第80話 やるからには全身全霊込めて
「はーい、じゃあホームルーム終わります。さよならー」
よいしょっと。授業も終わった事だし早速行きますかね? 家庭科室。桐生院先輩にも昨日ストメしたし、下準備はバッチリなはず? あとは恋に怪しまれない様に……
「ツッキー! 部室行こっ」
はっ! 速い! あのね? 今まさにあなたを警戒してたんですけど? お誘いはめちゃめちゃ嬉しいんですけど今は……すいません!
「あぁー、ごめん。今日桐生院先輩と外行く予定でさ、部室には行かないんだ」
「えっ、そうなの?」
「あぁ、一応明日もそんな感じでさ」
「外行くって特集の関係?」
「えっ? あぁ、まぁね。一応店頭に並んでるトレンドとか目で見た方が良いかなって、桐生院先輩と話してたんだよ」
「そうなんだ……わかったー。じゃあ私も今日と明日は自由行動しよっかな?」
「そうしなよ、休める日なんて滅多にないからさ。葉山先輩の無理難題がいつ来るか分かったもんじゃないし、体力温存は必須だね」
「うん……そうだね。じゃあツッキー頑張ってね。また明日」
「おう」
なんだろう……そんな大層な嘘をついてる訳じゃないのに申し訳ない気持ちになるなぁ。でも驚かせる為なんだ! ちょっとだけ我慢してくれっ!
「はぁーい! じゃあ三月先生のスイーツクッキング始めるよー」
あの……なんすかそのテンション? やたらと高くないですか? 大丈夫ですか?
「どしたの? 浮かない顔して?」
いや、そのハイテンションにどう反応していいか困ってんですよ?
「三月先生やけに張り切ってないですか?」
「そう? まぁ私、意外と人に教えるの好きなのよ」
「そうなんですか? それは期待大ですね」
「でしょ? まぁ私に任せないさい」
「よろしくお願いします」
桐生院先輩騙されちゃダメですって。この人、教えるふりして俺達の今後の動きを舌舐めずり回して観察したいんですよ! 絶対!
「じゃあ、早速作りましょう! りゅーちん、材料費の話は葉山っち大丈夫だった?」
「その点は大丈夫です。まぁちゃんとやってるか突撃訪問される可能性もあり得ますし、やるからには本気でやらないと」
「だね、とりあえず今日と明日は私が立て替えておいたから、それじゃーレッツクッキング!」
いやー、色々不安しかないんですけど? 変なやる気にヨーマが来るかもって話……滅茶苦茶怖ぇー!
そんな不吉なフラグを何個も立てながら、三月先生曰く愛のスイーツクッキングの幕が上がりました。
「えっと、まずはバターをボールに入れて混ぜる……こんなもんか?」
「ツッキー! 甘い! もっとだよ! 出来ればクリーム状になる位!」
「えっ! そんなに?」
「当たり前でしょう! もっと早く腕を回す!」
ちょっと、キャラ変わってないっすか? 急にスパルタに……
「もっとスピーディーに!」
「はっ、はいー!」
「えっと、卵入れて砂糖が……」
「りゅーちん! そんなグラム数に囚われちゃダメよ!」
「えっ?」
「はっ?」
なに言ってんんだ? このレシピには砂糖と薄力粉の分量も書いてあるぞ? これが適量、ベストマッチなんじゃないの?
「いい? そのレシピって人が作ったものでしょ?」
「まぁ……そうでしょうね」
「つまりそれはその人が1番美味しいと思った分量って事じゃない? 私はそう思うのよ?」
「まぁ、言いたい事は分かりますけど」
「つまり……好みなんて人それぞれ! 渡す相手がどんな味が好きか分かればいいけど、分からない場合は自分の勘よ!」
「かっ、勘ですか?」
うわぁー、出たぁ! 出たとこ勝負の勘! いやいや、あんた達烏野衆なら容易に出来ると思いますけど、俺達は普通の人間なんですよ?
「勘と、渡す人の事を想う……気持ちよ!」
……気持ち? まぁ、その点については否定できない部分があるな。味に加味されないとは思うけど、期待を込めてね。
「じゃあ、ツッキーとりゅーちんはそのレシピ通りに作ってみて? 私は2人の事見ながら勘で分量変えて作ってみるから!」
「分かりました。そうしましょう」
いや、いくら三月先生でも勘で俺達の好みは当てれないだろ……
「うまっ!」
「でしょ?」
嘘だろ? マジで美味いじゃないか!
「うん、確かに美味しい」
桐生院先輩も唸ってるぞ? でも、さっきの話だと俺と桐生院先輩のクッキーの味は違うって事になるけど……本当に違うのか?
「桐生院先輩、1つクッキー貰っても良いですか?」
「良いよ、じゃあ僕も貰おうかな?」
ポリッ
うわ、マジで違う! 俺より少し甘さ控えめ! マジで分量違うじゃねぇか!
「桐生院先輩……」
「うっ、うん。あんまり勘とか信じてなかったんだけど……見せつけられたら認めるしかなくなっちゃうよ」
「ですよね?」
「三月先生」
「「参りました」」
「むふふふー! 分かれば良いのだよ!」
くぅー。そのドヤ顔がいつにも増してムカつく! けど、文句言えないー!
「ちなみにレシピ通り作ったやつも食べてみて? 私の見立てだと2人には甘さが足りないと思ってたけど?」
「本当ですか? それでは」
なんか嫌な予感しかしないけど? この流れ的に、それまでもぴったり当ててきそうで怖いんですけど?
ポリッ
「あっ……」
もう何も言うまい……完敗です俺達の。
「むふっ。まぁあとはフレーバーチックな物入れて、味変も出来るから……その辺も考えていければ最高だよね? まぁ、頑張ろう!」
そんな三月先生の勘と気持ちのスイーツクッキング。にわかには信じられない事を目の前で見せつけられた俺は……それを頭に入れつつ、美味しい……恋に喜んでもらえる様なクッキーを作る為に、試行錯誤を繰り返した。
次の日桐生院先輩は急に家の用事があって来られなくなり、家庭科室には俺と三月先生の2人だけ。
マンツーマンで指導されるのは内心嫌だったけど、教え方は悔しいけど本当に上手くて、それなりの自信がついてきたのは自分でもなんとなく感じるようになった。それに生地に混ぜる物も、チョコからベリーにチーズとか、先生オススメの物を入れて作ってみたり、恋はどれが気に入るのか……必死に考えた。
授業中だって、暇さえあればクッキーに合いそうな物を考えてたし、思いついたらその度に先生に家庭科室の使用申請出してもらったり……なんだろう? 最初はクッキー如きにこんな必死になるなんて思わなかった。でも先生の勘と気持ちって言葉、それが頭の中から離れなくって、いつの間にか常に考えてた。
恋にバレない様に上手く誤魔化すのは辛かったけど、恋が美味しいって言ってくれて、あの笑顔を見せてくれる様な最高のクッキーを渡したい……そんな想いでいっぱいだった。
そして、その時は訪れた。
3月13日金曜日、ホワイトデーの前日。俺はまさに今、明日に向けて最高のクッキーを作っている。目の前では三月先生が、これまでの試行錯誤の成果を確認するように俺の方を見ていた……頬杖をつきながら。
よっし、バターは出来るだけかき混ぜる! もうここぞとばかりに滑らかに! 混ぜる前にちょっとレンジで温めたから良い感じになって来たぞ?
あと、中に入れるのもチョコチップにラズベリー。あとは先生オススメのチーズに、俺が考えた真昼ティー。まぁ最後のは完全に恋の好きな物何かなって思った時、1番に浮かんできたやつなんだけどね? 意外と紅茶の風味が出て美味い……はず!
「ねぇ、ツッキーてさ……」
ん? いやいや、なんでそんなダルそうな顔してんですか! あの、クッキー作りに付き合ってくれたのは感謝しますよ? むしろ師匠として尊敬もしてます。けど……別に毎回付き合って欲しいなんて言ってないんですよ!? 今日だって、特に何にも言ってないんですけど? まぁ居てくれたら何かしらあった時安心ですけど……その顔は止めて! しかもその顔で何言おうってんですか?
「ん?」
「意外と真面目だよねー」
えっ? いや真面目ってのは良いですけど意外って何ですか? 意外どころか常日頃真面目な雰囲気出してると思うんですけど?
「意外ってなんですか。俺は基本的に真面目ですよ?」
「あっ、いや。真面目というより……凝り性?」
凝り性? 一気に方向性が変わりましたけど?
「いや、違うか。純粋?」
また180℃方向が変わりましたけど? むしろ元に戻りましたね? つまり何が言いたいんだよ。
「さっきから何言ってんですか? 集中させてくださいよ」
「いやー。ごめんごめん。当てはまる言葉が見つからなくてね」
「だったら、心の中で呟いて見つけてください」
「んー。あっ、分かった」
何が分かったんですか? 本当に邪魔しないで下さいよー!
「ツッキーって結構尽くす系なんだ」
つっ、尽くす系? 今まで言われた事ないんですけど?
「尽くす系って……なんですか急に。おだてても何も出てきませんよ?」
「いやいや、おだててるとかそういうのじゃなくて……クッキー1つでこんなに沢山の味試すなんて、普通じゃ考えられないよ? おかげ様で何回も申請書書かされたしね」
あっ、その点については……素直にありがとうございます。
「それは……ありがとうございます」
「まぁ別にいいよ。でもさー、誰にあげるかは分からないけど、その子って相当幸せだよね」
「えっ?」
「だってさ……こんなにもツッキーが考え抜いて、気持ちがこもったクッキーもらえるんだよ?」
なんだよ! いきなり変な事言わないで下さい。背中がかゆくなる!
「いやっ、それは……」
「もう少し若かったら……惚れてたかも」
はっはぁ? 何言ってんだ? 酔っぱらってる? アルコール? オススメで持って来たリキュールとか飲んだ?
「なに言ってんですか、冗談止めてください」
その瞬間、三月先生は椅子から立ち上がってゆっくりと俺の方へ近づいてくる。その表情はいつものおちゃらけた感じじゃなくて、真面目というかなんというか……とにかくいつもの先生じゃないのは確かだった。
はっ? なに? なんで近付いてくるの?
そんな俺の疑問なんてお構いなしに、どんどん近付いてくる先生。その明らかにいつもと違う様子に、驚いた俺は後退りするのが精一杯だった。けど、そんな俺に先生はあっという間に追い付く。
かっ、顔が……近い!
精一杯背中を逸らせて、必死に距離を取ろうとしたけど、それでも尚近い先生の顔。正直驚きすぎて目線が外せない!
なんだどうしたんだ? 何をしたいんだ? 頭の中は動揺しっぱなしで、体は動かない。そして生唾を飲み込んだ時だった……
「冗談に……聞こえる?」
甘く、囁くような先生の声が耳に飛び込んできて、体全体に寒気……いや武者震いというやつなんだろうか。もうどっちでもいい。動く事のできない緊張感に包まれていたのは確かだった。
カツン
そんな俺を解放してくれたのは、どこからともなく聞こえてきた金属音。方向的に廊下から聞こえてきたそれを目で追うように、自然と顔はそっちの方を向いていた。その瞬間不思議と体にも力が入るようになっていて、慌てるようにこの至近距離から逃げようとした時、
「ふふふ……」
横から聞こえる、笑い声。その正体は、確認しなくてもなんとなく分かる。
視線を向けると、顔を俯かせて小刻みに震えている……最低教師。さっきまでの感謝の気持ちなんて、一気に吹っ飛びました!
「ははっ、冗談だよツッキー」
うわぁ、見上げたその顔がいつも以上に腹立つー!
「ふっ、ふざけないでください! 全く!」
あぁ、無性に腹立って来た。とりあえず離れよう。丁度いい、さっきの音の正体でも見に行こう。
「ごめんごめん」
絶対に許さん! それを心に固く決め、早足で扉の前まで行くとゆっくり開けていく。その先にはもちろん誰も居なくって、辺りを見渡してもいつもと変わらない放課後の静けさが広がっていた。
誰も居ないよな? そう言えばなんか落ちた様な音だったような……ん?
そんな辺りを見渡し、何気なく足元に目を向けた時だった。それは落ちていた……廊下の真ん中にポツリと。
あれ……? 缶コーヒー?
思わず手に取ってみると、若干へこんでるだけで中身は入っている少し温かい新品。なんでこんなところに落ちてるんだろう? そんな疑問も、
「ツッキー? 早くしないとバター固まっちゃうよ?」
勝負をかけるクッキー作りの前には些細な事だった。
やっば! 固まったら風味落ちちゃうかも! 急げ! そして待ってろよ? 恋! 絶対驚かせるからな?
そんなやる気に満ち溢れたまま、俺は家庭科室へと戻って行った。
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