第82話 新たな船出!出来たのか?

 



「先輩! 頑張ってください!」

「次を担うのはお前達だ!」


「うおー、行かないで下さい!」

「男だろ!泣くんじゃない!」


「先輩が居なくなったら私……」

「皆を任せたわよ? 新キャプテン」


 歓声。泣声。歌声。そんなたくさんの声が入り混じった卒業式。

 昇降口の前は卒業生とそれを囲む在校生でごった返し、その人口密度は某国の夏のプール施設を彷彿とさせる。

 そんな様子を寮の中から眺めている訳だけど、正直あんな場所に行くのは気が引けるよ。てか、ここまで声が届くって……すげぇ。


 でも正直なんであそこまで騒ぐのか分からんなぁ。だってさ……大体の卒業生はお隣の鳳瞭大学行くんだぜ? 会おうと思えばすぐじゃね? 


 初っ端に猛アプローチ受けた相良先輩、佐伯先輩も例外じゃなく大学行くみたいだし。まぁ1度断ったらしつこく勧誘してこない辺り、さすがは強豪校の部長って感じで潔かったけどね。

 あっ、もう1人印象に残ってる先輩居たわ……桜井先輩! あの人結構俺の事買ってくれてたけど……選手権を優勝し、自身もアンダー世代の代表。そして卒業後はプロチームへ加入。少しチャラそうな感じでもその実力はやっぱ凄いんだよなぁ。しかもなぜか俺にサイン入りのボールを押し付け……いや、プレゼントしてくれたし、3年生で一番印象に残ってるのは間違いなく桜井先輩だな。


 でも、そう考えるといくら大学へ行くって言っても後輩たちにとっては1つの世代が終わるって訳で……先輩方への感謝ってのも大きいのかな? 世代交代ね……残念ながら我が新聞部にはそれはないんです。




「さて、春休み中に呼び出して悪かったわね?」

「大丈夫。それで話って?」


 新学期始まるまでは自由行動って話だったけど……このタイミングでお呼びが掛かるって事は、大概嫌な予感しかしないんですけど? 入学式に関わる特集とか嫌だぞ? 絶対嫌だぞ?


「えぇ、そういえばこの前聞きそびれた事あってね?」

「聞きそびれた事ですか?」

「来年度も鳳瞭ゴシップクラブの一員で居てくれるかしら?」


 えっ!? なにそれ? いや、強制的に更新手続きが行われてるものだと思ってましたけど? ほら、恋も桐生院先輩もそれなりに驚いてるじゃん!


「僕は勿論そのつもりだったけど?」

「わっ、私もです! というか先輩どうしたんですか? 改まってそんな事聞くなんて?」

「私も鬼じゃないのよ? 皆の意思を尊重するのは当たり前じゃない? ねぇシロ?」


 うわっ、来たよ来たよー。なんですか? なんで俺に聞いてんですか? こんな面前で嫌味っぽく言って、退部させづらくする戦法ですか?


 相変わらずやり方が汚い。でもまぁ突然の理不尽はあるにせよ、それ以外は……結構楽しかった気もする。最初は嫌々だったけどね? 桐生院先輩は優しいし、ヨーマは……何とも言えないけど、遠方取材とかクリスマスイブパーティーとか、何だかんだで楽しませてくれたからなぁ。それに……恋も居るしね。


「そうですね、俺も良いですよ?」

「あら? 開口一番でその言葉が聞けるとは思わなかったわ」


 いやいや、半分近くあんたに誘導されたんだよ!


「まっ、他の皆も聞いた事だし……」


 さらっと2人を証人扱いしないで下さいよ!


「来年度もよろしくね?」


 はぁ……やっぱり1年経ってもヨーマは分からんし、逆らえないなぁ。でもまぁ……出来るだけ頑張りますかぁ。




 なんて春休みの事を振り替えながら、俺はどこに居るのかというと……駅から鳳瞭学園へ歩いている最中です。

 まぁなんで始業式の日にわざわざ歩いているのか、明確な理由はない。ただ、1年前の雰囲気を思い出しながら、歩いてみたいなって……突然の思い付き。自分で言うのもあれだけど、この1年間はかなり濃くって、忘れるに忘れられない出来事だらけだったと思う。


 色々ありすぎて、良く分かんないなぁ。林間学習に、体育祭。夏休みの遠方取材に、文化祭、球技大会。

 静かに目立たず学園生活を送るって目標に限って言えば……達成出来てないだろうなぁ。てか全部あのクソイケメン委員長のせいじゃねぇか! ったく、同じ組になってこりゃ良い日除けだと思ったら、思いっきり日の目に引っ張りやがって! 次はあいつと同じ組は嫌だなぁ。


 でも1番の出来事と言えば……あっ、見えてきた! あの曲がり角。入学式の日にいきなりここで遭遇したんだもんなぁ。あの時は心底驚いたよ。まさか凜にそっくりな人と出会うなんて微塵も思ってなかったからなぁ。そうそう、懐かし……


「うはっ!」

「きゃっ」


 なんて思い出にふけっていた俺に訪れる、突然の衝撃。だが、それを上回る右腕の柔らかい感触と甲高い声。その刹那、胸がドキッと高鳴る。


 幸い、そこまで強い衝撃じゃなかったから。少しぐらつくだけで済んだ。が、右腕の柔らかい感触は一瞬で跳ね返されるように消えてしまった。


 なんだなんだ? デジャブか何かか?

 そんな正体不明な誰かを確認しようと、目を向けた先に居たのは、


「いったた……」


 パンツ丸見えで尻餅をついている女の子だった。


 おっ、ピンク!

 神様がくれたご褒美に、思わず目が眩む。仕方がない、これが男の本能。それに神様のご褒美を無下には出来ない。存分にそれを……


「ごっ、ごめんなさい……って!」


 一瞬で隠れてしまったご褒美に、聞こえてきた……聞き覚えのある声。

 その声の主を確認しようと顔を上げた時だった、さっきと比べ物にならないドキドキ感が全身を駆け巡る。


 あれ? この声ってまさか……


「ツッキーじゃん!」


 そう言いながら、驚いた顔でこっちを見ているその人物はまさしく……日城恋。

 偶然とはいえ、約1年前と同じ場所で同じ形でぶつかった光景が目の前で起こっている。


「れっ、恋? マジか! 大丈夫か?」


 けど、そこに居るのは間違いなく恋で、間違いなく……本物だ。


「てへへ、大丈夫」

「ほれっ」


 何の違和感もなく手を差し伸べると、少し恥ずかしそうな表情しながら恋はそれを握る。引っ張り上げるのにそんなに力は必要ない。だって、その軽さはクリスマスの時に既に分かってたから。


「ありがとう、ツッキー」


 ここでぶつかるって事は……秘密の場所にでも行ってたか?


「お安い御用だ。秘密の場所にでも行ってたのか?」

「にしし、正解」


 やっぱり! あっちから来るって事は秘密の場所位しか思いつかないしね。 


「ツッキーこそ、どうしてここに?」

「1年前を振り返るのも良いかなってさ」


「えぇーなんか発想がおじさん臭いよ?」

「おじさん臭いってなんだよー」

「ふふふ」


 いつも通りの会話、いつも通りの恋の笑顔。


「じゃあ、一緒に行こうか?」

「うん! 行こう!」


 でも、これがいつも通りになったのはいつからなんだろう。


「早いよねー鳳瞭学園に入学してもう1年経ったんだよ?」

「そうだな。なんかあっと言う間だった」


 正直覚えてはいない。


「しかも、言われてみれば懐かしいー。ツッキーと出会った時の事。だってあの時ツッキー……」

「恥ずかしいから言わないでよ」


「全力疾走してったもんね? ぎゃぁぁって……」

「あぁぁぁ! 聞こえない聞こえない」


 まっ、そんなのはどうでもいいや。

 何はともあれ、こうして笑いながら恋と一緒に歩けるようになったってだけでも……


「ふふっ、ツッキー必死過ぎー」


 新たな船出出来たんじゃないかな? そして、


「人をイジメるのは止めてください?」

「えぇーイジメてなんてないよ?」


 これからも、


「ふふふ」

「ははっ」


 ずっと……




 そんな幸せな登校時間も、あっと言う間に終わりを告げる。

 校門を通り過ぎた先の昇降口には、すでに生徒が集まっていて混雑していた。各々が内履きに履き替えているだけじゃこうはならない。その理由はなんとなく分かる。


「あっ、クラス替えか……」

「だな」


 壁に貼られたクラスの一覧表。仲の良かった友達と離れる人や、また同じ組になる人だっている。もちろん俺だって、そんな淡い希望を持っていた、願っていた……だけど……



「恋とは離れちゃったか……」


 澄み渡る青空が、なんだか寂しい。

 結局、願いは届かず恋とは違う組になってしまって、新学期早々気分はブルー。まぁ強いて良かった事を挙げるとすれば、クソイケメン元委員長と違う組になったって事と、またもや初期位置が窓際最後尾だって事。それと、


「あっ、月城君。今年度もよろしくお願いします」

「ん? あぁ、こちらこそよろしく、早瀬さん」


「なんかバラバラになっちゃったね?」

「まぁそれでも栄人は2組だし、恋は4組だし……この辺も見事に隣同士だからね」

「それもそっか」


 現世の女神様こと、早瀬さんと同じ組だった事。

 あとは良いのか悪いのか分からない……


 ガラガラ


「はーい! 皆おっはよー!」

「ふふっ。相変わらずやる気満々みたいだね。三月先生」

「元気かな? 私はこの2年3組の担任となりました、烏真三月です! あだ名大歓迎だから、ヨロシクね!」


 担任が三月先生だって事。

 はぁ……このテンション良いのか悪いのか……


 ザワザワ


 ほら見ろ。クラス中ザワついてんじゃねえか。俺は知らんぞ? こっち見ないで下さいね? ふぅ、空は相変わらず青いなぁ。


「それじゃ……このあと始業式なんだけど、その前に皆にお知らせがありまーす」


 お知らせねぇ。あんたに大概な事言われても、もはや驚かんぞ?


「皆、京南女子高等学校って……知ってるよね?」


 京南女子? あの京南大学の系列高校だろ? 鳳瞭と並ぶ名門校じゃねぇか! 知らない奴なんて居ないだろ? 


「そことさ鳳瞭学園が……まぁ簡単に言ったら仲良くしましょーって感じで相互交流する事になったのね?」


 おいおい、すげぇ簡単すぎ! 


「んで、その第1弾として生徒の交換学習。つまりあっちの生徒が鳳瞭で、こっちの生徒が京南で何か月か過ごしてもらおうって決まった訳」


「「「おー!」」」


 何それ? めっちゃ軽いノリなんですけど? しかも女子校から来るってなったら男性陣が盛り上がってるんですけど?


「まぁ初めての試みでもあるし、両方いっぺんにやっちゃったら混乱するだろうって事で……とりあえず今回は鳳瞭が受け入れる側になりました。そして厳正なるクジ引きの結果! なんとこの2年3組に1人来る事が決定!」


「「「「おぉー!」」」」


 クジ引き!? なんかそれ良いのか悪いのか複雑じゃね? しかも段々盛り上がるんじゃないよ!


「とりあえず2・3年に2名ずつ来る事になったのでー、仲良くしてあげて?」


「「「「「おぉぉー!」」」」」


 くそっ……なんかこんな雰囲気、1年3組と同じじゃね? むしろ男子は皆こういうノリなのか?

 それはともかく、こういう取り組みは良いと思うけど……京南の人達がよく来る気になったな? 女子高から共学だぞ? てかそんな話絶対去年から出てたろ? 今更俺達に伝えんのか?


「いやー、でもこれには先生たちも驚いたよ? なんせ理事長同士が新年の飲み会の席で決めちゃったんだよ? 理事長のぶっとび加減は恐ろしいよね?」


 ……そうですか。まぁ天才と奇才は紙一重って言うしね。やべぇな理事長。


「それでさ、始業式でも紹介するんだけど……皆早く見たいよね? お話したいよね? だから先生、このクラスに来る子を先取りで紹介しようと思いまーす!」


「「「「「「おぉぉぉ!」」」」」」


 はぁ……三月先生。こりゃあんた生徒からの人気高いのも頷けるわ。まずは男子生徒からの人気の理由が垣間見えるわ。

 まぁ、どうぞ紹介してください? 俺はぶっちゃけ興味ないのよ? ふぅ……今日も太陽が眩しいぜ。


「それじゃあ入ってー」


 ガラガラ


 ザワザワ ザワザワ


 ん? 案の定男子が……って、なんか女子達ザワついてね? 教室全体がさ?


「それじゃあ、自己紹介お願いね?」



「はい。えっと、皆さん」


 その声が、耳に入る。


「初めまして」


 聞き覚えのある声が、脳へと辿り着いて、自然と視線が動き出す。


「京南女子高等学校から来ました」


 久しぶりに感じる寒気が、一気に体を駆け巡る。


「名前は……」


 教壇の前、三月先生の隣に立っている人物の姿を……徐々に認識していく。聞いた事のある声と姿。その全てが一致する人を俺は知ってる。だけどそこに居るのは、俺が知ってる人とは違う。その人は京南女子高等学校の生徒じゃないし、それに隣の4組に居るはずだった。


 口、呼吸が速くなる。

 目、瞬きすらできない。

 鼻、鼻の上にぶわっと汗が浮かび上がる。

 鼓動が早くなる、呼吸が速くなる。寒い、苦しい。


 そして何より、そこに居る人は……


 髪の毛が長かった。




「高梨凜です」




 はっ、はぁ? ……嘘だろ?




「皆さん、よろしくお願いします」




 嘘……だろ……?



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