第73話 いつもと変わらな……い?

 



 見慣れた景色。見慣れた空気。聞き慣れた音。そして、


「いやぁー良い正月だった!」


 見慣れたクソイケメン委員長。

 雪が少し積もってる通学路を、いつもと変わらず栄人と登校する。久しぶりの様で久しぶりじゃない感じがするのはなんでだろう。いや、こいつとは休み中何かと一緒に居たからそうなのかもしれない。なんかそう考えると嫌だな。考えないようにしよう。


 そんな事を考えながら教室に入ると、それこそ久しぶりに顔を見るクラスメイトがたくさん居て少し安心する。てかこれが本来の新学期の始まりだろ? 栄人、人の新鮮な空気を邪魔しないでくれ。頼むから。


 こうして今日も俺は、窓際最後尾の自分の席から外を眺めてボーっとする。この景色も、変わらない。皆の顔も教室の雰囲気も変わらない。変わらないって結構良いもんだな。


 ただ、1人……


「おっはよー」

「おはよ……恋! どうしたの!?」


 彼女を……


「えぇ? どうしたって……」


 除いては……


 ん? この声は……恋か!? ヤバいな、あれから久しぶりに会うぞ? ストメは普通にしてたけど、俺ちゃんと話せるかな? 女性恐怖症とは違った意味で。


「かっ……」


 蚊? 季節外れの蚊でも居たのか?


「かかっ……」


 なんか聞いた事あるぞ? 金髪ロリータっぽい子が良く言ってない? 真似してんのか?


「かっ、かっ、かっ!」


 それは紋所で有名な某時代劇の人の笑い方じゃねぇか? やっぱ真似してるの? なんだろ?


 出町さんの慌てふためく声が想像以上にでかくて、思わず俺も恋の方へ視線を向けた。言うまでもなく、今俺が大切だと思ってる人。その人はいつもと変わらず笑顔を……嘘だろ?


「髪の毛どうしたの!?」


 長い髪をいつもツインテールにしていた恋。初詣の時は髪を下ろしていた恋。でも、今……俺の目の前に居る恋は……


 ショートカット!?


 長かった髪は、かろうじて肩につくかつかないかまでバッサリと短くなっていて……雰囲気もだいぶ変っていた。


「あっ、これ? どう?」

「どうってあんた、中等部の時からずっと髪長かったじゃん!」


 そうなのか? だとしたら進学組の出町さんがあんなに驚くのも無理はないのか?


「なんかあったの!?」

「いやいや、ただのイメチェンだってー。似合ってない? こっちゃんどう?」

「えっ? すっ、すごく似合ってると思う。私も少しびっくりしちゃったけど……うん。恋ちゃんボブヘアー物凄く似合ってる」

「本当ー? 嬉しいなぁ」


 なんだと? あれは単なるショートカットではなくてボブヘアーというのか? 俺にはいまいちその種類の違いが分からないけど。


「まぁ確かに似合ってる。いやーそれにしてもびっくりしたよ! てか髪切ったんなら教えてよ?」

「ごめんごめん」


 まぁ、出町さんの気持ちは分からんでもないよな? 高校から知ってる俺ですらその変化に驚いてるんだし。中等部からの知り合いで、しかもずっと伸ばしてた髪を切ったら……あんな状態になるよな?


 でもまぁ、あのボブヘアーだっけ? 髪の毛バッサリ切った恋も……可愛いじゃねぇか畜生。


 むしろツインテールより似合ってる気がする。なんていうか見ていて安心するような……あれ? なんで俺そんな気になってんだ? もしかしてCMとかで昔好きだった女優さんがしてた髪型なのかな? はて、どうも思い出せないんだけどな……って、あっ、


 ボーッと恋の方を見ていた時だった、それは一瞬の出来事。早瀬さん達と話をしていたはずの恋がこっちを向いて……目が合った。


 やっば。

 正直何がヤバいのかは分からない。けど、なぜか反射的に目を逸らしてしまった俺は内心ドキドキしていた。


 何やってんだよ俺! 普通に目合ったのに逸らしちまった。恋の事だ、こっちに来るぞ? しかも、なんで目逸らしたのー? ってお叱り受けるか、なんで目逸らしたのかなぁ? っていじられるか。どっちも言われる可能性がある! どちらにしても厄介……


「ねぇ、ツッキー」


 きっ、きた! 


「ん?」


 動揺してない、冷静だ。

 そんな雰囲気を出しながら恋の方を見たけど、


「どうかな? 変?」


 予想外の言葉と、至近距離で見るボブヘアーの恋を前に……いつも通り話すなんてできなかった。


「へっ、変じゃないよ」


 恋の奴、なに若干笑いながら言ってんだよ。


「似合ってる?」


 うわっ、この笑顔は確信犯だ! イジるつもりの顔だ! でも、ここでいつも通り話に乗っかったら恋の思うつぼだな……だったら、


「うん。滅茶苦茶似合ってる」


 どうだ? 真顔で言われたらイジるどころじゃ……


 恋の目を見ながら話した渾身の返事、それを聞いた恋の顔が一瞬驚いた様な表情になったのを俺は見逃さなかった。それを見せたのはほんの一瞬、その後はいつも通りの笑顔を見せて、


「やっぱり?」


 何時もの恋に戻っていた。


「あぁ」

「良かった。じゃあ後でね?」


 そう言うと、自分の席に戻って行く恋。あの驚いた様な表情は……勝ったな。思いの他真面目な反応に戸惑ったに違いない。新学期早々やられる俺じゃないぜ。

 にしても、本当にびっくりだよな……髪バッサリは。


 その時だった。前に座ってる女子達のヒソヒソ話が耳に入った。


「恋ちゃん、伸ばしてた髪切っちゃったよ?」

「うっ、うん。かなりビックリ。確かに似合ってるけどね?」


「でも、いきなりだよ? やっぱり何か理由あるんじゃない?」

「理由って?」


「やだな、あんまり大きな声では言えないけど、女の子が髪の毛をいきなり切るって事は……失恋とか?」

「失恋!?」


「その位、衝撃的な事起こらないとあんなにバッサリいかないって」

「たっ、確かにそうかも……」


 ん? 失恋……? 

 言われてみれば、その発想は至って普通で、最も知られているであろう理由の1つでもある。

 多分ネットで髪をバッサリ切るって調べたら、髪を切る心理とか失恋とか……そんなのが最初に来るんじゃないかな。

 そう思った瞬間、なんだかモヤッとした何かが体に潜り込んだ気がして、少し嫌になる。


 そうだよな? 髪をバッサリ切るってイメチェンとかは勿論だけど、それと同様に失恋てのも出てくるだろう。他の誰に聞いたって、あぁってなる事だと思う。もし本当にそれが原因で恋が髪を切ったとしたら? でも、恋に好きな人居るとか、そんな素振りあったか……? いや居たとしてもそれを隠し通せる人もいると思うし……でも恋だぞ? 

 ここ数ヶ月近くに居て、嘘を付くのが得意とは言えない恋だぞ? そこまでパーフェクトに……



『首藤先輩……私こう見えて、結構一途なんですよ。今までもそしてこれからも……気持ちは変わりません』



 その瞬間だった。ふと頭の中にあの時の……そう、恋が首藤に呼び出されて屋上に行った時の会話が浮かんでくる。なんであの時の恋の言葉思い出したんだ? 自分でも分からない。けど……待てよ? この時恋は、


 結構一途なんですよ。今までもそしてこれからも……


 って言ってたよな? でも本人はとっさについた嘘って言ってたっけ? でも、その言葉……もしかしたら本当で、その人物と冬休み中になんかあったとするなら? それがもし振られたとか、失恋とかそんな出来事だったら? 恋が髪をバッサリ切ったって事に繋がらね? 


 マジか? まぁ可能性の話だけど……けど、もしかしたらそれで傷付いてた時に、丁度良く俺と会って……ちょっと優しくされたから、あんな嬉しい……とかって言っちゃったとか!?


 うわぁー! 滅茶苦茶あり得そうで嫌だ―! 嫌だー!


 でも、こんな事面と向かって本人に聞けるわけないし……もうなんだよこのドキドキ、モヤモヤ! なんでこんなに気になるんだよ恋の事!


 そんなに恋の事好きなのか俺って?


 気にしない様にすればするほど、そんな憶測が頭の中を飛び回ってモヤモヤが体に残る。聞きたい、けど聞けない……女恐怖症とは全然違った症状。煮え切らない自分が情けなくて、そして恥ずかしい。


 なんか嫌だな、嫌だなぁ。まるで自分じゃないみたいだ……。


 嫌だな、嫌だな……



 なんで新学期早々こうなるんだよぉ。



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