第76話 バレンタイン

 



「ふー、食った食ったぁ」

「相変わらず食い過ぎなんだよお前は」


 いつもと変わらない昼食。いつもと変わらないクソイケメン委員長。まぁ強いて言うなら……


「片桐君!」

「ん?」

「これ良かったら食べてください!」


 今日という日がバレンタインデーで、ムカつく事にこのクソイケメン委員長がモテにモテまくってるって事だ。


「あぁ、ありがとう」

「お前ってすげぇな」

「そうかぁ?」

「……やった、渡しちゃった!」


 女の子があんな事言ってんの初めて聞いたんですけど? なに? お前、もしかして俺の想像を遥かに超える位のイケメンなの? 


「いやーまた貰っちった。蓮も食べる?」


 女の子の気持ちをナチュラルに放り投げるんじゃないよ! 大体、それ食ったら食った俺が怒られそうで怖いんですけど? 止めてください! それに……


「いや、いい。お前が貰ったんだから責任もってお前が全部食いなさい」

「えー、さすがにこんなには……」

「鼻血流さないようにな、じゃあ俺は部室行って昼寝してくるわ。じゃあな」


 どうせ食べるなら気になる子からのチョコが良いに決まってんじゃん!




 いつもと同じ廊下を歩き、いつも通り部室に向かう。けど今日は、いつも通り昼寝って訳じゃない……


『部室で……待ってて?』


 恋のあの言葉が何を意味するか、自分でもなんとなくは分かる気がする。けど、心のどこかで単なるクラスとか新聞部の相談事だとか、そんな気もしない訳じゃない。


 でもなぁ、あんまり自信満々で期待してると痛い目見そうなんだよな。1年前はまさにそれだったし……だな、期待せずに相談か何かだと思っていよう。


 そんな事を考えながら部室のドアを開けると、もちろん中には誰も居ない。いつも通り自分の席に座って、いつも通りテーブルに顔を埋めて昼寝を始める。

 本当は寝てない方が良いかもしんない。けどあくまで何も知らない、何にも期待してない普段の自分を演じる為には、それが必要で重要な事だった。


 仕方ないか。待っててって言われてホントにイスに座って待ってたら、恋も何か嫌じゃないか? そうだよな? じゃあいつも通り寝て居よう。

 恋早く来ないかな。肩叩いて起こしてくれないかなぁ。なんて淡い事考えながら、俺はゆっくりと目を……閉じた。




 ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ


 んん?

 耳に入って来るいつもと変わらないアラーム音。それをいつもと変わらずぼやけた目をこすって止める。いつもと変わらない一連の流れ。


 あぁ、良く寝たぁ……

 辺りを見渡しても誰かが来た形跡はなくて、時計を見てみるといつも通り昼休みが終わる5分前。けど気になったのは、それを告げる時刻の下にあったメッセージを告げるアイコン。


 ストメ? 誰だろ? 

 ゆっくりとそのアイコンをタップすると、表示されたのは……


 日城恋。


【ツッキーごめん。用事できてお昼休み行けなくなった。ホントごめん】


 タップした瞬間教示されるメッセージ。

 送られたのは……今から10分前か。用事ねぇ、まぁ仕方ないよね。


 単純に用事が出来たから昼休みに部室へ来る事ができない。そんな内容のメッセージ。別に用事があるなら仕方ないし、何もそこまで謝る必要もないのに……


【了解! 気にするな】


 けど、何だろう? やっぱり少しは期待してたからか、それとも大事なその用事とやらが気になっているのかハッキリとしないけど、少しガッカリした感情と嫉妬にも似た感情が頭の中から離れなくって……なんだか最悪な寝起きだった。




「という訳で、次の特集はもう分かってるわよね?」


 放課後の部室。ここではいつも通りヨーマの第一声から部活がスタートする。

 ちなみに昼休みから今まで、俺自身に変わった事なんて特に何もない。いや、強いて言うならホームルームが終わった後に早瀬さんと佐藤さん、紋別さんから義理チョコを貰った位か? まぁ、いくら義理でも貰えるだけで嬉しいのは嬉しい。


 ただクソイケメン委員長、お前は許さん! なに机の上にチョコいっぱい並べてんだよ! 自慢か? チョコいっぱいだーって、やっぱり自慢じゃねぇか! あの顔は思い出すだけでムカつくわ。

 ってあれ? よくよく考えたら早瀬さんって栄人にチョコあげてないような? まぁあんな数見せられたらそりゃ渡すタイミングもないだろうなぁ。


 ちなみに恋と言えば、午後の授業が始まるギリギリになって教室に来て、授業が終わるや否やまたどっかに行ってって感じで……まともに話す時間もなかった。ホームルームが終わってからも速攻で教室出ていったし、部室にもまだ来てない。余程大事な用事なのか……


「シロ! 聞いてた?」

「えっ?」


 うおっ! ヤバいヤバい完全に聞いてなかったっ!

 思わずこちから零れた気の抜けた返事。それを聞いたヨーマの顔がみるみる内に……笑顔になっていき俺の恐怖心を倍増させる。

 その笑顔は、その微笑みは幾度となく見た事のあるんですけど!?


「どうしたの? あらぁ、そういえば恋がまだ来てないわね?」

「そっ、そうですね」


「何か知ってる? シロ?」

「俺は別に……」

「そう……。気にならない?」


 うっわ、こいつマジで心見透かしてんのか!? 人が聞かれて困るような事を平然とピンポイントで良く聞けるな!


「別に……」


 ガチャ


「すいません、遅くなりましたぁ」


 勢いよく開くドアに、息を切らした恋。そのナイスタイミングでの登場に、心の中でガッツポーズをしてしまう。


「あら、ナイスタイミングね恋」

「えっ? 何がですかー?」


「シロが会いたがってた」

「えっ!?」

「はっ!?」


 やりやがったなヨーマ! なにサラッと言ってんだよ! いや、本心だけどね? だけどわざわざ声に出して代弁しなくても良いんですよっ! 


「まぁまぁ、皆揃った事だし始めようよ」


 桐生院先輩……あんたやっぱり最高だよ。


「じゃあ始めようかしら」


 切り替え早っ! 何なんだよ全く。


「じゃあ早速次の特集だけど、今回バレンタインってなると大体は分かるわよね?」


 バレンタイン……その次となると、


「もしかしてホワイトデーですか?」

「正解」


 だろうね。ん? ホワイトデーと言えば……クッキー? はっ! もしかして俺と桐生院先輩が美味しいクッキー作りを!?


「シロ!? あんたまさか美味しいクッキーのレシピとかそんなんだと思ってんじゃないでしょうね?」


 えぇ思ってました。たった今思ってました!


「えっ、違うんですか?」

「甘い! 采!?」

「えーっと、食べ物とかじゃなく総合的に女の子が貰って嬉しい物の調査とかかな? バレンタインでチョコレシピやったし、ホワイトデーでクッキーレシピだと特集の内容的に似た感じだしね?」

「さすが采!」


 なっ、なるほど。イベント変わっただけで内容は変わらないって事になるもんな。


「大体、今時の男子がクッキーを手作りすると思う? 考え辛いでしょ? だったら、喜ぶ物をランキング形式にした方がよっぽど男子の役に立つんじゃない?」

「なるほど……確かに! でも男子からの手作りクッキーって少し憧れません?」


「恋、現実をハッキリ見なさい? そんな男子……絶滅危惧種よ!」

「えぇ! そんなぁぁ」


 そりゃちょっと言いすぎじゃない? 料理好き男子も居るとは思うし……。


「まぁ、そんなこんなで調査の方よろしくね? もちろん私達に聞くのは大歓迎よ?」


 絶対聞かねぇー。


「じゃあ、詳しい日時とか方法は後で連絡するよ、月城君。彩花、そろそろ時間だ」


 ん? 時間?


「分かりました、お願いします。それより時間って?」

「あぁ、もうそんな時間?」

「今日は各部活動の部長、副部長が参加する会議があるんだ。まぁ来年度の予算とか決める為のね」


 へぇー、そんな会議あるんだ。いや、あるだろうけど……全部活動って結構な人数集まるんだろうなぁ。


「そうなんですかー。バレンタイン特集も好評だったし、次も成功させたいですよね?」

「そうねー。注目度的にもはかなり高かったし、成功と言っていいわね」


「ですよね? 特にクラスの女子達は結構参考にしたって言ってましたし!」

「あちゃ……」

「その子達残念ね……」

「えっ、どういう事です?」


 ん? なんだこの反応? いやいや、折角試食して味も保証付きのレシピだぞ? それを参考にプレゼントするって当たり前というか……力の入り具合の現れだと思うんだけど? 俺も恋と全く同じ反応なんですけど?


「いい? 今回ゴシップペーパーはかなりの注目を浴びて、ウェブ版も好評だった」


 それは知ってる。


「それはかなりの人数に見てもらえたって事になるわよね?」

「そうですねー」

「でもさ、見てるのは女子だけじゃないだろ?」


 ん? 女子だけじゃない? そりゃ特集はバレンタイン特集だけど男も少なからずは見てるよな?


「少なからず見てると思いますけど?」

「そこがポイント! つまり、男子もどのレシピのチョコを貰えるのか……そこに期待するわよね?」


 まぁ……そうだろうね?


「分からない?」

「えっ?」


 分からない……? 分かりませんけど?


「言ってしまえば今日のバレンタインデー。鳳瞭学園に限れば、渡されたチョコはその殆どが特集で紹介したレシピだと思うのよ」


 そりゃ……美味しいからねぇ。


「言わばそれがスタンダード、基準になってくる訳。でもさ、そんな時……レシピに乗ってない自分オリジナルのチョコを渡されたらどうかしら?」


 オリジナル……? はっ! もしかして!

 今回ゴシップペーパーで美味しいレシピが公開された事により、大多数の女子達はそのレシピのチョコを作る。つまりレシピチョコが蔓延するんだ! 

 今までは普通のチョコに飽きが来てたけど、ゴシップペーパーのおかげでレシピチョコが飽きの対象になる! つまり、そんな中でレシピにはない自分オリジナルのチョコを渡せば……


「滅茶苦茶記憶に残るって事ですか?」

「あらシロ、今日は鋭いわね。正解!」

「あぁ! なるほどそういう事ですね!」

「賢い女の子は多分そこを突いて、意中の男子にアプローチするはずだよ?」


 桐生院先輩、あなたも知ってたんですか? もしかして……最初からヨーマと一緒に?


「もしかして、先輩方はこうなるのを知ってたんですか?」

「知ってはないわよ。ただ、こんなに注目されたら、そうなるのは目に見えていたけどね」


 それを知ってたって言うんじゃないですか?


「まっ、そんな事どうでも良いでしょ」


 うっわ、ひどっ!


「じゃあ、私達はそろそろ行くわ……っと忘れるところだった」


 ヨーマはおもむろに机の下に体を潜り込ませると、何かを探す様な素振りを見せる。まぁ机の下ってこっちからは見えないんですけどね? あっ、出てきた……箱?


「はい、シロ。チョコよ?」


 えっ……チョコ?


 ヨーマが差し出した黒い箱、その光沢溢れる箱に描かれていたのは……


 デメデール!? 俺でも聞いた事あるぞ? チョコの高級ブランドじゃねぇか!


「えっ! せっ、先輩それって!」

「これ? デメデールだけど?」


 サラッと言った! サラッと言いましたよこの人!


「いや、デメデールって高級ブランドじゃないですか!? いいんですか? 俺なんかに」

「要らない? じゃあ返して?」


 それとこれとは話が別です!


「必要です、かなり必要です!」

「だったら黙って受け取りなさいよ」

「ありがとうございます!」


 マジか? マジでくれんの? すげぇ。


「先輩ー! ツッキーだけずるいです!」


 いやいや、ずるいも何もバレンタインデーなんだから……


「ちゃんと恋の分もあるわよ。はい」

「やったぁぁ! 先輩大好きー!」


 あるんですか!? 恋にもあるんですか!? そうでっか。


「僕もさっき貰ったよ。ありがとう彩花」

「まぁ毎年貰ってる采からしたら飽きてるかと思うけど、新作だから味も違うはずよ?」


 まっ、毎年? すげぇなぁ……てかやっぱりこの2人付き……


「じゃあ私達は行くから、自由に帰って? じゃあお疲れ様」

「じゃあね2人とも。月城君、後で連絡するから」


 合ってるよな? 仲良すぎだしなぁ……


 扉がゆっくりと閉まり、2人の姿が消えていく。傍から見れば美男美女、容姿端麗でピッタリなカップルに見えるだろう。これ程までに釣り合いが取れてる人達もそうそう居ないと思う。性格も良い意味合ってるしね。


 って、俺にそんな事考えてる余裕なんてあるのか? 2人が居なくなったって事は今この部室に居るのは俺と恋。昼休みの事もあってなかなか話し掛け辛いんですけど?

 恋はデメデールの箱をキラキラした目で見てるし……まぁ、今日はこれと言ってやる事もないんだし、帰るかぁ。


「やる事もないみたいだし、帰ろっか?」

「えっ、あっ、ちょっと待って!?」


 ん? 立ち上がって何気なく話し掛けてみると、それを聞いた恋は慌てる様に自分のカバンの中から何かを取り出した。


 うおっ、なんだ! 何を出す気だ? 刃物か銃器か爬虫類か?

 その取り出した物を後ろに隠して、徐々に近づいてくる恋。その顔はどこか恥ずかしそう……な感じはする。


 だが、惑わされるな! そんな顔して平気で脅かしてくるぞ! 注意しろ! 

 十分に警戒をしながら身構えていると……


「ツッキー、はい」


 そんな俺の前に差し出されたのは、ピンク色で黒いリボンの付いた長方形の箱だった。

 あれ? いや、これ絶対びっくり箱だ! 気を付けろ?


「これ……は?」

「もう、見てわかるでしょ? チョコだよ」


 チョコ?


「バレンタインの!」

「えっ、マジで?」

「嘘ついてどうすんのさ!」


 えっ、本当にチョコなの? 絶対?


「確認だけどびっくり箱とかでは……」

「ありません! そんな事しませんー」


 しないとも限らないと思うんだけどなぁ……にしても、チョコか。


「本当はねお昼休みに渡したかったんだけど、なかなか固まらなくて」


 昼休み? あれ? もしかして用事って……


「ん? じゃあストメで言ってた用事って……」

「実は家庭科室でチョコの様子見てたんだ」


「そうだったのか? 別にそうならそうって……」

「バカ! 言ったらサプライズ感が……」


 ん? サプライズ?


「って、何言わせてんのよツッキー!」


 えぇ、なんか怒られたぁ! まっ、いっか。ぶっちゃけ恋からチョコ貰えるなんて想像はしてたけど期待はしてなかったし……実際嬉しい。


「恋、ありがとう」

「えっ? どっ、どういたしまして」


 あっ、照れてる? いっつも明るい分、それ以外の表情が分かりやすいんだよなぁ恋って。


「じゃあホワイトデーにお返ししないとなぁ」

「えっ、本当?」


「いや、貰ったら返すのが当たり前だろ?」

「やったね。期待していい?」


「想像にお任せしますよ」

「めちゃめちゃ期待する!」


「ふふっ」

「ははっ」


 勿論、言われなくてもそれなりに頑張るさ。


「ねぇツッキー」

「ん?」


「寮まで……一緒に帰ろう?」

「おっ、おう」


 ……最高のバレンタインかよ!




 という訳で、恋と寮まで一緒に帰ってきました。楽しい時間はあっと言う間だって言うけど、まさにその通りあっと言う間だった。


 さってと……、意外と沢山チョコ貰えたなぁ。そうだなぁ早速食べるか? とくれば最初は勿論、

 カバンの中から取り出したのはピンク色の箱。それを机に上に置くと、流れる様に椅子へと座り込んだ。そして綺麗に包装されている紙を丁寧に取っていき……そして箱を開ける。丸に四角に星形、そこにはいろんな形のチョコがあって手作り感満載なのが妙に嬉しく感じる。


 さて、味は何かな? 確か恋の考えたレシピでゴシップペーパーに載ったのは……マシュマロと唐辛子と餅だったはず。その中で特に好評だったのはマシュマロ……だったらそれだ!


 そんな予想をしながら、1つ摘まんで口の中へ運んでいく。内心、恋の手作りってだけで味なんてどうでもいいとかそんな事も考えてたけど、美味しいに越した事はない。

 口に入れると徐々に溶け出すチョコレートはほんのり甘くて、それだけで美味しかった。けど、中に入ってるであろうマシュマロと一緒に食べるともっと美味いのは経験済み。それを探そうと割ってみたけど、どうも中にはマシュマロは入っていないようだった。


 あれ? マシュマロじゃない? しかも固体がないって事は餅でもない? かといって辛くもないし……


 ゆっくりと味わっていく内に、甘さの他に感じる味覚。


 あれ? これって……

 口に広がる不思議なしょっぱ酸っぱい味覚。どこか懐かしい、食べ慣れた感のある味覚。


 まじか、恋。覚えてたのか? それとも偶然か?

 そう、そのチョコに入っていたのは……



 梅干しじゃんか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る