第75話 毒見……いえ、味見でした
「ふっふふーん、ふっふふーん」
「桐生院先輩、俺達は今日無事に生き残る事が出来るのでしょうか?」
「ははは、月城君。面白い事を言うね。生き残れるかじゃない、生き残らないといけないんだ」
「頑張ります……」
ヨーマから特集の話を聞いてから2日後。皆が各々の部活を頑張っている最中、俺達は家庭科室の椅子に座ってその時を待っていた。
『という事で、早速明日から私と恋で色々試験的に作ってみるから、冷やす時間も考えて采とシロには明後日の放課後に家庭科室に来てもらうわ』
『それは別に良いですけど、じゃあ明日は俺達何をすれば……』
『なんでもいいわ。休んでも良いし、協力してレイアウト考えるのもいいし。ただ……』
『ただ?』
『家庭科室へは近付かないで?』
近付かないで? なんか言い方がめちゃ怖いんだけど? てか、そこまでひた隠しにするって一体何を入れようとしてんですか!
『見られたら、私達恥ずかしいから。ねぇ? 恋?』
『そうそう、物凄く恥ずかしいんだよ?』
2人が会話に絡んできたら、迂闊に突っ込まない方が良いな。絶対面倒くさくなるだけだし。
『あー、分かりました! 行かないし、自由に過ごさせていただきます』
『分かればいいわ』
こりゃ絶対ヤバいもの入れるぞ? むしろ俺のにだけ変な物入れる可能性だってあり得る。嫌だなぁ滅茶苦茶嫌だなぁ。
なんだろう、そんな嫌な予感を感じながらここへ来るなんて、わざわざ地獄に足突っ込んでるようなもんじゃねぇか! しかし……案ずるな俺達には最終兵器が居るじゃないか!
ガラガラ
来た!
「おっまたせー」
「あっ、みつきっち! 待ってました」
「お疲れ様です、烏真先生。今日も宜しくお願いします」
「もちろん! 昨日のやつがどんなになってるか楽しみだしねぇ」
昨日? 昨日の段階で三月先生も家庭科室に来てたって事? あぁ……確かストメで言ってたような? 作り方と味見をお願いしたいって……あれ? つまり昨日来た=作り方を教えた? それすなわち、中に何が入ってるかって知ってるんじゃねぇか! あり得ないものが入ってたら、わざわざ自分で試食しようとも思わないよな? ……つまり、三月先生が試食しなかったチョコが1番ヤバい何かを入れてるって事では?
「それじゃあ、出してみましょか?」
「分かりました」
冷蔵庫から取り出される5つのトレー。そしてそれぞれに置かれている銀色のカップ。よくお弁当使われてるそれにチョコが入っているのは想像できる。だか、問題は……
「じゃじゃーん。とりあえずツッキーと先輩食べてみて下さい」
その中身が怖いんですけど? 滅茶苦茶!
「えっと……どっちから食べたらいいかな?」
「どっちでもいいわ、決めれないなら私が決める。じゃあ右から順に、はいスタート」
スタート!? その始まり方には何か意味がありそうで嫌だぁ! しかもその微笑みには悪意しか感じないんですけど? 絶対恐ろしいんですけど?
「ふむふむ、どれも見た目的には分からないよねー。じゃあいただきます」
「じゃあ……いただこうかな」
ん? 待てよ? トレーに置かれているチョコを食べるんだから、結局俺も桐生院先輩も三月先生も食べる物自体は一緒? しかも何を入れてるか分かってる三月先生が先陣切って食べてるという事は、とりあえずはこのトレーは安心……か? 仕方ない、覚悟を決めるか。
「いただきます」
ほぼ三人同士に、最初のチョコを口に入れる。口に入れた瞬間溶けだすチョコは甘くて、それこそ何の変哲もない様に思えたけど……。
ん? 何だろう? しょっぱい? 酸っぱい?
段々と甘味の中に塩味というか酸味が混ざってきて、なんというか丁度良いバランスを保っていた。
「想像よりサッパリしてるねー?」
「なんだろう、酸っぱい感じはするけどベリー系じゃないよね?」
これって? なんだ? 俺も真っ先に思い付いたのは酸味のあるベリー系。けどその酸味とも少し違うそれはなんというか……食べ慣れてる感がある。食べ慣れててしょっぱ酸っぱい? もしかして……?
「もしかして、梅干し?」
「ツッキー正解! 梅干しをペースト状にして混ぜてみました!」
うおっ、当たっちまった! てか、チョコに梅干し?
「味はどうですか?」
「んー、まずくはないけどチョコに合う酸味ではないのかな?」
「僕もベリー系の方が良いと思う」
確かに2人の意見は的を得ている。けど、これって好みの問題も出てくるよな? 俺は……そんなに嫌いじゃないかもしれない。
「俺は好きですけどね?」
「えっ!」
なんだよ恋、その反応! あっ、意外と物好きーとか、味覚音痴ーとかっていじる気だろ!
「良かったじゃない恋」
ん?
「これ、れっちんの考えたレシピだもんねー」
えっ、そうなの? でも、よくよく考えたら梅干しとかをヨーマがチョイスするってイメージも湧かないよなぁ。
「でもツッキー1人だけだと没ですよー」
「まぁね。でもいいじゃない。明らかな没ネタを気に入ってくれる人も居るんだから」
「えっ?」
「ん?」
おいっ、なんだよその妙に噛み合ってなさそうな会話! にしても初っ端から梅干しって……あと4つ怖ぇー!
そんなこんなでスタートした試食会。結構ドキドキしてたけど、蓋を開けるとそれなりの美味しさを追求したレシピで、驚きと同時にあんなにも身構えたはずなのに拍子抜けしてしまった。
「これは、なんだ? なんか結構入ってる? ドライフルーツにナッツ?」
「これはもしかしてフルーツグラノーラかな?」
「りゅーちん正解ー!」
「どうかしら? そのチョコによって風味とか変わると思ってね?」
これヨーマのレシピかぁ。てか、三月先生。あんた桐生院先輩の事りゅーちんって呼んでんの? てか、むしろ生徒全員あだ名で呼んでんじゃないだろうな?
「シロ? 感想は?」
ギャー! なんでそんな睨んでるんですか!
「オイシイデス」
「でしょう?」
りゅーちん呼びがイラっとしたんなら直接三月先生に言ってくださいよ! 俺に八つ当たりしないで下さいよ!
ん? なんかピリッとする!?
「おっ、これは……唐辛子かな!?」
「正解です! 甘い物と辛い物、意外と合うんじゃないかと思って!」
これ恋のレシピか!? なんか随分攻めてるような……甘い物に唐辛子って、意外と悪くはないけどヨーマの考えかと思ったわ。
そんな感じで、無事に試食会は終了。なんだかんだで1番インパクトのあったのは恋の唐辛子だったと思う。でも他のレシピもそれなりに美味しくて、現段階では俺も桐生院先輩も生き残っております。
「じゃあ、今日の中だと……フルーツグラノーラとマシュマロ入りが好評みたいね?」
「そうですね? じゃあ特集入りリストに追加って事で」
「わかった。メモしとくよ」
なんとか生き延びたなぁ。よかったよかった……
「じゃあ明後日また来てちょうだい?」
えっ?
「明後日?」
「そうよ? シロ? あんたまさかこの位で特集組めると思ってるの?」
おっ、思ってましたぁ……。
「こんな試行回数じゃ何の意味もないわよ?」
「そうなんですか?」
「甘いわねーシロ。バレンタインというイベントは女子にとってかなり大事なのよ? 興味をそそる特集組めばそれだけ注目される……恰好の時期なんだから。やるなら徹底的によ?」
忘れてた。ヨーマは意外と部活に関してはストイックなんでした。確かにバレンタインってイベントに、それに関する特集がバッチリ合えば……注目されるわな。
「だから……お願いね?」
いやいや、その言動と表情が伴ってないんですよ! その微笑みはやっぱり怖いですってぇぇ!
それからバレンタインまで、どんな感じだったか……容易に察する事はできると思う。何十種類ものレシピに、何十回もの試食。更にはヨーマの、
「せっかくだから生チョコバージョンもやっちゃいましょ?」
この発言で、生チョコバージョンも考える事となり……あとは分かるよね? 正直暫くはチョコはいいかもしれない。
けど、そんな甲斐もあってか、特集を載せたゴシップペーパーは校内でも結構話題になって、ウェブ版のアクセス数もかなり伸びたらしい。確かに世の女子達からしたら、知られていなくて旨いチョコを意中の男子に渡せるとなるれば当然の結果なのかも。これも一重に俺達の試食があってこそだって自負してるし、やっぱり関わった物が話題になると嬉しい。
ちなみに、三月先生は初日からペースを落とすことなく最後まで美味しそうにチョコを試食していた。あんだけ食って太る事なくあのスタイルを維持できるなんて、やはり烏野衆の力なんだろうか。
そして迎えたバレンタインデー。やけに男子達がソワソワしだして、まだ朝のホームルーム前だってのにトイレに行く連中がやけに多いという異常な光景。そんなのを尻目ににいつも通り自分の席で外を眺めていた俺が……
「ツッキーおはよう」
「ねぇ……お昼休み部室行くでしょ? 待っててくれる?」
少し恥ずかしそうに話す恋の顔に、ドキッとしたのは……言うまでもなかった。
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