第97話 究極の選択

 



「きゃっ」


 うおっと! 

 小さな悲鳴を恋がするたび、左腕が締め付けられる。けど、決して痛くはなく、むしろ心地良い温かさに包まれる。


 ……こんな事が起こっても良いのか?


「大丈夫か?」

「うん。ツッキーが隣に居るから」


 トンッ


 ちっ、近い! 頭が肩ら辺に当たってるんですけど?


 何とも嬉しいこの近距離。そして腕にはもう1つ、柔らかい感触。

 えっ? 違うよ? 俺がしてる訳じゃないんだからね! 恋だよ? 恋が自分でくっつけてるんだから? 分かっててやってるのか、自然にこうなってるのかは分からないけど……断じて俺の意思ではない。だったら……有りでしょ!


「ッキー?」


 ん?


「ツッキー? 大丈夫?」


 うおっ、危ない危ない。完全に至福の世界へと旅立つ所だった。意識はちゃんと保たないと! 恋に勘付かれたらボーナスタイム終了だぞ? よっし、しっかりと!


「ん? あぁ、大丈夫」

「そっかぁ」


 先程の道を引き返し、真っすぐ進んで行く俺達。

 これはまたどこかでビックリポイントがあるはず。その時、自我を保ちいかに恋の方へ神経集中できるかがカギだぞ?


「ツッキーはこういうトコ得意なの?」


 お化け屋敷かぁ……別に嫌いではないけど。いや、ここはちょっと格好つけよう。


「そうだなぁ。好きっちゃ好きかな」

「へぇ、すごいなぁ。意外な一面めっけ」


 その言葉に上目遣いは反則だって! しかもこっちに近付く感じで言うもんだから、顔も近いしその……柔らかさ、更に感じるんですよ!


 それにしても、この暗さになんともいえない雰囲気。これは期間限定とは思えないなぁ。しかも厄介なのが、恐らく脅かす役が全員人間だと思われる事。なんせ、その都度その都度で出てくるタイミングとか、脅かし方だって違うはず。そんな不規則さ故に次のビックリポイントの予測ができない。


 しかも、意外と長い気がするなぁ。今の所はさっきみたいな分かれ道はないけど……


「ひっ!」


 うおっ! なんだなんだ!

 恋の驚いた様な声が聞こえた瞬間、左腕が引っ張られる。

 にしても、なにに驚いたんだよ。周りには特に何もないけど……


「どした? 恋」

「ごっ、ごめん! なんか左腕に冷たいなんかが当たって……水みたいな」

「ほっ、本当か?」


 みっ、水? そうやって脅かすパターンもあるの? 


「なんか想像以上に……しっかりしてるよな?」

「うっ、うん。結構やんわりとした怖さかな? って思ってたんだけど……」


 まぁ無理もない。じんわり感じる怖さっていうよりも、瞬間的に怖がらせて来るタイプだからなぁ。その分衝撃も半端ない。


「離れない様に捕まってて? あとはなるべく壁際に居た方が良い」

「うん、ありがとうツッキー」


 その言葉の後に、再度力を入れてギュッっと抱き締める恋。

 最高だね。


 そんな幸せを感じながら、俺達は導かれるがままお化け屋敷の奥へと進んで行く。辛うじて前が見える位の薄暗さ、どこからともなく聞こえてくる口笛のようなBGM。機械的な仕掛けが主流であるこの世の中で、ある意味こういった手作り感のあるお化け屋敷は、逆に何とも言えない怖さを醸し出してるのかもしれない。 


「ツッ、ツッキー。どの位まで来たかな?」

「ん? それでも結構進んでる気はするけど? でも、さっきの井戸からそれらしきビックリポイントに遭遇しないのは逆に緊張感あるけどね?」

「だっ、だよね? 絶対またなんかあるよね?」


 明確なビックリポイントは今の所さっきの井戸だけ。それ以降は何かがある訳でもなく、何かが出てくる訳でもなく、静けさが続いていた。

 いや? 恋の水滴ポイントはあったか? でもそれを含めても……考えてみれば仕掛けがなさすぎる。


 あれ? しかもさ……他の人の声が聞こえなくなった? 確か最初辺りでは他の人の悲鳴とか結構聞こえてたんだけど? それが全く聞こえない? いやいや待てよ? もしかして俺達が入った瞬間にあの人達は井戸の所に居た? もしそうだとしたら、悲鳴が聞こえなくなったって事を考えると……この先は意外と何もないとか!?


 ドンドンドンドン


「はっ?」

「なっ、なに!?」


 おいっ! 今まさに何もないかも? とかって思ってた所なんですけど? なんだこれ? 壁を叩く音? しかも段々音が大きくなって……


 ドンドンドンドン


 こっち近付いて来る!?


「ツッキー!?」

「ぎゃっはっはー!」


 恋が不安げに俺の名前を呟いた瞬間だった。通路の先から壁を叩いて近づいて来る誰か。少しずつその正体が見えてきて、それがトランプのジョーカーの様な格好してるって気が付いた時には……もはや遅かった。


 俺達に目もくれず、横を全力で通り過ぎていくジョーカー。そしてそれを目で追っていくと同時に、左腕に感じる重さ。


 横切るジョーカーに気を取られていた俺は……その重さに耐えきれなくって、成すがままにあっけなく体勢を崩していく。


 待て待て、なんで俺倒れ掛かってんの? あのジョーカーにビビッて体勢崩した? いや、でもなんか左腕に異様な重さ感じるんですけど? 

 って! 俺こっち側に倒れたら、恋にぶつかるじゃねぇか! そうなったら俺の体重ごとぶつかって……恋が挟まれるっ! いかん! ダメダメ! それだけは絶対ダメだ! 恋怪我させるなんて最悪だ、一生もんの後悔だぞ! ふざけんな! なんとか壁に手を当てろ! 倒れるんじゃない、月城蓮!


 ぶっちゃけ、その後の事はよく覚えていない。頭の中は恋を怪我させるな! ぶつかるな! ダメならなんとかして自分が怪我しろ! そんなので一杯で、とにかく恋を守りたかった。それが原動力になったのかは分からないけど、とりあえず思いっきり体を捻り、力を込めて腕を壁に向かって突き出した……と思う。


 バン!!


 両方の掌に感じる木の感触。そして、じんわりと脳に到達する痺れる様な痛み。これは……おそらく壁激突は避けれたんだろう。

 なんで疑問形なのかって? それはだね、恥ずかしながら壁に手を突き出した瞬間、反射的に目を瞑ってたから。だから、今現在俺の目の前は真っ暗なんだ。


 けど、恋を押し潰すという最悪な結果は回避出来たと考えてもいいだろう。いくら目を閉じてるとはいえ、両足はちゃんと地面に着いてるし、両手は壁で、体に触れているものもない。


 ふぅ。恋との衝突は避けられたか。よっと……

 そんな安心感を覚えた俺は、俯いていた顔を上げながら、ゆっくりと目を開いていく。ぼやけた先、そこににあるのは木の壁……


 はっ……は?


 じゃなかった。

 見覚えのある鼻、見開いた目、見覚えのある瞳。そう、俺の目の前にあったのは恋の……顔だった。


 はっ? 待て、なんで恋の顔? しかもこの状況……よく見たら俺、恋に壁ドンしてるみたいじゃねぇか! しかも……顔が近い!


 薄暗くてもそれが恋だって分かる。今までに経験した事のない近距離。後少しで鼻と鼻がぶつかりそうで……それが分かった瞬間足は動かないし、心臓は跳ね上がって一気に心拍数が上がっていく。


 どどどっ、どうしよう! やべっ! 息遣いとか聞こえてね? てか息臭くない? 大丈夫か? くそっ、ガム噛んどけば良かった! てか恋、なんかしてくれよ! このままじゃ……このままじゃ……俺……


 目線を少し下げると、そこには……柔らかそうな恋の唇。もちろんその距離は滅茶苦茶近くて、ほんの少しだけ動いただけでも……触れてしまいそうだった。


 ダメだって! ここで勘違いしちゃダメだぞ! 月城蓮! 欲望のままに行動したら絶対後悔するんだ!

 だから恋! 頼むからなんかアクション起こしてくれよ!


 そんな俺の願いが通じたのか、恋の表情が変わる。驚いた様な顔から、何かを決心したような顔になって、


 よっし、そのまましゃがんでこの壁ドン状態から抜け出し……


 そのまま、ゆっくりと……目を閉じた。


 はっ、はぁ? 嘘でしょ? 何? その行動は何の意味が? いやいや、目を閉じて黙ってるって……これはもっ、求めてる? OKって合図なの!? そうなの? でも、それこそ罠だったらどうする? 俺を試してた的な……軽い男は嫌いなんて恋に言われたら、俺ショックでしばらく学校行けなくなるよっ!


 でっ、でも……したい。そりゃできる事ならしたいんだよ! 滅茶苦茶したいんだよ! 


 けど……一体俺は……俺は……



 どうしたらいいんだぁぁぁ!



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