいだから、そこで集合だって」

「はぁい。じゃあエスコートよろしくぅ!」


 エスコートって……あのね? 一応君が迷子になったおかげで皆てんやわんやだったのよ? 交番行ったら、しんみりとした表情お願いします。


「あっ!」


 今度はなんだ?


「なんだ?」

「さすがに……皆の前で腕組むのはマズいよね? てへっ」


 気にする所はそこじゃないんですよねぇ!




 えっと、ここの道を右に曲がって真っすぐ行くと交番か。てか、案外お化け屋敷から近いんだな?


「ねぇねぇツッキー!」

「ん?」

「タコが丸ごと1匹入ったタコ焼きだってよ?」


 ここまで来て食欲旺盛かっ!


「あのなぁ、そういうのばっか見てるからはぐれるんだぞ?」

「ちっ、違うもん! 食べ物見てたからはぐれたんじゃないよっ!」


 おっ、なんか必死になってんなぁ。どれどれ? その陳述を聞こうか?


「ほう? じゃあ一体なんではぐれたんだ?」

「むぅ……」

「どうしたんだ?」


 こりゃ絶対食べ物の出店見てたな?


「出店見てた」

「やっぱ出店じゃねぇか!」

「でっ、でも食べ物の出店じゃないもんっ」


 ん? 食べ物じゃない?


「じゃあ何の出店だよ?」

「それは……あっ!」


 今度はなんだなんだ?


「あれだよツッキー」


 あれって……なになに?


「……ストレスフリー?」


 ストレスフリー? 何そのネーミング! しかもお花見に全然似つかわしくないじゃん!


「うん! 色んなストレス発散グッズ置いててさ? しかも他の出店と毛色違うじゃん? だから興味湧いちゃって……」


 毛色違い過ぎるだろ……しかも遠目から見る限り本当に結構な数のグッズ置いてあるなぁ。


「それでついつい眺めちゃったと?」

「うん……それにね? あそこ見て? ご当地のストレス発散アニマルシリーズもあるんだよ!?」


 ん? おぉ! 確かに、アニマル達がご当地の格好してる! こりゃすげぇ!


「おっ! こりゃすげぇ!」

「でしょ? だから……ツッキーに教えたら喜んでくれるかなって……」


 はっ! その言葉に、そのはにかんだ顔は反則だって! しかも……俺って言った? 喜んでくれるかなって言った? まさか……俺の為にここで立ち止まったの?


「えっ!? ……そりゃまぁ、嬉しいけど……」

「へへっ、本当? ツッキーにこの出店見せれて……良かった」


 ……あぁ、やっぱ反則だよなぁ。




「さて、恋。色々聞きたい事、言いたい事はあるけど、まずはこっちに来てもらおうかしら?」

「せっ、先輩っ! 色々とご迷惑を……」


「話は交番の中でしましょう。色々な人にご迷惑掛けた事だし……采? シロ? ちょっと外で待ってて?」

「わかった」

「ワッ、ワカリマシタ」


「せっ、せんぱ……」

「さて、詳しく聞かせてもらおうかしら?」

「ひっ! 先輩、ごめんなさぁぁい」


 許せ恋……さすがにここで助け舟は出せないよ。だって……ヨーマ笑ってんだもん。時折俺に見せるあの笑い方してたもん! あれには……抵抗できませんっ!




 ≪…………次の駅は……≫


 ふぅ。なんだかんだあったけど、無事に帰れそうだなぁ。まぁ恋もヨーマにこってり怒られたみたいだし? 交番出てきた時シュンってしてたもんなぁ。でも、皆集合したら、


『皆ありがとー!』


 って、嬉し泣き? してたし……良くも悪くも恋が全部持ってったって感じかな?


 てか、それにしても……


「すぅ、すぅ」

「すやすや」

「ぐごー、ぐごー」


 なんかデジャブなんですけど? こんな光景前も見た事あるんですけど?


「がーご、がーご」


 栄人、お前のイビキはもはや怪獣の鳴き声じゃねぇか!


 ったく……一応新幹線よ? 全員寝たら財布とか貴重品盗まれるとかそういう考えを持ってる人は居ないもんですかね? こらヨーマ! こういうとこで寝るなんて、イメージ変わるから本当に止めてください。


 ……ん? 待てよ? これは皆の寝顔を撮るチャンスなのでは? はっ! そうだ、そうすれば俺にもヨーマその他諸々に対抗できる武器が手に入るじゃないか! よっし、善は急げだ!


 まず……このおバカ2人組は要らんな。となると……間を失礼して、まずは六月ちゃん! うん。超素晴らしい! 記念に1枚。そして海……口開いてんですけど? まぁ面白いから後で見せてやろう。


 んで? なんだこの2人は寝てても美男美女じゃねぇか! 悔しいから撮っちゃうもんね!


 そして、凜? 凜はいいや。えっと、次は早瀬さんか。はい女神! これは押さえとかないと!


 最後に……恋か。寝顔も可愛いじゃねぇか! 3枚ぐらい撮っておこう。


 これで良いな。よっこいしょ、ふぅ……これで俺にも武器……


「私の寝顔は撮ってくれないの?」


 その声は、突然俺の耳に入り込む。

 とは言っても、聞き覚えのある声なのは間違いない。けど、まさか全員が寝ていると思っていた状況で、話し掛けられるとは思いもしなかった。


 はっ!? 起きた?

 見当もついてたし、声の主に視線を合わせるのは簡単だった。そしてその先に居たのは、少し笑みを浮かべながら俺の方を見ている……凜。


「はっ? 何言ってんだ?」

「全部見てたよ? そういう趣味できたんだ」


 くっ、マジか、見てただと? こいつ寝たふりしてたのかよ! とんだ狸じゃねぇか! しかも……その言い方。それを餌に脅そうってのか? 


「別に? ただの記録用だから」

「ふふ、そうなんだ。それより……」


 ん? なんだ?



「恋ちゃんとのお化け屋敷楽しかった?」



 その言葉を聞いた瞬間……体の底から悪寒が走る。

 はっ、はぁ? なんでそれを? 嘘だろ? あそこは……お前に捜索頼んだ所と真逆じゃ……


「はっ、はぁ? 何言ってんだ?」

「大丈夫。葉山先輩や皆には言わないから」


「言わないって、そもそも……」

「腕まで組んでたんだもん、そりゃ楽しいに決まってるよね」


 腕!? そこまで……知ってる? まさか、本当に……見てた?


「でも……あんな恋ちゃん見てたら……意地悪したくなっちゃう」


 意地悪? 何を言ってんだこいつ……? しかも、なんだよその……不気味な笑顔は。


「じゃあ私も一休みしようかな。見張り番、よろしくね? ……蓮」


 ……こいつは……本当に俺の知ってる凜なのか?

 いや、そもそもあの日……あの屋上で普通に話し掛けてきた時点で……おかしかったんじゃないのか?


 やばい、全然分かんねぇ。お前が何を考えてるのか……何が目的なのか。

 けどな、さっきので1つだけハッキリした事もある。



 高梨凜は……危険だ。



 明確な理由はない。けど、俺の直感が、体が……そうだって警告してる。


 …………意地悪したくなっちゃうだと? それがどういう意図なのかは分からない。ただ、


 純粋に交換学習を楽しむなら、別に構わない。

 だけど、お前の目的が……俺の幸せを邪魔する事だとしたら……どんな手を使ってでも、どんな事をしてでも阻止してやる。


 そして、もし俺から恋を遠ざけようなんて事、考えているのなら……


 俺は絶対に……絶対に……



 お前を許さない。



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