第87話 海璃と六月と
ん? ここは……公園? あぁ近所の公園じゃん。んで? なんで俺はしゃがんでんだ?
そういえば、俺も小さい時に仲の良かった男の子居た気がするなぁ。顔とか名前は全然思い出せないけど。でも、もしかしたら恋と凜みたいに高校で出会うって事もあり得るんだよなぁ。もしかしたらどこかで……
「……ん」
ん?
「れ……ん」
誰か呼んでる? 何処から? 声的には公園の……
「れーん!」
なんか急速に近づいて来てない? しかもこの声なんか聞いた事のあるような?
「れん!」
えっ!? いやいやなんでお前居んの!?
なんでだ? おっ、おい! しかも笑顔で、全速力で!
こっち来んじゃねぇ! 片桐栄人ぉぉ!
「はっ!」
自分でも何が何だか分からない。ただ、目の前に広がっていたのは、公園でも何でもなく……新聞部の部室。
はぁ……よかった、夢で。マジでビビったんだけど? なぜかあのクソイケメン元委員長が笑顔を一切崩さずに全速力で俺の方来たからな? 恐怖だよ! 恐怖以外のなにものでもないよ!
本当に夢で良かった。
尋常じゃない安心感が体中に広がりホッと胸をなでおろすと、俺は横に置いてあったスマホを手に取る。画面の時刻はアラームの2分前。絶対あいつのおかげだとは思いたくない。
ピロン
おっ、ストメ? この時間って事は……よっと、
【お兄ちゃん終わったー】
やっぱり海瑠か、それにしてもナイスタイミングだなぁ。けど……絶対にあいつのおかげだとは思いたくないね!
はぁ、マジで良い天気だなぁ。さっきの生き霊を浄化してくれよ。
中庭を眺めながら、やって来たのは校舎棟。そして1年生の教室は4階。学年が上がるにつれて階層も下がるごくあり触れた構造な訳だ。つまり海璃達が居るのは、この階段を上がったよ……ん?
「あぁ! やっと来た! 遅いよお兄ちゃん!」
階段へ差し掛かろうと顔を上げた瞬間、上から聞こえてくる声。そしてその先に居たのは、なぜか片手を腰に当て、ドヤ顔で俺の方を指差す海璃だった。
あっ、丁度いいじゃん、階段昇る手間省けた。
「おぉ、丁度良かった」
「なにが丁度いいのさぁ、ちょっと遅いよ? お友達待たせるなんて」
お友達? 妹の間違いじゃないのか? 大体新入生の知り合いなんて六月ちゃんしか居ないぞ? しかも、なんかその顔妙にムカつくな? そのドヤ顔……少しイジッてやるか。
「友達って誰の事だよ。それにそんなパンツ丸見えで言われても説得力ないぞ?」
「うへっ! パンツ!?」
明らかな動揺に、変な声を出しながら物凄い勢いでスカートを押さえる。そんな海璃の姿が見れたから、これでチャラにしてやろう。
「海璃ちゃん……?」
ん? 他に誰か居るのか?
「あっ、六月ちゃん離れて! パンツ見られちゃうよ!」
はぁ!? なに誤解を招くような事を……って六月ちゃん? 今六月ちゃんって言ったか? あれ? ひょっとして?
「烏真六月ちゃん?」
「はい? その声は……」
六月ちゃん、海璃のその言葉に確証はなかった。けど、もしかしたら……そんな事を考えながら、思い切って名前を呼んでみる。けど、どうやら俺の読みは当たったらしい。返事と共に、階段の踊り場から顔を覗かせたのは……
「あっ! 月城さん!」
間違いなく、俺の知る六月ちゃんだった。
「えっ? なんで?」
キョトンとしてる海璃は放っておいて、
「やっぱり六月ちゃんか! 入学おめでとう」
「あっ、ありがとうございます!」
俺の顔を確認すると、六月ちゃんは海璃の横に立って丁寧にお辞儀までする。なんて礼儀のある子なんだ、俺の妹ときたら……
「えっ!? なんで? お兄ちゃんと六月ちゃん……知り合い?」
いつまで目見開いて、口も開けっ放しにしてんだよ!
「実はね……」
「なぁんだ! そうだったの?」
「うん。でもびっくり! 本当に月城さんの妹である海璃ちゃんと同じ組になれるなんて」
確かに、その点は凄いよな。同じ組になれたらいいとは思ってたけど……てか、なんで俺を真ん中にして廊下歩いてんの?
各々の紹介も済んだ事だし、あとは学校の案内しながら話そうぜ? そう言いましたよ? けど、普通は君達2人が並ばない? なんで俺の両サイドに居る訳?
「それにしても大きい校舎ですねぇー」
うむ……最高!
「改めて良くここに入学できたね? どんなカンニングしたの? お兄ちゃん!」
うむ……ムカつく!
「それはそうと、2人は何組なんだ?」
「3組だよ!」
3組か、奇しくも1年の俺と一緒とは。偶然か? いや……学園側で狙ってる? 訳ないか。
「担任は?」
「えっと……高倉先生です」
高倉先生!? そこまで一緒? まぁ高倉先生なら、少し適当だけど問題はないだろう。
「そっか、話しやすい先生だから、なんでも相談とか乗ってもらえると思うよ」
「そうなんですかー」
「お兄ちゃん! 私お腹すいた!」
……てめぇ、チョップでもしてやろうか? ったく、良くこの話しの途中でお腹すいたぁなんて言えるな? しかも、なんだかお前……家モードじゃねぇか? 学校では秀才健康生徒会長とかって呼ばれてたよな? なに? 遠く離れた鳳瞭では包み隠す事なく自分をさらけ出していくスタイルなの? 高校デビューってやつなの?
「そういえば……お昼まだだもんね? 私も少し……」
「でしょ? お兄ちゃん、六月ちゃんもお腹すいたって」
おっと……でも言われてみれば良い時間だもんなぁ。話ししてたら俺も腹減って来たし……
「じゃあ一旦学食行くか?」
「はい」
「はーい」
うわっ、見事にハモってやがる。
「じゃあこっちだから、ついて来て」
こうして、まるで両手に花状態……いや? 片手は違うな。そう、ラフレシア。対照的な2人に挟まれながら、廊下を歩いていた。
えっと……確か今日は入学式だから、いつものA、B、Cランチはお休みだったかな? だとすると……気合入れ鳳瞭スタミナいっちゃうか?
「あっ、そういえばお兄ちゃん」
「ん?」
なんだ? メニューを決めてる最中に話し掛けてんじゃないよ! こっちは必死なんだよ!
「お兄ちゃんが好きな相音も3組だよ」
相……音……? はっ! まさか……まさかあいつも鳳瞭に!?
「だっ、大好きなんですか!?」
ちょ、ちょっと待て! 言い方がおかしいじゃねぇかこの愚妹!
「何の事かな? 全然だよ? 海璃の言い方の問題」
「えぇ? だって相思相愛じゃん?」
「えっ!?」
なぁに言ってやがる! 大体にしてお前の見方がおかしいんだよ! どうみたら相思相愛なんて事になるんだよ。
「あっ、相音だ。おーい」
はぁ? あのなぁ? いまさらそんな古典的な嘘に……
「せ……ぱ……」
廊下の少し先、階段から上がって来たその人影に向かって、海璃は手を振る。逆光になってちゃんと見えないけど、海璃曰くあれは相音らしい。
「いやいや、違うだろ?」
「相音だって」
「あれ? あの人……」
「六月ちゃん正解!」
えっ? なに? 六月ちゃんも見えてんの? 烏野衆の一員がが言うなら間違いないのか? ……って、だったらマズいんですけど? 早く逃げ……
そんな事を考えていた時だった。もうその時点で何もかもが遅かった。
逆光になって顔がはっきりと見えないその人物は、こちらに既に向かって歩いて……いや既に走って……いや既に……ダッシュで近づいていた! そう、ある言葉を叫びながら。
「せぇぇぇんぱぁぁぁぁぁぁいぃぃ」
あぁ……めっちゃダッシュで来てるんですけど? しかも段々顔とか見えてきたんですけど? 聞いた事のある声だし……そのツンツンの髪形も見た事があるんですけど? あぁ、本当に本人か? まぁやつの実力なら鳳瞭に来れるとは思ってたけど……
その相音と呼ばれる人物は、もの凄い勢いでこちらに向かってくる。それは俺達にぶつかって来そうな位のスピード。でも不思議と恐怖はない……というか半ば呆れている。なぜかって? それは……
キュイ!
「先輩! お久しぶりです!」
「いきなり廊下でドリフトの真似なんてするんじゃないよ!」
嫌というほど見慣れた光景だから。
「へへっ! すいません! でもいきなり先輩に会えて嬉しくって!」
「相音、相変わらずお兄ちゃんの事好きだねー」
「えっ! やっぱりそういう関係……」
「違います! 断じて違います! 違うよ? 六月ちゃん?」
「そんな隠さなくたっていいじゃないですかー」
「えっ!」
「おい! 何言ってんだよ! その冗談通じるのは桜ケ丘だけなんだよ! 他の人達は真に受けんだろ!」
「ははっ、本当に相変わらずだよねぇ2人共!」
てめぇ……元はと言えばお前が呼ばなきゃ良かったんじゃねぇか! くそっ、六月ちゃん本気で誤解しなきゃいいけど……。
それにしても……本当相変わらずだな?
桜ケ丘中学校卒、
その爆発的なスピードと正確無比なセンタリングは弱小桜ケ丘の中で一際は目立ち……県選抜にも選ばれる程。
まぁ、だからこそこの鳳瞭に居るんだろうけどね。
そしてそのプレースタイルと、この見たまんまの騒々しさから、サッカー部での愛称は
「えっ? 呼びました?」
「呼んでねぇよ!」
そしてこいつの問題点がもう1つ。勘の良い人なら分かってるんじゃないかな? 誰かに似ていると……そう、クソイケメン元委員長ともこいつは仲が良い。つまり何が言いたいかっていうと、
その2人を引き合わせるな! 出会ってしまったら逃げろ!
あぁ……全然気にも留めてなかった……。頼むから……
今この場に栄人は来ないでくれー!
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