第85話 偶然と偶然
今日も天気は清々しいほどの晴れ。その日差しは気持ち良く、休みの日だというのに俺を優しく包み込んでくれる。
だけど、なんだろう。そんなにも素晴らしい自然の恵みを感じているのに、やるせない……というか何とも言えない感情。まぁ、その原因も思い当たる節は一つしかない。
あぁ……最高の朝に、最高の天気に、最高の休み! けどなぁ……ぶっちゃけ昨日の凜の一言が気になって仕方ないよ。
『蓮の事が好き』
いやいや、それは流れ的にあり得ないだろ? でも、凜が意味もなくそんな意味不明な事言う気がしない。けど、だったら何で振ったの? って話になる。 ……やっぱり何か意味が?
……はっ! まさか! あの時は振って、今更好きって事は……もしや? あの夏祭りの時点で好きだった人に振られた? もしくは付き合ったけど別れた?
そんでもしかしてまだ自分の事好きかもって……俺にアプローチ!? もしそうなら悲しいぞ? でもそれだと一応意味は繋がるじゃねぇか! マジか? 危ねぇ。さすがに俺も成長したもんだな、こういう場面で妄想に走る事なく、冷静に熟考出来るようになれたんだ。ナイス! しかしまぁ……だとしたらとんでもない女だな?
ピロン
自画自賛、そして凜への警戒心を強めようと心に誓った最中、聞こえてきたストメの受信音。
ん? 誰だ?
まぁ休みの日にストメしてくるなんて、恋か桐生院先輩かヨーマしか居ない。特に気にする事もなく、スマホを手に取ると待ち受け画面に表示された名前は、
おっ? 海璃じゃんか。
今日、無事に入学式を迎える予定の我が妹だった。
ちなみにあの合格発表事件のあと(詳しくは77話参照)、律儀に海璃からの合格報告をずっと待っていた。
ドヤ声で自信満々に報告された時は、正直腹が立ったというより、知らなかった体で喜ぶ事が出来るかが不安でいっぱいだった。そしてその結果のオーバーリアクションが我が妹の心に素晴らしく響いたようで……想像以上に喜んでたっけ?
ただ、そんな妹からのストメとなると、なんだか嫌な予感がしない訳でもない。まぁ入学式位はできる限りのお願いは聞いてやるつもりだけど……いや、その内容にもよるな? どれ? 見てみるか?
【お兄ちゃん? 起きてる?】
【バッチリ起きてる】
【良かった! あのね? 今日入学式なんだけどさ? お願いがあるんだけど?】
出た! やっぱり予想通り!
【お願い?】
【うん!】
さて? その中身は?
【終わった後さ、学園案内してくれない?】
案内? でもそれって生徒会でやってくれんじゃ?
【案内? それってホームルーム終わったら生徒会がやってくれんじゃね?】
【そうなの? でもお兄ちゃんしか知らない穴場スポットだってあるでしょ? そゆとこ知りたいの】
穴場って……学園を何だと思ってんだよ! でもまぁ、今日1日休みだし……仕方ねぇな! あっ、それに俺も紹介しときたい子居るしね? 烏真六月ちゃん。
まぁどうせだったら2人まとめて案内した方が、2人の仲も深まる感じでタイミング的にはバッチリなんだけどなぁ……ストメのID交換してなかったから連絡も取れないし。まぁそれは追々でいっか。とりあえずは名前だけでもあとで教えとこう!
【そゆこと? 別に良いよ】
【やったね! じゃあ全部終わったらストメするよ!】
【了解! じゃあ気を付けて来いよ?】
【はぁい】
よっと。とまぁ休みの一部が削られたことに関しては残念だけど……あっ、そうだ、一応妹思いの兄って設定で行こう。これなら新しいクラスメイトからの心象も悪くはないだろ? そう、あくまで平穏平和な学園生活……組が変わってもその目標が変わる事はない!
という事で、飯でも食いに行きますか? 今日のバイキングは何かな? 和食? 中華? イタリアン? フレンチ? やっぱり朝は和食かなぁ……?
ふぅ。卵、味噌汁、納豆、梅干しと鮭って最高だわ! 日本人の朝の定番だよね? そんな朝ご飯を満喫して、身支度を整えた俺はまさに歩いている最中。
海璃からストメが来るまではかなりの時間あるし、かといって部屋に居るのもつまらない……という訳で特に何があるって事でもないんだけど、とりあえずそこに行こうと思っている。
昇降口にはチラホラ新入生の姿も見え、その姿は何とも初々しい!
俺も1年前はあんな感じだったのか? あんな初々しさ……? ダメだ、想像するだけで気持ち悪い。朝食べたものがリバースしそうだわ、危ない!
まぁそんな初々しい新入生の門出を邪魔するのも忍びないから、俺はそのまま素通りして行く。校舎の周りをぐるっと回り、校庭を横目に進んでいくと、見えてくるのが学園の裏口。
中ズックはないけど……まぁ今日なら問題ないでしょ? 靴下のままゆっくりの中へと入って行くと、お目当ての場所へはあっと言う間。
ピリリリリ
ん? そんな時、ポケットから着信音が鳴り響いた。シーンと静まり返った廊下にその音が少しだけ響き渡る。
電話? 誰からだろ? ん? ……恋じゃん!
手に取ったスマホに表示されていたのは、恋の名前。まぁ内心ちょっと嬉しくなったのは言うまでもない。
なんだろ? まぁいっか? 歩きながらでも出よっかな。
「もしもーし」
≪あっ、ツッキー? おはよう! 起きてた?≫
「おはよう、バッチリ起きてた。休み中でも意外と早起きなんでね」
≪そっかー、ならよかったよ! ちょっといいかな?≫
ん? なんでしょうかね?
「なんだ?」
≪あのね? 交換学習で来た高梨さんって……あの高梨さんだよね?≫
凜の事か? あの高梨って……?
「あの高梨?」
≪ほら、文化祭の時≫
文化祭……? あっ! そうか、文化祭の時立花が、恋と凜が似てるって言って画像見せたんだっけ? しかもそのあとに俺が凜との間の出来事を恋に暴露しちゃったんだ!
「あぁ、そうだよ?」
やばいな? その時の事、恋が思い返さなきゃいいんだけど。あのあとに恋、俺から距離取りだしたんだよなぁ。
≪だよね? あのね……ツッキー大丈夫?≫
大丈夫?
「大丈夫って?」
≪その……色々あった訳じゃん? だから大丈夫なのかなって≫
色々? あぁ、俺の事心配してくれてんの? 鳳瞭に来たから精神的に大丈夫かって事? なにそれ、めっちゃ優しいじゃん! でも、心配ご無用。ケリはついてるんだよ。それに恋にこれ以上心配かけたくないしね?
「恋、ありがとう」
≪なっ、何突然!?≫
「心配してくれてありがとう。でもさ、大丈夫! 何ともないから」
≪ほっ、本当?≫
「本当」
≪信じて良い?≫
「信じて?」
≪……分かった。信じる≫
何その反応! 可愛いんですけど?
「良かった」
≪あっ、あとさ? ツッキーに確認したい事あってね?≫
ん? 確認? おっ、あと少しで着くな?
「なにー?」
≪実はね?≫
「うん」
≪実は……≫
ん? なんだ言いにくい事なのか? まぁ別に急かすつもりはないんだけどね? じゃあゆっくり、椅子にでも座って聞きますか?
こうしてゆっくりと部室のドアノブを握ると、ゆっくりと回し……そしてゆっくりと押し込んでいく。
キィィィ
という音が、直接耳に入り込んだと同時に、電話越しに恋の声が聞こえてくるはずだった。
「高梨さんと私……親戚なんだって」
「えっ?」
その驚きは……恋の言葉に対してだったのだろうか? いや多分違う。
確かに、親戚だったという事に対しては驚いた。けれど……それだけじゃない。なぜなら……
誰も居ないものだと思って、開けた部室の中に恋が居たから。
居ないはずの恋が居た事、そして凜と恋が親戚だって事……偶然にもタイミングがバッチリと合い、驚きの声を発したその瞬間、俺と恋は互いに見つめ合ったままだった。
恋の驚いた顔のまま動かないし、多分俺も恋と同じく驚いた顔なんだろう。けど、そんな沈黙も長くは続かなかった。偶然にも程があるこの出来事に、俺自身……少し面白いって感じていた。
そして、どうやらそれは俺だけじゃないらしい。目の前の恋だって、少しずつ表情が崩れていって、最後には二人合わせたかのように、
「「ぷっ……ははは」」
もの凄い勢いで笑い合ってた。
やっぱり、こうじゃなきゃ。
クラスは変わっちゃって、毎朝見れるって可能性が減っちゃったのは残念だけど……その分、どんだけそれが俺にとって必要な物なのか理解させられたよ。
恋と笑って話す事が……
いや、恋の笑顔は……
やっぱり最高だ。
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