第84話 お久しぶり

 



 その声のする方へ、ゆっくりと顔を向けていく。

 長い髪が風に揺られて、佇む姿は……あの頃と変わりなかった。


「……あぁ」


 実に約1年と半年ぶりの会話。本当に何でもない一言だけど、それが自然と口から出た事に驚いたのは驚いた。


 なんだ。意外と返事位は出来るんだな。 

 ただの友達。そう、ただの友達。いくら思ったとしても、それをすぐに体現できる自信はなかった。けど、俺は……その壁をあっと言う間に乗り越えていた。


「やっぱり、皆に聞いてよかった」

「はっ?」

「屋上の場所。蓮なら居ると思って」


 屋上ね……ってか、なんでこっち来てんだ?

 少し笑みを浮かべながらこっちに近付いて来る凜。その行動に俺は警戒せざるを得ない。


 何か目的があるのか? でなきゃわざわざ俺の所に来たりはしない。だが、ここで冷静さを失っては相手の思う壺だ……あくまで冷静に。


「そうか」

「昔から好きだもんね? 高いとこ。隣いいかな?」

「……」


 隣。その言葉に俺は、即答なんてできなかった。頭を過るあの時の光景。それが嫌悪感となって、一瞬口が固まる。

 ただ凜は、そんな俺の返事なんて関係ないかの様に、隣……というよりは少し距離の開いた辺りまでぁ足を進める。

 そして俺と同じように手すりに手を乗せて、屋上から広がる景色を眺め始めていた。

 てか、結構普通に話し掛けてくるのね? あまりの違和感のなさに俺の方がビビってるんだけど? 


「良い景色だね? その様子じゃ、結構来てるんでしょ? この屋上に」

「そうでもない」

「えっ? そうなの?」


 なんだ? その驚いた顔。まぁ少しだけ優越感に浸れるわ。


「そっか。1年もあったら色々と変わるもんね? 屋上より心地良い場所見つけたんでしょ?」

「まぁそんなとこ」


 なんだ、意外とダメージ少ないじゃないか。まぁ、それはそれとして……今までの話しぶりからすると、俺を探してたって感じになるんだけど? 一体用件はなんだ? 


「んで、なんか用?」

「用って……特に用事はないよ?」


 ん? じゃあなんだ? まさか、振られたという事実を餌に俺を脅すつもりじゃないだろうな? それを皆に知られたくなければ……的な。 

 こいつの本性が全く分からない今……その可能性はある。けど俺にとっては今更そんな事問題ない。


「ただ、話がしたかっただけ」


 話……? 話すって何を? 何の事を? 日常的な事? 1年間の出来事? 別にただの友達に事細かく話す必要はないと思うんだが?


「話?」

「うん。この1年間の……私が知らない蓮の事」


 は? なんで俺の事言わなきゃダメなの? そもそもあんた俺を振ったんだぜ? そんな相手の1年間の様子聞いて何になる。

 ……適当で良いか。 


「別に大した事もないけど? 鳳瞭来て、それなりの学園生活をエンジョイしてる。それだけ」

「そっか。あっ、部活は? サッカー部入ってるの?」


「いや?」

「帰宅部?」


「新聞部」

「新聞……?」


 なんだその顔。変だってか? おかしいってか? 俺にも色々あったんだよ!


「問題でも?」

「あっ、ううん。なんか意外だなって」


「そうか? 案外面白いぞ? 取材とか、色んな人の意見聞けて」

「そうなんだ。でも、なんかすごいなぁ」


「すごい?」

「うん。だって、色んな事に挑戦してて、見た感じで分かるもん。学園生活が充実してるって」


「充実っていうか……」

「なんか……変わったね。もちろん変な意味じゃないよ? いい意味で」

「なんだよそれ」


 あくまで冷静に。そう思い次の言葉に警戒をしていたけれど、それを境に訪れる沈黙。とりあえず、景色をボーっと眺めては見るけど、こういう時間はなんとも慣れない。

 なんだ? 突如の無言? かといって俺から聞く事はないし。聞く必要もない。てか、そろそろ帰りたいんですけど?


「あっ、蓮」

「ん?」

「彼女出来た?」


 はっ?? 


「なに?」

「だから、彼女はできた?」


 彼女? あれか? 私振っちゃったけど……鳳瞭の女とは付き合えたの? みたいな?  


「いや? できてないけど?」

「へぇー」


 何だその返事。それどう捉えればいいんだ? まぁ、別に興味もないけど。 


「蓮は結構イケメンだから……彼女居ると思った」


 はぁぁ、来ました来ました。何? 凜、お前まで俺をイジるようになったのか? しかも1年ぶりに口きいた場で? あぁそうですか!


「イケメンねぇ」

「うん。少なくとも私の中ではね」


 いいっていいって、その手の口車にはもう乗らないって決めてんだよ。痛い目はもうこりごりだ。


「はいはい」

「ふふっ、そういうところは変わんないね」

「建前上はそういう事にしとく」


 って、何だこの感じ? やっぱりおかしくね? 自分で言っといてなんだけど……こんなにも普通に話しできるもんなの? 話の流れに釣られてるのか?


「ねぇ、蓮?」


 おいおい今度はなんだ?


「ん?」

「私ね……私……」




 少し熱めのお湯が、俺の身体を包み込む。

 浴室全体に漂う湯気が、俺の顔に沁み込んでいく。


 誰も居ない、貸切状態。ここはいつも俺の心と体を癒してくれる大切な場所。


「はぁぁ」


 腕を伸ばし、体を伸ばし、自然とそれが口からこぼれると……いつもであれば全ての疲れが吹っ飛ぶはずだった。

 けど、今日は違う。目を閉じていくら体を脱力させても、なにかモヤモヤした物だけは全然消えない。消えるどころか、俺の体を自由自在に走り回って……混乱させる。


 頭から全然消えない、凜の言葉。

 しかもそのあと飛び出したのが、


『ふぅ。伝えたらすっきりしちゃった』


 って! 何自己解決してんだよ? こっちは全然すっきりしないんだが?


 真っ白な浴室の天井を仰ぎながら、その言葉の意味を探っても明確な答えなんて出てこない。考えれば考える程、その矛盾した行動の意図がますます分からなくなる。


『ねぇ、蓮?』


 ふぅ……なんて言うのかな? 全然意味分かんねぇけど、


『私ね……』


 出来る事ならそれは……


『私……』


 あの日、あの夏祭りの日に聞きたかった。



『蓮の事が好き』



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