第96話 手汗とか大丈夫ですか?

 



「えっ?」


 目の前に映るその人は、そんな声を口にした。そしてゆっくりとこっちへ顔を向けていくと、次第にあらわになる顔は……間違いない。間違いなく……


「ツッ、ツッキー!?」


 俺が探していた人物。日城恋だった。

 一瞬驚いた顔を見せた恋は、次第に笑顔になっていく。そして俺の方へ近づいてくる姿を見た時、もちろん安心した。けど、それ以上に感じたのは……


 嬉しい。


 そんな感情だった。

 マジでお化け屋敷のとこ居やがった! これはあれか? まさかさっきの俺との会話を覚えてて、あえてここに? だとしたら滅茶苦茶嬉し過ぎるんですけど! ……いや、待て待て。一応皆に迷惑掛けたんだぞ? 最初はガツン言っておかないと。


「なぁにがツッキー! だよ! ったく」

「でも……来てくれた」


 ちょっ、なんで照れてんだよ。その顔はヤバいって! ダメだ! いいか蓮? 自分を見失うな!


「来てくれたって……皆心配したんだぞ?」


 ここだ! 軽めにチョップ! 


「えいっ」

「いっ、いたぁぁい。ごめんー」


 すっ、素直に謝った? って絶対そんなに痛くないだろ!


「色々聞きたい事はあるけど……まぁ無事に合流できて良かった」

「へへっ、ありがとう」


 ずるいよなぁ……この笑顔。


「とっ、とにかく先輩にれ……」


 ん? ちょっと待て、月城蓮。良く考えてみろ? 俺の目の前には恋。そして俺が発見した。つまり他の人達は俺が見つけたって事を知らない訳だよな? 


 つまり……今は誰も邪魔が入らない、2人きりのボーナスタイムじゃないか! 


 これは良いぞ? ただでさえ4月からクラス変わって、会う時間も短くなった。トラウマ幼馴染と愚妹のせいで恋と2人きりなる事なんて、ほとんどない状態だったんだぞ? これ位良いだろ? ならば、恋と……


「ゴホンっ! なぁ恋?」

「ん? どうしたの?」

「お化け屋敷入らないか?」


 どうだ? さっき恋言ってたよな? 


「えっ、でも皆心配してるって……」


 そんな事はいちいち覚えてんのかよ! だか、ここで引いたら負けだぞ!


「さっき約束しただろ? 嫌……か?」


 どうだ? ちょっと悲しげな感じ!?


「いっ、嫌じゃない! ツッキーさえ良ければ……」


 こっ、これは! 


「じゃあさ……行こう?」

「うん」


 ゴール!!


 つきしろれんはねんがんのおばけやしきでーとをげっとした。


 これは……でかい! 好きな子とお化け屋敷なんて最高じゃないか! これでさりげなく手でも握れたら更に最高なんだけど……まぁとりあえず行こうか。




「あっ、高校生2人です」

「ひっひっひ……カップルは特別に2人で500円だよ」


 えっ? カップル!? しかも結構安いな。


「じゃあ、これで」

「ひっひっひ、ありがとさん」


 あんた魔女みたいな喋り方してるけど、被ってんのは海賊の着ぐるみなんですよ? なかなかマッチしてないんですけど?


「気を付けて行っておくれ。そうそう、彼女さん」

「えっ? あっ、私?」


「中は暗くて怖いぞ? 今のうちに彼氏さんと手を繋いどかんでいいのかぃ?」

「てっ、手?」


 おいっ! それは中の雰囲気で自然になるもんだろ! 余計な事言うんじゃないよ!? これじゃあ絶対変に意識して恥ずかし……


「だっ、大丈夫です!」


 やっぱりこうなるじゃねぇか! この野郎! 後ろからデコピンでもしてやろうか。


「そうかそうか……それではアディオス」


 いきなり口調変えてんじゃないよ! キャラ演じるなら頼むから統一してくれ! ったく……まぁこういう簡易的なお化け屋敷だからある程度のクオリティは覚悟しなきゃいけないのかもしんないな。


「よっし、じゃあ行くぞ?」

「うっ、うん! 楽しみだね!」


 少しテンション下がりめのまま、ゆっくりと入口へと近付いていく。

 段々と暗くなってくる周りの雰囲気は……分かっていても少し緊張を誘う。ここからでも分かる程、中の様子は完全に真っ暗。先が見えないのがそれを助長する。


「よし、じゃあ中に……」


 あと一歩足を踏み入れれば、お化け屋敷のスタート。一応恋にも確認して、いざ……と思った瞬間だった。


 ヒュッ


 は? 

 目の前に現れた物、それは上から降って来たってのはなんとか分かる。

 けど、なぜか俺はその何かを目に捉えてしまった。そう、それは皮膚はただれ、眼球が飛び出した生首。


「うわっ!」

「きゃっ!」


 その瞬間、自分でも情けなくなるような声が飛び出し、反射的に後退りしてしまう。そしてロープで吊るされた生首……の作り物をマジマジと見た途端。一気に恥ずかしくなる。


 やべぇ! とっさに変な声出しちゃったじゃないか! くそ、まさかこんな古典的な手法で来るとは……油断した! それにしても、何とも情けない姿を恋に晒してしまったよ……笑われてないか?


「ねぇツッキー?」


 最悪。絶対笑われるわ。


「うっ、うん?」

「やっぱり、手握ってもいい?」


 思えっ? マジ? 思いがけない言葉に、そっと横に立っている恋を見てみると、そこには少し不安そうな顔で俺の方を見る恋が居て……そんな様子にドキッとしたのはいうまでもない。


 てっ、手? もちろん良いに決まってんじゃん。 こりゃ……思いがけない所でチャンスだ!


「あっ、あぁ。いいよ?」

「ありがとう……じゃあ」


 心臓の鼓動が分かる。胸に手を当てなくても、その異常な早さが体を巡る。もちろん症状なんかじゃない。今から恋と手を繋ぐ……緊張しない訳ない。

 だらりと力の抜けた左手……けど、全神経がそこに集中してる。


 大丈夫か? あっ、手汗とか大丈夫か!? 

 そんな心配をよそに、その瞬間は訪れる。手のひらに感じる指の感覚。それがだんだんと広がって来て……俺の手を包み込む。少し温かい恋の温もり。それを感じながら、俺も恋の手をゆっくりと握っていく。


「これで……安心だね」


 少しはにかんだ笑顔。悪魔的な可愛さでこっちを見る恋を、恥ずかしながら凝視なんてできない俺はすぐさま視線を戻して、


「あっ、当たり前だろ?」


 なんて、格好つけて言うのが精一杯。


「じゃあ……行くぞ?」

「うん」


 必死に照れ隠ししながら、俺達はお化け屋敷の中へと足を進めた。




「やっぱり結構薄暗いな」


 お化け屋敷の中は想像通り薄暗くて、目を細めて辛うじて前が見える位。しかも……目の前には木の壁? しかも右側にも。


 ははぁ、ご丁寧に順路指定かぁ。これはもしかして順路を辿って怖がらせるタイプなのかも。だったら道中気を付けないと、さっきみたいに情けない姿見せる事になるからな。集中して、辺りを観察だ!


 2人がギリギリ通れるくらいの幅の通路を、ゆっくりと進んで行く。


「キャー」


 うおっ、なんか遠くから悲鳴が聞こえるんですけど?


「うおぁぁ」


 はぁ? 男の悲鳴まで聞こえてんですけどぉ?


「ツッキー、なんか色んな人の悲鳴が……」

「おっ、おう。気を付けないとな」

「うっ、うん」


 ヤバいな。これはもしかして相当怖い奴なのか? 良い意味俺の期待を裏切る様な作りなのか。


「ツッキー、見て?」


 ん? あっ、ここで2手に分かれる?


「分かれてるな?」

「どっち?」


 どっちだ? でもどっち行っても合流しそうではあるよな? 


「じゃあ……右行くか」

「うん」


 右に曲がると、またしばらく直線が続く。気を付けろ絶対来るぞ! 上か、下か、左か?

 そして立ち塞がる壁と、右へと続く曲り道。


 右ぃ? 絶対これ曲り角になんかあるパターンじゃねぇか。


「恋、いいか?」

「うん」


 おそらく何かあるであろうその先へ、恋と一緒に向かう。その瞬間ちょっとだけ、恋が手に力を入れたのを感じた。


 恋も怖いのかな? 

 そんな事を考えてた余裕も、次の瞬間、瞬く間に消え去った。


 はっ? これっって!


「ツツッ、ツッキー!?」

「あぁ……」


 曲がった先、そこにあったのは……井戸。そしてその後ろには鳥居のようなものが続いていて、不気味な赤い光がそれを照らしていた。


「井戸か……」


 待て待て、井戸といって思い出すのは髪が長くてまつ毛がない某ホラー映画なんですけど?


「ははっ、中から這い出て来たりなっ」

「そっ、そんな事言わない……」

「ひゃあぁぁぁぁ!」


 その甲高い声と、井戸の中から勢いよく飛び出てきた何か。それを認識する事は出来ても、体の自由は全く効かない。それどころか、体の底から湧き上がる悪寒と、一瞬で飛び上がった心臓。それから遅れる事コンマ0何秒……それは自分の意志に関係なく口から発せられる。


「うあぁぁぁ」

「ひっ、ひぃぃ」


 髪の長いそれは……おそらく人間なんだろう。地面に着地した瞬間、物凄いスピードで走り去ってしまった。後に残されたのは、呆然と立ち尽くす俺と恋。余りの勢いと驚きに息は途切れ途切れになっていた。


 はぁ……はぁ……嘘だろ? ヤバいだろあれは!? こう機械的に動く奴なら分かるよ? でも人はダメだって! しかもなんだよあの動き、完全に本物以上の動きじゃねぇか。

 まだドクンドクンいってる心臓の音を感じながら……ゆっくりと深呼吸する。


「スーハー」


 大分落ち着いた。あっ、そう言えば恋は大丈夫なのか? とりあえず倒れてはいないみたいだけ……ど?

 さっきの衝撃から少しずつ落ち着いてきたのは、何となくわかる。だからっていう訳じゃないけど、一目散に考えたのは恋の事だった。けど、それを意識した瞬間左手というより、左腕全体になぜか温かさを感じる。


 ん? なんだ? てか、手じゃなくて左腕全体が妙に温かいんですけど? しかもなんか柔らかいものが……はっ!


 その正体を……その眼で見たくてゆっくりと視線を向けていく。その先にあったのは……さっきまで恋の手を握っていたはずの自分の左手。その手の中は空っぽで、虚しく握って開いてグーパーグーパーを繰り返していた。けど、問題はそこじゃない。そう……俺の左腕を包み込む温かさの正体。それは一目瞭然だった。


「こっ、怖かったねツッキー?」


 いっ、いやっ。確かに怖かったよ? でもでも、今の俺は別の意味で再び心臓のドキドキが止まらないんですけど!


 いいの? ねぇいいの? でもめっちゃ嬉しいけど、めっちゃ緊張するんですけど!


 なんで? なんで?



 なんで腕組んでるのー!? しかも両手でがっしり?



 ……ゴクリ。



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